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第10話 『月下に響く戦いの序曲』 「リル、起きて。そろそろ来るよ」 星空を眺めていたつもりだったけどいつの間に寝ていたのか、ヤファに起こされた。 上体を起こして周りを見ると、みんな起きて準備をしている。 「ヤファ、数はどのくらいか分かる?」 「えっとね、すっごい沢山来るよ」 すっごい沢山か。敵の種類によるけど、ウィザードがいないのは辛いかもしれないな。 サイトラッシャーも時間がかかってしまうし、余裕があるときじゃないと無理だ。 リオンたちに時間を稼いでもらえばなんとかなるかもしれないけど・・・。 「リル、これ持っとけ」 いつの間にか傍に立っていたリオンが小さな袋をボクに投げた。 袋の上から触った限りでは何かの宝石だと思うけど。 「これは?」 「開けてみろ」 言われたままに縛ってあった紐をとく。 中に入っていたのは10個くらいの青い宝石。 「ブルージェムストーン!持ってたのか」 「俺の部下には非常用に2つずつ持たせてある。 本当に必要なときしか使わないが、たぶん今回は使うこともあるだろうしな。 俺のも合わせて10個、高価で希少だから無駄遣いはするな、と言いたいところだが、自分の判断で使ってくれ。 どっちにしてもプリーストに使ってもらうために持ってるんだしな」 「分かった」 リオンの言葉に頷く。 文字通り命を繋ぐ宝石になるかもしれない。 「できれば一つくらい残しておいてくれ。終ったら飛んで帰りたいしな」 「了解。努力するよ」 「そうそう、忘れてたけどうちの部下紹介しとかないとな。名前分からないと不便だろ」 「そだね。クレスっ、ククルさんっ、ちょっと来て」 ボクの後ろのほうで何か話していた二人を呼んだ。 リオンもジェスチャーだけで騎士たちを呼んでいる。 常に彼らがリオンの動向を注意している証拠だ。 「じゃあこっちから紹介するぜ?」 ボクは黙って頷いた。 「俺の直属の部下の四人で、こいつがニキータ、こっちがレスター、でそいつがフェオ、最後にナナカ」 騎士たちは自分の名前が出ると少しだけ頭を下げる。 男性二人がレスターさんとフェオさんで、ボクたちより年上に見える。 女性二人がニキータさんとナナカさん。こちらは同じくらいか少し上くらいか。 ナナカさんは綺麗な黒髪をしている。名前の響きも聞きなれない。 たぶんアマツ出身なんだろう。 「ついでに言うと、俺はリオン。リオン・フォートナムだ」 「知ってるよ」 「だいたい他の人は知らないだろうが」 「じゃあ次はこっちだね。紅髪の魔術師がクレス。火属性なら彼女に任せてください」 「よろしく~」 「で、ハンターのククルさん。鷹は連れてないですけど、罠が得意らしいです」 「よろしくお願いします」 「こっちの子がヤファ」 ヤファはどうしたらいいのか分からないといった顔でボクの顔を見ていた。 「ヤファ。お辞儀でいいよ」 「うん、えっと、よろしく」 そう言って深々とお辞儀をした。フェイヨンならではの挨拶だ。 「で、最後にボクがリル・ローゼリアです」 「というわけで、今回はプリーストはリル一人だけだからあんまり無茶をしないようにしないとな。 それで、敵がまったく分からないから作戦の立てようがないが、とりあえず大まかに二つに分けようと思う。 ちょっと丸くなってくれ」 リオンはそういって座りこんだ。残りの8人がそれを丸く囲む。 「そうそう、ヤファちゃんはどのくらい戦えるんだ? というかむしろ戦えるのか?」 座ったままヤファを見上げたあと、ボクに聞いてきた。 確かに外見からしたらただのフェイヨンの村民だろう。 式服ではあるけれど、プロンテラやイズルードあたりではまず見ない格好だ。 「うん、ヤファは基本的に一人で遊撃してもらうのがいいと思う。それでいい、ヤファ?」 「いいよ~。思いっきり暴れていいんでしょ?」 ヤファは楽しそうだ。 「味方を巻き込まない程度にならね」 「わかってるよぉ」 「というわけで、ヤファに関しては心配しなくてもいいよ」 必ずしも見かけと強さは比例するとは限らない。 ボクが大丈夫と言えばリオンはそれを信じるしかない。 「OK、じゃあ配置はこうだ。リルを中心に左翼右翼で分けるダブルフォーマンセル・オープンデルタでいく。 左にククルと俺とニキータとレスター。右にクレスちゃんとフェオとナナカ。で、ヤファちゃんは基本的に右 だけど、臨機応変に頼むよ。リルのカバーもときどきしてくれると助かる。今回は後ろを考えなくていいから、 大体こんな感じでいいと思う」 「前に開いた陣形か。確かに大群を迎え撃つならやりやすいかな」 「あぁ、人数も少なすぎず多すぎず、ちょうどいいだろう。いや、少ないっちゃ少ないんだがな」 作戦というほどのものではなかったけど、ある程度陣形が決まっているとやりやすい。 迷う要素はひとつでも少ないほうが全体を把握しやすいからだ。 「じゃあ、私罠張ってきますね」 そう言ってククルさんは体ごと入れそうな大きな袋を担いでいった。 「あんなに張るのか・・・気をつけないと」 いつでもブルージェムストーンを取り出せるようにして、属性本も周りに置いた。 戦闘中はカバンから出してる暇もないかもしれないから。 「リルっ、わたしちょっと見てくるね。高いところ上れば見えるかも」 「すぐ戻っておいで」 「うんっ」 元気に返事をすると飛び跳ねながら走っていった。 と思ったら少し先で立ち止まった。 「ヤファー、どうしたー?」 ボクの声にヤファが振り返る。 「ごめん、リルっ。もう来てたっ。隠れてるよっ!」 しまった、ヤファの索敵に安心しきってた。 ヤファも言ってたじゃないか、分かりづらい敵もいるって。 「ルアフ!!」 ボクの周りに青白い光が生まれた。 それと同時に地面からいつくもの影が現れた。 光はその影に襲い掛かる。 「クレス!」 「分かってるっ。ムスペルヘイムの炎よ、我が前に立ち塞がりし全ての敵を拒絶する柱となれ」 その詠唱の間に敵もその姿をはっきりと月明かりに映し出した。サンドマンとホードだ。 時間を考えなければボク1人でもなんとかなる。でも、斥候隊に時間を取られてる場合じゃない。 「ブレッシング!!」 「ファイヤーウォール!!」 業火に焼かれ、ルアフの光のダメージもあったのか、一瞬で跡形もなく燃え尽きた。 と思ったのもつかの間、次々に青い光に照らされ、姿を現す新たな敵。 「ヤファ!ククルさんを!」 「わかったっ」 ヤファは自分の周りにいたサンドマン3匹を焼き尽くすと、ククルさんの方へ走っていった。 「リル、数が多すぎるよ。弱いけど、疲れちゃう」 「そだね。ちょっとだけ防御お願い」 「うん」 そう返事をすると次々と炎の壁を生み出していく。 リオンたちも一人3、4体ずつ引き受けてくれているが、これが続くとなると長くは持たないだろう。 というより、ボクが持たない。 全員に支援魔法をかけてから、詠唱にはいった。 「静謐なる月の光 我らを癒すマナの光 月の女神と契約し 大気を司る天使たち 未来を司る女神 現在を司る女神 過去を司る女神 我の言葉は全て偉大なる神の言葉 我らに月と時の祝福を」 「マグニフィカート!!」 力ある言葉を告げると、自覚できるほどに月の光がボクたちに降り注ぐ。 その光が天使に見えるのはボクだけだろうか。 とにかくこれで長期戦にも耐えられる。 なんといっても月の出ている夜の特別版の詠唱で、 形だけだけど、イグドラシルの三女神の力さえ借りているのだから。 それともうひとつ、 「アンジェラス!!」 ボクの一番得意な、というか一番使ってたものだから短い詠唱もいらない。 これでとりあえず足場は固められた。 あとはみんなにがんばってもらうしかない。 まだ、始まってもいないかもしれないのだから。 次から次へと沸いて出てきていたサンドマンやホードも少しずつ少なくなって、 だいぶ余裕を持って戦えるようになってきた。 罠を張りに行っていたククルさんと迎えに行ったヤファも加わって、 サンドマンは砂に戻るからどれくらい倒したのかはわからないけど、 焼け残ったホードの体は数え切れないほど周りにあった。 そろそろクレスの魔力も回復させてあげなくちゃいけない。 それを言う前にリオンの部下の4人が残った敵を全部受け持ってくれた。 リオンとククルさんがクレスをボクのところへ連れてきた。 「そろそろうちらだけで平気だから休んでもらおうと思ってな」 「次の敵が来たら罠にかかってくれると思います。それまで休憩ですね」 「ごめん、ちょっとだけ休むね」 クレスはそう言ってボクの背後にまわって、地面に座り込んだ。 「それにしても、いくら雑魚っていってもこう数が多いときついな」 たいして疲れていない様子でリオンがいう。 「そだね。これで終わりならいいんだけど」 「あぁ、俺もちょっと休ませてもらう」 そういうリオンにヒールをかけた。 体力や傷はなんとかなるけど、集中力といった精神的な部分はどうしようもない。 ククルさんは精神力のほうも鍛えてあるようなので大丈夫そうだけど、 そういえばハンターたちは長時間の戦闘にも集中力を乱さない。 そういう訓練をしているのだろう。 一番気になるのは矢の数だ。 「ククルさん、矢はまだ持ちそうですか?」 「はい、まだまだありますよ。いざとなったら矢がなくても戦う手段はありますから」 罠で戦うのだろうか。ハンターのことはよくわからないので、ボクの知らない戦いがあるのだろう。 「ヤファにまだ敵が来るのかどうか聞いてみようか」 「あぁそうだな。といってもずいぶんはしゃいでたから聞こえるかわからないぞ」 はしゃいで、か。確かに、ここから見て分かるくらい楽しんでいるように見える。 実際楽しんでいるんだろう。リオンたちの目には余裕があるだけに見えるだろうけど。 「それにしても、リル。ヤファちゃんすごいな。武器使いながら魔術使ってるぞ。あの武器もあんまり 見たことがないな。棒に鐘が付いてて、でも鳴らないのか。音聞こえないしな」 そう、確かにヤファの戦いはすごい。騎士たちのように戦いながらも魔術を同時に敵に叩き込んでる。 セージのような戦い方だけど、たぶん簡単な魔術に詠唱なんて必要ないんだろう。 人間と違ってヤファは世界そのものと繋がっているのかもしれない。 だから世界に干渉して力を具現する魔術師の魔術を呼吸するかのように使えるのかもしれない。 「確かにね。あそこまでとは思わなかったよ」 「リル・・・」 「ん?」 リオンが何か意味ありげな表情でボクの名前を呼んだ。 「いや、なんでもない。それより・・・」 ヤファの正体が気になるのだろう。確かに人間離れしすぎてる。 リオンももうわかってるかもしれない。 でも今はそんなときでもない、ということも分かってるのだろう。 リオンが何かを言おうとしたそのとき、視界の奥のほうで火柱が上がった。 一瞬遅れて届く爆音。 「かかった」 ククルさんがさっき罠を仕掛けに行ったあたりだった。 新しいお客さんの来店というわけだ。 「ククルさん、見える?」 「ごめんなさい、暗くてあまり。でも影の形から見てホードだと思います」 「またかよ。もういいかげん飽きたぞ。焼けると臭いし」 愚痴りながらリオンが立ち上がる。 ボクもヤファを呼び戻そうとした、だけどヤファも気づいたのか、こっちに向かって走ってきていた。 良くは見えなかったけど遠くの炎に照らされて、驚くほど大きな影が一瞬見えた気がした。 たぶん今度はホードやサンドマンだけじゃない。 「リルっ、あいつが来たよ。えっと、なんだっけ」 走り寄りながらヤファが敵の名前を思い出そうとしている。 ヤファが知っているくらいなら有名なモンスターなんだろう。 もちろん、有名なのはその危険度で。 「思い出したっ!フリオニとかいう気持ち悪いやつだよっ」 フリオニ・・・見たことはないけど、聞いたことはある。 なるほど、さっき一瞬見えた巨大な影は確かにそうなのかもしれない。 いや、ヤファが言うなら間違いないだろう。 「リオン、フリオニの弱点とかわかる?」 「あぁ、分かるぜ。弱点は、なしだ」 「なるほど、やっかいだね」 「まぁ何とかするさ」 そう言ってペコペコのほうへ走り出した。 「全員騎乗!敵はフリオニだ!」 「了解!」 騎士たち4人の声が重なった。 なかなか統率が取れているみたいだ。 全員ペコペコに乗るとボクのところへ集まってきた。 「とにかくフリオニは叩いて叩いて叩きまくるしかない。全力で一気にカタをつける。いくぞっ!」 「待ってっ」 「っと、どうしたヤファちゃん」 「リル、探って。なんか変な気配が近づいてきてる気がする。隠れてるとかじゃなくて」 「どういうこと?」 休んでいたクレスが意味を図りかねて聞き返しながらサイトを唱えた。 「違うよ、たぶんリルならわかると思う」 「まさか・・・」 まさかとは思ったけど、目を閉じて意識を近づいてくる敵のほうへ向けた。 ゆっくり近づいてくる死の気配。 しかもそこには大きな魔力が伴っていた。 「イビルドルイドか。8割がた間違いないと思う」 「まさか、何で地上にアンデットがいるんだよ」 リオンが常識で否定する。 確かにアンデットは基本的に地上には出てこれない。 太陽の光を苦手としているとか、いろいろ言われてる。 確かに地上でアンデットを見ることはほとんどない。 ひとつだけ例外はあった気がするけど、常識的にはそうだった。 でも、事実近づいてくる死の気配はアンデットのものだった。 「でもたぶん間違いない。ボクたちはアンデットには敏感だから」 「そうか。まぁでもドルイドの一体や二体なんとかなるだろ」 「まぁね。一体や二体なら」 でも、一体や二体ではなさそうだった。 「・・・そうか。リル、お前が決めてくれ。ドルイドのほうに人数を割くとフリオニがどうにもならない」 「二手に分かれよう。ドルイドはボクと・・・・・・リオン、誰か一人貸して。こっちは二人でいいよ」 「わかった。ナナカ、リルの護衛についてくれ」 「はい、わかりました」 「リル、大丈夫なの?」 クレスが心配そうに聞いてくる。 今まで二人でなんとか戦ってきたけど、今回はクレスのフォローまではできそうもない。 詠唱している間に攻撃されて終ってしまうだろう。 見たところナナカさんの装備は抗魔力に特化しているようだったから、 ドルイドの魔術にも耐えてくれるだろう。 「大丈夫。そっちもがんばって」 「・・・うん。リルも気をつけて」 クレスも納得してくれたのか、自分もドルイド組に入るとは言って来ない。 「ねぇねぇリル、わたしはどうしたらいいの?」 「ヤファもフリオニをなんとかして欲しい。手加減はいらないから」 「うんっ、あんな変なやつ瞬殺だよっ」 「それじゃあ、気をつけて。できるだけ早くカタをつけて支援に行くから」 「おう、早めに頼むぜ。よし、行くぞ!」 「了解!」 先に行くリオンたちを見送ってからボクもナナカさんのペコペコに乗らせてもらって、 イビルドルイドのほうへ向かった。 「ナナカさん、正直数が多いんです。でも必ずなんとかします。こんな風にしか言えなくて 申し訳ないんですが、それまでなんとか耐えてください」 「はい、私も騎士の端くれです。必ず貴方を守りきります」 「お願いします」 少し体を横に倒して前を見ると、フリオニだけを引き離すのに成功したようで、 大きな影がボクたちの進行方向の右側へ進んでいく。 ククルさんの罠が次々発動して、ホードはもうほとんど残っていないようだった。 ボクはペコペコに乗ったまま、ナナカさんに可能な限りの支援魔術を使った。 「敵に到達したら飛び降ります。ナナカさんもボクが降りたらすぐに降りてください。 ドルイドの魔力は地面に干渉します。ペコペコに乗っているより対応しやすいはずです」 「了解です」 本当はペコペコで走り続けていれば逃れられるけど、今回はできるだけ早く決着をつけなくちゃいけない。 あえて射程範囲に留まって戦う危険を冒さなくてはいけない。 うまくいかなかったら・・・いや、大丈夫。成功させる、必ず。 そもそも勝てる相手なんだから。その勝ちをできるだけ早くするだけだ。 「すいません、それじゃあ、お互いがんばりましょう」 自分で言ってて気の抜けた言葉だとは思ったけど、言わずにはいられなかった。 がんばりましょう、か。必要なのは結果なのに。 でも、気持ちを察してくれたのか、ナナカさんは、 「はい、がんばりましょう」 と前を向いたまま言ってくれた。 さっきリオンから預かった青い宝石を取り出した。 とりあえず三つ。 できればこれで終らせる。 ボクはそっと目を閉じた。 「我足元には汚れ無き大地 長しえに眠る神代の光 その輝きを空へ解き放つ 我頭上には穢れ無き天空 長しえに輝く神代の光 その輝きを地へ解き放つ 北には九つの極光 南には聖なる十字架 東には生命の炎 西には祝福の水 夜空を駆け巡る九人の戦乙女 その剣と鎧 ここに創るは全能なる神の領域 我契約の天使 その名を以って 全て不浄を照らし 我らに祝福を与え給え」 長い長い詠唱を終えて目を開けると視界には赤い魔術師がいた。 本当ならマグヌス・エクソシズムといきたいところだけど、残念ながらボクには使えない。 代用品だけど、今回はかえってこっちのほうがいいかもしれない。 ボクはペコペコを飛び降りて地面に三つの宝石を捧げた。 「サンクチュアリ!!」 言葉と同時に光が辺りを包んだ。 静かにドルイドたちの体が崩れていくのが見える。 だけど、さすがにこれだけでは倒しきれない。 でも、すでにペコペコを降りたナナカさんがドルイドに斬りかかっていた。 聖域の効力が切れる前に敵の数を確認した。 ドルイドが6体。それに気づかなかったけどグールが10体ほど。 これは敵の数を見誤ったかもしれないけど、今更遅い。 今ボクはナナカさんの命も預かっているんだ。 急ぎつつも冷静に確実に。 「我契約の天使 その名を以って 全て不浄を照らし 我らに祝福を与え給え サンクチュアリ!!」 今度は後半部分だけで済ませる。そのためにいつもよりずっと長い詠唱にしておいたのだ。 追い討ちをかけるようにドルイドたちにヒールを、ナナカさんの相手にしている敵にはブレッシングを。 断末魔を上げて消えていくドルイドたち。 これでやっと半分。ここからが正念場だ。 「ナナカさん!気をつけて!」 残ったドルイドたちはもう詠唱を終えていた。 声をかけた瞬間、砂地だったはずの地面が硬くなり、鋭利な刃物のように突き出してきた。 一瞬体が浮くほどの威力。うまく避けられなかったボクの右腕と右足に突き刺さっていた。 「ぐっ…」 痛みは一瞬で、地面が元に戻った瞬間だけ腕と足に穴が開いていたけど、それもすぐに元通り。 そのための聖域だ。この中にいれば即死じゃない限り死ぬことはない。 一度マグナムブレイクで敵を引き剥がして、ナナカさんがボクの隣へ来た。 やっぱり抗魔力はそれなりにあるようで、ひどい傷は負ってない。 「ナナカさん平気ですか? ヒール!!」 「はい、でも数が多くて・・・」 「もう一度サンクチュアリいきます。それで最後です」 「わかりました。そろそろ敵も限界でしょう」 その言葉に黙って頷くと、もう一度ナナカさんは敵に向かっていった。 いつの間にかほとんどグールは残ってない。 そろそろ終らせよう。 「我頭上には穢れ無き天空 長しえに輝く神代の光 その輝きを地へ解き放つ 夜空を駆け巡る九人の戦乙女 その剣と鎧 ここに創るは全能なる神の領域 我契約の天使 その名を以って 全て不浄を照らし 我らに祝福を与え給え」 「サンクチュアリ!!」 今度は通常の、つまり教会で習った基本どおりの詠唱と同じくらいの長さで終らせた。 もうこれで十分だろう。 最後の聖域に包まれて残ったグールたちとドルイドが消え去った。 もっともドルイドは一体だけ残っていたけど、もう放っておいても消えそうだった。 「ヒール!!」 最後のドルイドに斬りかかったナナカさんの剣と同時にかけたヒールでその最後も消えてしまった。 ひとつ大きく肩で息をしてナナカさんは剣を納め、こちらに歩いてこようとしている。 思ったよりずっとうまくいった。 急いでクレスたちの援護に行かなくちゃ。 そこまで思って、聞きなれない羽音に気づいた。 「リルさんっ、避けて」 音のほうに視線を向けると、赤い何かが飛んできていた。 まずいっ! 咄嗟に避けたボクの頭上を赤い虫がすごい音と勢いで通っていった。 もっとうまく避ければいいものを、いきなりだったのでそのまま倒れてしまった。 急いで体を起こそうとしたけど、赤い虫はすぐに旋回してボクに向かってきていた。 どう考えても防御が間に合わない。 今度こそまずいと思った瞬間、赤い体を短剣が貫いていた。 地面に落ちた赤い虫を見据えながらナナカさんが走り寄ってくる。 まだ羽をバタつかせているけど、明らかに致命傷だった。 ボクは立ち上がってお礼を言った。 「ありがとうございます。まさかハンターフライまでいるとは思いませんでした」 「いえ、私も油断してましたから。でもダマスカスを持っておいて正解でした」 そういって笑顔を見せながらハンターフライの体からダマスカスを抜いた。 グレイトネイチャーで鍛えてあるんだろう。 運がいいというか用意が言いというか、どっちにしても助かった。 「実はハンターフライ用に持ってるいるんです。役に立ちましたね」 いいながら腰の後ろに短剣を納めた。 「援護にいきましょう。ペコペコは呼べますか?」 「もちろんです」 少しだけ得意げに胸を張るとナナカさんは小指を口に加え、指笛を鳴らした。 すると何処に行ってたのか、ペコペコがボクたちのところへすぐに走ってきた。 先にナナカさんが飛び乗り、手を貸してくれた。 二人でそれに乗って、ここからでも見える巨大な影に向かった。 近づくとその巨体はさらに増して、まるで家が動いてるようだった。 これがフリオニ・・・。 確かにかなり危険そうだけど、今はもうその巨体もほとんど原型を留めていないのだろう。 あたりには巨大な触手や舌のようなものが落ちていた。 一見して分かるくらいリオンたちもボロボロだった。 さすがに無傷なんていうわけにはいかないか。 さっきと同じようにペコペコからひとり飛び降りて、 傷ついたみんなにヒールをかけた。 ナナカさんはそのままスピードを上げ、フリオニの背後に回りこんでいった。 「よかった、リル無事だったんだ」 クレスがすぐに駆け寄ってきた。 さすがに疲れているようだったけど、怪我はしていない。 「うん、ナナカさんのお陰だよ。こっちももう終りそうだね」 「そだね。もうわたしも限界だよ」 暢気に話してる間に決着がついたようで、鳥肌が立つほどの断末魔があたりに響いた。 見た感じだとフリオニの口は無駄に大きい。 最期の力でリオンの半身を凍らせて死んでいった。 それも無駄。すかさずリカバリーで氷を溶かした。 フリオニなんていうのも出てきてさすがにキツイ戦いだったけど、 思っていたよりはましだったかもしれない。 とりあえずみんな無事だった。 体力的に心配だったクレスも疲れはあるようだけど歩けないほどじゃない。 かなり時間が経っていたのか、ようやく東の空も明るくなり始めていた。 11話へ |