第11話 『太陽が昇り、月は沈む』



久しぶりのきつい戦闘が終わり、ボクたちは荷物を置いておいた場所に戻った。
幸いなことに大きな怪我も死人もでなかったけど、
みんなさすがに疲れきっていて、元気なのはヤファだけだった。

「さすがにきつかったな。装備も整えてなかったし、二手に別れてたし」

リオンも座り込んで飲み物の代わりに柑橘系の色のポーションでのどを潤している。
赤、橙、白と効果が強くなっていくらしいけど、ついでに値段も高くなっていく。
そして本当かどうかは知らないけど、太りやすくなっていくらしい。

「でもなんとかなったね。ブルージェムストーンも4つしか使わなかったし」

戦闘のあと回復のためにもうひとつ使ったので残りは6つになっていた。
使い切るかもしれないと思っていたけど、まだまだ余裕があったので、
リオンがいいと言ったらプロンテラへの交通手段として使わせてもらおう。
リオンもそれを望んでたし。

「だな。さて、もう俺は休憩するぞ」

「うん、おつか・・・」

リオンが荷物を枕に横になり、おつかれさまと言おうとしたそのときだった。
かなり遠かったけど、背後から爆発音が聞こえてきた。
たぶんククルさんの罠だ。

「何かかかったのかな。ポリンとかなら可哀相だけど」

「あのさ、リル・・・」

ヤファが申し訳なさそうな声で囁き、何かを言い淀んでいた。

「どうしたの?」

クレスがヤファの横に立って聞く。

「わたしもさっきので終わりだって思ってたんだけど、まだ敵来てる・・・さっきより沢山強いの」

「そんなっ!」

仮眠をとる用意をしていたクレスが立ち上がりヤファの言葉に驚愕の表情を浮かべる。
ボクもフリオニでお終いだと思ってた。
というよりそれでほとんど限界だっただけだ。

「どのくらい来てるか大体わかるけど、言ったほうがいいかな?」

ヤファもボクたちが限界に近いのがわかっているのか、言いにくそうにしてる。
だけど来るものはしょうがない。

「うん。そっちのほうが助かる」

正直今まで以上の数は聞きたくなかったけど。

「たぶんさっきと同じかちょっと多いくらいだと思う」

そんな希望はやっぱり聞いてくれないようだ。

「そっか・・・またサンドマンとかホードかな?」

「それはわかんないけど、もっと嫌な感じがする」

ヤファもクレスもリオンも暗い顔をしている。
ククルさんは戦闘の後集めた収集品を整理していたけど、
話はちゃんと聞こえていたようで、立ち上がってボクたちのところへやってきていた。

「ククルさん、矢はどのくらい残ってますか?」

「残りは・・・ほとんどありません。節制するべきでした・・・」

申し訳なさそうに目を伏せる。
長期戦になってしまった以上矢がなくなるのはしょうがない。
こうなると一応逃げることも考えておいたほうがいいかもしれない。
幸い今ならポータルも開けるから、プロンテラに救援を求めにいける。
だけど・・・

「リル」

いつの間にか目の前に立っていたリオンが一言、ボクの名前を呼んだ。
かなり珍しいことに、真剣な表情だ。

「お前たちはプロンテラに行って援軍を頼んできてくれ」

「何を・・・」

「いいか、俺たちは仕事だ。でもお前らは違う。言ってみれば慈善活動だろ?
もともとここら辺はうちの隊の管轄だしな。ここからは俺たちだけでいい」

「・・・・・・相変わらず馬鹿だね」

「よく言われる」

リオンは笑わない。

「帰るなら全員一緒。いつだってボクがポータルに乗るのは全員乗ってからだよ」

「そうだよ、ここまできたら一蓮托生なんだから」

一番消耗してるはずのクレスも賛同してくれる。

「バカップルだな・・・」

ボクとクレスの顔を見て、諦めたようにリオンが笑顔を浮かべた。

「リオンに言われたくないけどね。それとカップルじゃないよ」

「悪い。助かる」

「いい? 限界まで戦ったらみんなで逃げる。ここで死ぬのに意味はないよ」

「・・・わかった。まぁ別に死ぬ気は微塵もないけどな」

敵の第二陣、いや、三か。しかもさっきと同程度かそれ以上なら限界まで戦って逃げるほうがいいだろう。
本当ならすぐに逃げたほうがいいだろうけど、もしかしたらまたなんとかなるかもしれないし。
だけど実際ほとんど戦えないだろう。
ボクもかなり消耗してしまってるし、ククルさんもクレスも戦力外に近いかもしれない。
ヤファやリオンたちがいくらがんばっても数でこられたら耐え切れないだろうし。

「あのね、リル」

「ん? ヤファはまだいける?」

「うん、それは大丈夫。でね、しばらくわたしだけで戦うから、休んでていいよ」

あまりにも唐突で、一瞬その意味を測りかねた。
ヤファの提案したことはとても頷けるようなことじゃなかった。

「そんなわけにいかないよ」

「リルは知らないかもしれないけど、なんていうか僕みたいのがいるの」

「しもべ?」

「うん。おいで」

ヤファがそう呟くと、まるでずっとそこに居たかのようにヤファの周りに6匹の狐が現れた。
月明かりに輝く琥珀色の綺麗な毛並み、鋭い眼、尻尾は数えるまでもなく9本。
なるほど、そういえば九尾狐は月夜花の仲間だったんだ。

「やっぱり・・・」

その姿を見てリオンが言葉をこぼした。
ボクがちゃんと言う前に気づかれてしまったのは予定外だけど、
分かってしまったならしょうがない。

「リオン、あとで言おうと思ったんだけど、ヤファは・・・」

「あぁ、わかってる。詳しくは後で聞く。まぁ散々助けられて今更ゴチャゴチャ言わないさ」

「うん、ありがとう、改めて紹介するよ。ボクの仲間で、月夜花のヤファだよ」

結局ボクの心配も杞憂だった。
リオンはヤファのことを認めてくれたようで、ヤファに優しく笑いかけてくれていた。
こんなに普通に受け入れてくれるなら最初から言えばよかったかもしれない。
ヤファも気にしていたんだろう。
さすがに九尾狐を呼べばバレてしまうから今まで黙っていたんだ。

「わたしがこの子たちと一緒に戦うから。だから休んでて。少しくらいは・・・」

「だったらボクも一緒に行くよ。ヤファだけに戦わせたりなんてしない」

「おっと、俺たちももちろん戦うぜ。騎士は先頭に立って戦闘するってな」

「リル・・・と、えっと、リオン? ありがと。」

「う、疑問系か・・・。いや、まぁお礼を言われるようなことじゃない」

微妙にショックを受けているリオン。
でも、リオンの言うとおり、というよりお礼を言うのはこっちだ。

「ヤファ」

「な〜に?」

「ありがとう」

「うんっ、わたしがんばるねっ」

そのとき、ヤファの名前の由来が分かった気がした。
月夜に咲く花のような笑顔。
ボクがつけた名前はもっと単純な理由だった。
誰がつけた名前かわからないけど、その人ももしかしたら、
こんな風にヤファの一族と一緒に戦ったことがあったのかもしれない。
きっといい仲間だったんだろう。
こんな笑顔を見せてくれるくらいに。



「あの、リルさん。私はここで後方支援にまわります。前のほうはお任せします。
少ない矢では足手まといになってしまいますから」

ククルさんは申し訳なさそうに、というより悔しそうにそう言った。
あまり量を持ってこなかったであろう罠も底をついてしまったようだ。

「わかりました。残りの矢はここぞっていうときに使ってください」

「はい、すいません」

「いいからお前はそこらへんで座ってみてればいいんだよ。後は俺に任せとけ」

リオンがしゃしゃり出てきて軽口を叩く。

「む、誰もあんたになんか頼んでないの。あんたに任せるくらいなら私も剣で戦うわ」

「馬鹿、剣を持たせたら俺の右に出る奴なんて、あんまりいないんだぞ?」

「あんまり、ね。ま、せいぜいあんたも死なない程度にがんばりなさい」

「ふん、そっちもせいぜい俺の戦いぶりに惚れないように気をつけな」

「そうね、絶対にそんなことにならないように気をつけるわ」

口と口の攻防、視線と視線がぶつかりあい火花を散らす。
なるほど、こんなに仲良かったのかこの二人。
ククルさんなんて口調すっごい変わってるし。
とりあえず被害を受けないように少し二人から離れよう。






「リル、わたしはどうしたらいいかな・・・」

クレスは・・・正直限界だろう。さっきのフリオニで終わりだと思って全力で戦ってたはずだ。
しかも今度はさっき以上の数で攻めてくる以上魔力も体力も必要だから、
疲れがなくても純粋にきつい戦いになる。
他のみんなはフットワークが軽いからいざ逃げるときにもすばやく対応できるだろうけど、
クレスはボクの近くにいてもらわないといけない。だけど守っている余裕はないかもしれない。

「正直に言って。残りの魔力でたとえばファイアーウォールを連続で使うとして、どのくらいいける?」

クレスは一瞬考えて、すぐに答えをだした。

「たぶん、6回くらいでからっぽになっちゃう」

「それじゃあ、クレスはククルさんの護衛について。念のため」

「・・・うん、わかった」

クレスはそう答えると、まだ口げんかしていたリオンとククルさんを離して、ククルさんと話し始めた。
口の空いた、もとい手の空いたリオンがボクのほうに歩いてくる。
どことなく楽しそうな顔をしていた。
リオンも戦闘に対して危機感が足りないタイプだ。
すこし方向性は違うけど、ボクと同じ。

「あいつほんとはあんな感じなんだぜ。がさつで攻撃的で口の減らないって感じの」

「それってリオンのこと?」

「さて、そろそろおいでなすったかな」

リオンの場合自己中心的、とか人の話を聞かないとかも加わるかな。
いや、逆に聞いてるのか。自分に都合の悪い話はなかったことにしてるだけだ。
でもまぁそろそろ来そうなのは確かか。

「それじゃあ、もうひとがんばりしようか」

「おう、死なない程度にな」

「お互いにね」











「じゃあ、ククルとクレスちゃんはここで待機。ナナカは二人の護衛。レス、ニキータ、フェオは俺と一緒に来い。
ヤファちゃんはリルと組んで大暴れしてくれ。そんじゃあそろそろ始めるぜっ!」

「「「「了解!」」」」

「はいっ」

「うんっ」

「わかった」

「りょーかい」

「そっちは揃わねぇなぁ」

揃わないのはしょうがないと思うけど、リオンは不満そうだ。

「個性があっていいなじゃない」

ククルさんが言うにはそうらしい。

「よしっ、合図したら退いてポータルに乗るからな」

「モンスターは入れないはずだから、いくつかだすよ」

「じゃあ改めて、戦闘開始だっ!」

リオンは叫んでペコペコに乗り、かなり近くなってきていた地響きのほうへ走り出した。
レスターさん、ニキータさん、フェオさんもリオンに付いていった。

「それじゃあナナカさん、お願いします」

ボクはクレスとククルさんのことを頼んで立ち去ろうとした。

「あの、本当に・・・」

「え?」

「本当にヤファちゃんは月夜花なんですか?」

「あ、えぇそうです」

やっぱりそんなに簡単には割り切れないんだろう。
それが普通だと思うし、リオンのようにいかないのはよくわかってる。
すこしずつでも認めてもらえばいいと思う。

「そう、ですか」

「それじゃあ、行ってきますね」

「はい、お気をつけて」

「ヤファっ、行こう」

ヤファに声をかけて、返事は確認せずに走り出した。
クレスとククルさんと一緒にいたヤファもすぐに追いついてくる。
九尾狐は3匹で後はリオンたちと一緒にもう戦っている
前方からは頭が痛くなるほどの羽音と大きな獣の断末魔が聞こえてきた。

ヤファはボクの前を走ってる。
何処から敵が来てもいいようにしきりに顔を動かしていた。

「・・・来る」

月明かりでも十分敵の姿が確認できる距離。
大きな獣の影はビックフットと同じような、でも圧倒的に力が大きいレイブオルマイ。
五月蝿い羽音の原因はハンターフライ。
なかなか嫌な組み合わせだ。

「まかせてっ」

「やぁぁぁ!」

いつのまにか手にもっていた鐘のついた棒でハンターフライを次々に落としていく。
蝿というのは大きすぎる赤い死体がヤファの周りに次々に増えていった。
ヤファの一撃で倒しきれなかった敵も九尾狐の追い討ちでとどめを刺されていた。
ボクもぼーっとしている場合じゃない。

「エンジェラス!!」

「キリエエレイソン!!」

「ヒール!!」

少し離れた場所で戦う4人にヒールをかけつつ、ヤファも支援。
ときどき横から襲ってくるハンターフライも九尾狐が倒してくれる。
向こうの4人の連携もたいしたもので、一人が敵の攻撃を受けてその間にもう一人が攻撃。
敵の集まっている場所にリオンが飛び込んでマグナムブレイク。
それを繰り返していて大きな隙はない。
戦いは五分五分といったところだろう。
だけど、五分五分では勝てない。










数えるのも飽きるくらいの敵の屍骸を作った。
それでも敵の数が減ったように見えない。
ハンターフライはともかくレイブオルマイの腕力が圧倒的過ぎる。
底なしのヤファですら捌き切れなくなってきていた。
ヤファも途中からコールドボルトやサンダーボルトを使い出していて、、
地面に刺さった氷の塊が空気を冷やして寒いほどだ。
騎士の4人も押され始め、だんだんクレスたちの方へと下がってきている。
そろそろ潮時かもしれない。
ここくらいならクレスの射程範囲だろう。

「リオンっ! そろそろっ」

ボクの声に気づいたリオンが大きく頷く。

「よし、ここまでだ! ボーリングバァァッシュ!!」

リオンの攻撃に巨体が吹き飛び、後ろにいた敵ごとなぎ倒していった。
それと同時にボクたちは走って退く。

「ヤファ! 退くよ」

「うんっ!」

相手をしていた敵を最後に蹴り飛ばすと、走るボクの横に並んだ。

「追ってくるよっ?」

「大丈夫。クレスっ!」

返事は聞こえなかったけど、たぶん聞こえているはず。
その証拠に詠唱をする声が聞こえてきた。

「ファイヤーウォール!!」

ボクたちのすぐ後ろに炎の壁が生まれ、追ってくるハンターフライの追っ手を阻んだ。
クレスに負担がかからないようにリオンたちと合流して3人のところに戻った。

「ひらくよ、プロンテラ」

言いながらブルージェムストーンを取り出した。

「此処より彼方に 繋ぐは神の道 風の糸を辿り 開け ワープポータル!!」

一番最初に頭の中に浮かんだのはやっぱりプロンテラの大聖堂だった。
ここなら一歩も間違うことなく想像どおりの場所に開けるだろう。
間もなく地面から青白い光が淡く強い扉を開いた。

「ククルさんとクレスから行って」

「はい、先に行ってますね」

「みんなもすぐ乗ってね」

「もちろん」

最初はクレス、次にククルさん、それから騎士のみんなと次々に扉に飛び込む。
残っているのはリオンとヤファとボクだけになった。

「リオン、また今日の夜にでも会おうか」

リオンが振り返って答える。

「あぁ、あのこともあるしな。今日のことも」

「うん、それじゃあいつものところで」

「お先」

その言葉を最後にリオンの姿も光の彼方に消えていった。
騎士のみんなはすぐにお城と騎士団本部に報告にいくはずだから、
リオン以外とはしばらく会うこともないだろう。

さて、そろそろ敵さんたちも近くまで来たみたいだしゆっくりしてられない。

「ヤファ、乗って」

「は〜い」

さてと、ボクも急がないと。
っていってもまだブルージェムストーンはあるから大丈夫かな。

「痛っ!」

「えっ?」

ヤファが恐る恐るポータルの光に手を伸ばした瞬間、
柔らかく、それでいて確かな拒絶があった。

「痛いっていうかそんなに痛くないけど・・・入れないよぉ」

「・・・・・・そうか」

気づかないなんてどうかしてる・・・
モンスターは入れないって自分で言ってたのに。

「リルだけ行って、わたしはなんとかなるからっ」

「だめだよ、そんなことはできない」

「だって・・・」

ここから脱出するにはもう走り抜けるしかない。
ポリン島に渡って橋を落とせばレイブオルマイは追って来れないけど、それじゃあ本末転倒だ。
いや、どっちにしろここは諦めるしかない。
でも、置いていくことは絶対に、できない。
ヤファとボクなら抜けられるかもしれない。
いや、それしかない。

「ヤファ、走って抜けよう。西に抜けて北へ進めばプロンテラはすぐだ」

「・・・・・・うん」

「大丈夫なんとかなるよ。行こう」

「・・・うんっ」

背後に迫っていた敵の大群に、視線を戻した。










速度増加で早くなった足で駆け抜け、キリエエレイソンで攻撃を弾く。
ヤファはボクの手を掴んですごいスピードで走っている。
当然のことながら統制のとれてないモンスターの間を抜けるのは思ったより簡単で、
ときどきハンターフライに追いつかれることはあっても、
一緒に走っている九尾狐が対応してくれていた。
でもやっぱり彼らだけでは倒しきれず、一匹一匹とだんだんいなくなり、
ちょうどポリン島を離れ、本当の砂漠が近くなって空気が乾いてきた頃には、
本当にボクとヤファだけになってしまっていた。

それでもどうにか敵の集団を抜け出すことはできたようで、
立ちふさがる影は一つも見えず、後ろから追って来るのみだった。
ちょうど東の空も明るくなり始めてきていたので、マニフィカートの効果も切れる頃だ。
限定神術の限界。でももう、やりなおす必要はなさそうだった。

「リル、砂漠が見えてきたよっ」

「うん、このままいけば逃げ切れそうだね」

「もう戦う気力残ってないよ〜」

「ボクもだよ。プロンテラまでは楽な道だから大丈夫だろうけど」

走りながら後ろを振り返ってみると、追いつけないと気づいたのか、
モンスターたちも歩みを緩めているように見えた。
それでも一応は近づいてきているので、やっぱり走りつづけないといけない。

「止まってっ」

ヤファは突然走る足を止めた。
手を引かれていたので、引っ張られた腕が痛い。

「どうかした?」

まだ暗い西の方角を眺めて立ち止まっているヤファ。
ようやくボクも遅れて気づいた。
闇よりもなお深く静止したような暗黒、周りの時間が止まって、
「それ」だけが自由に歩き回れるようなそんな空間を作り出していた。
こんなものに今更気づくなんてまったく本当にどうかしてる。
闇よりもなお深き闇、堕ちてなお騎士と呼ばれるモンスター。

「深遠の騎士か・・・」

ここへきて深遠の騎士とは敵もやってくれる。
おまけにカーリッツバーグまで3体もいるし。
消耗し尽くして最後に現れるのがこいつらなんて。
・・・でも、どうして、ポータルで戻ってたらこいつがここに居る意味なんてないのに。
そもそもこいつらはただ遅れてきていただけ?
いや、ボクとヤファが残ったから現れた?
だとしたら・・・

「リル、どうしよう、今のわたしじゃ敵わないかもしれないよ」

そうだ、目の前で道を塞いでいる以上排除するか回避するか、手段を考えないと。
ヤファならぎりぎり・・・いや、どれくらい消耗してるのかわからないから危険だ。
4対1で深遠の攻撃力、無事じゃすまないだろう。
落ち着け、大丈夫。勝つ必要はない。
とにかくまずやることは・・・

「穢れし死者たちに 天使の微笑みと風の恵みを 神の御名において 祝福を与えたまえ」

これでカーリッツバーグは何とか・・・

「ブレッシング!!」

「どうなったのっ!?」

「これでヤファならカーリッツはなんとかなるはずだよ」

「やれるだけやってみるね。リルは?」

「耐えるだけ耐えてみるよ」

「うん、リルはわたしが死なせないよ」

そういうセリフはボクに言わせて欲しいところ、ってそんな場合でもないか。

「・・・・・・来た」

前からは深遠の騎士とカーリッツバーグ。
後ろからはレイブオルマイの大群。
はっきりいってどうしようもない。
カーリッツバーグだけどうにかすれば・・・

「くっ」

・・・抜けられると思うけど。

「キリエエレイソン!!」

深遠の攻撃が迫っていることに気づいて急いで防御を張る。
見えない壁が深遠の槍を受け流す。
でもそれだけで壁はもうほとんど消えそうになっていた。

「どんな攻撃力だよ・・・」

「アンゼルス!! ヒール!!」

ヒールを攻撃に使うか、回復に使うか。
それが運命の分かれ目かもしれない。
ヤファは走って深遠の気を引きながらカーリッツバーグに攻撃をしている。
幸いなことに深遠の騎士の反応もヤファの動きよりはぎりぎり遅いようで、
むしろ間合いの広いカーリッツバーグのほうがやっかいそうだ。

「ヤファ! 走れ!」

ボクたちふたりに気を取られている深遠の騎士と、
巨大すぎて小回りのきかないカーリッツバーグなら走り抜けられる。
ヤファの足ならなおさらだ。

「リルっ、うしろ!」

「グォォォー!」

「ぐ…」

声に気づいたときにはボクの体は宙に舞っていた。
気を取られていたのはボクか。
ボクのいた場所にはもう大きな獣たちが追いついてきていた。

「まともに喰らったな・・・・・・痛っ」

立ち上がろうと体を起こしたとたん痛みが走った。
どうやら右腕から背中にかけてはあまり無事じゃないらしい。
よく考えたらくっついてるだけでもありがたいのかもしれない。

「ヒール!!」

足じゃなくてよかった、傷を治してもしびれてたり違和感があると走りにくい。

「リルっ大丈夫!?」

ヤファがボクの体を支えてくれる

「大丈夫だよ、一人で立てるから」

「よかった・・・」

「それにしても、困ったねこれは」

困ったことに吹き飛ばされた場所は壁のように隆起した丘の下。
それにボクとヤファが一箇所に集まったことで、扇形に取り囲んでいる。
絶体絶命・・・かも。

モンスターたちは深遠の騎士を先頭にしてじりじりとその距離を縮めてくる。
一歩、二歩、三歩、三歩半、乗り物の動物の足が突然大きく前へと歩みだした。

「ヤファ! 動きをよく見てっ!」

深遠の騎士が手に持つ槍を天高く掲げる。
奴の必殺の一撃はどうしても防ぎきれない。


腕が動いたと思った瞬間、無音の槍の矛先が目の前にあった。
避け・・・・・・きれない。








「アイスウォール!!」

よくても体の一部が無くなるのを覚悟した瞬間。
ボクと槍の間に氷の壁が生まれた。
槍はその氷を砕き、しかし威力を弱められた矛先は、
ボクが首から提げていたロザリオを砕いて止まった。

「誰!?」

ヤファが後ろにある崖の上を見上げながら問う。

「セイフティーウォール!!」

頭上から聞こえてくる声の響きに呼応して、
ボクとヤファの立っている場所を光が包んだ。

「死にたければそこから出てもよいぞ」

頭上から声が聞こえた。

「ヤファ、光から出ちゃだめだ」

「う、うん・・・」

誰だろう、どこかで聞いたことあるような口調だけど、思い出せない。
言い回しもどこか捻くれている、といっても捻くれものの知り合いは多いし・・・。
そもそもウィザードの知り合いは少ないし、いいタイミングで来てくれた通りすがりかもしれない。
今は黙々と詠唱を続けているらしくて声もはっきり聞き取れなくなっている。
気がつくと辺りはクァグマイアの泥沼だらけになっていて、
モンスターはそれに足を取られ、ボクたちのところにやってこれない。

不意に頭上からまったく声が聞こえなくなった、と思った瞬間明らかに周りの空気が変わった。
周囲は凍えるような空気、すぐ目の前には吹雪の世界が広がっていた。
吹雪といっても一粒一粒が凍りの塊でモンスターたちを凍りつかせていく。
顔を見せ始めていた太陽の射す陽が氷の彫像に反射して、恐ろしいほど綺麗だった。

次に起こったのは雷。
天に向かう光と地へ降りる光がいくつもいくつも。
一瞬遅れて響く雷鳴が鼓膜を激しく叩く。
思わずその音に耳を塞いでしまう。

最後は流れ星のように降り注ぐ燃え盛る岩。
どういうものなのかわからないけど、
天に無数にあるという岩を地上に落とす魔術がある、と聞いたことがある。
晴れた日に空を見上げてもそんなものは見えないので疑っていたけど、
目の前で繰り広げられている光景はそれを疑わせてはくれない。

「すごい・・・」

ストームガスト、ロードオブバーミリオン、そして確か、メテオストーム。
驚くのはその時間。ボクが聖域を開く時間と同じ間にそれはもう終わっていた。
いくらなんでも早すぎる。こんな速さでこんなことを繰り返されたら・・・。

その答えは目の前の光景が物語っていた。
それこそ骨まで残されてはいないように思える。
生き残っているのは、深遠の騎士だけだけど、見るからに瀕死だった。

「とどめっ」

ボクが目の前の情景に対応できないで立ち尽くしていると、
ヤファが走り出し、深遠の騎士に最後の一撃を与えた。
騎士は驚くほどあっさりとその身を崩し、無へと消えていった。

















「結局誰だったんだろう」

「う〜ん、あの人変だったよ。全然匂いも気配もしないの。顔も見えなかったし」

事が終わった後、お礼を言おうと思って振り返ると彼、いや、彼女だろう。
ヤファが崖を登っていったけど、ウィザードの彼女はいなくなっていた。
男と女の中間のような声だったのではっきりとどちらなのかはわからなかったけど。

「でも、助かっちゃったね」

「うん、そうだね」

「それで、本当にこれで平気なの?」

「たぶんね」

ヤファが平気かどうか心配しているのは、ポータルに乗れるかどうか。
実は、例の魔力殺しを着けていれば平気なんじゃないか、ということに今更気づいた。
そもそもプロンテラの町に入るためには門を通らないといけないわけで、
そして門にはモンスターだけを防ぐ簡易結界が張ってある。
もちろんヤファくらいなら無視して通り抜けられるけど、門自体が反応してしまい、
門番に気づかれてあんまり考えたくないことになってしまう。

本当に今更だけど、フェイヨンでヤファを連れて行くと決めたときは、
ちゃんとそこまで考えていたはずなのに、
戦闘時だったから冷静になれなかったのかもしれない。
ボクもまだまだというわけだ。
あのとき気づいていたら、こんな目に遭わなかったかもしれないのに・・・。

「でもまぁ、結局橋は無事だったし、ボクたちも全員無事だし、いいかな」

「うんっ、早くいこ〜。クレスもククルも待ってるよ」

「そだね、急ごうか」

後から追いかけてこないボクたちを心配しているだろう。
クレスには怒られるのを覚悟しておかないといけないかな。
あと、食事代とか、その他の出費も・・・。

結局ボクたちだけで防ぎきれなかったモンスターの侵攻も、怪しいウィザードのおかげでなんとかなった。
これなら騎士団に救援を頼まなくても・・・・・・・・・まずい。
リオンがたぶん討伐隊の結成を王様に進言してる。
てゆうか、もう出発してるかも。
月はいつのまにか沈んでしまっているし、
太陽もはっきり丸い形を空に映してる。

「ヤファ」

「な〜に?」

「ほんと急いだほうがいいかも・・・」

「?」

ワープポータルを出して、それにヤファが無事に乗れたのを確認して、
ボクも青い光の扉に飛び込んだ。








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