この街はとても人がたくさん 広場には露天がそれこそ埋め尽くすほど ところ狭しと自慢の商品を並べている 中央にある噴水は透明な水飛沫を上げ 人ごみを縫うように流れる空気にのって 時々まわりのベンチに座っている人たちを驚かせている 自分に見向きもしないでしゃべっている人たちへの 自己主張…なのかな… だって、冷たい飛沫が飛んできたら 誰だって噴水を見るでしょ? もしかしたら、一人で水を流しているのも 淋しいのかもしれない… プロンテラの噴水広場で 今日も商人たちの客寄せの声に混じって ちいさな水色は たぶん、力いっぱいの自己主張をしている 風に吹かれて 噴水広場を西に抜けて、街の外周にでた そこから、すこし左にいったところで 花を売っている少女 名前もわからないちいさな花と綺麗な花束を売っている 「こんにちは」 「あ、いらっしゃいませ〜♪」 挨拶をすると今日もいつもどおり、色とりどりの花より明るい笑顔を見せてくれる もちろん、商売をしているのだからお客さんに対して笑顔をみせるのは 当たり前なのかもしれないけど、この娘の場合は性格だと思う 「どう?少しは売れてる?」 「はい、そうですね。日曜日なので買っていかれるお客様は多いんです」 「曜日なんて…関係あるの?」 花の売上に曜日が関係ある、なんて考えたこともなかったから聞いてみた まぁ日曜日に商品が売れるのは分かる気がするけど… 花って、そんなに毎週買ったりするものでも…ないよね… 「そうですねぇ…プロンテラの住民の方たちは共働きも多いですから」 「週末にまとめてお掃除される方が多いんです」 「うんうん、それで?」 「はい、それで片付けをしたときに忙しくて枯らせてしまった花に気がついたり」 「終わった後に、部屋に花がほしいな〜って思ったりすることが多いみたいで」 「なるほど、それで休みの日曜日に花を買っていくのね?」 「そのとおりです〜」 たしかに片付けをしたあとの広い部屋に飾りをおきたいという気持ちはわかる気がする 「そうね、そういえば私も実際日曜日に来てるしね」 「あは、そうですね♪」 月に一度、同じ日に買いに来ているのだから今日は偶然日曜日 でも、そう言うと満面の笑顔で少女は目を細めた うん、正直妹にしたいくらい可愛らしい 「ところで、いつものお願いできる?」 「はい、もう用意してありますから、すぐにできますよ〜」 「うん、それじゃあよろしくね」 「かしこまりました♪」 そう言うと少女はテキパキと様々な花たちを白い紙の上に丁寧に重ね合わせ あっという間に一つの花束を作り上げた いつもどおりの、綺麗で繊細な花束… 「はい、できました♪これでいいですか?」 「もちろん。えっと、値段はいつもどおりでいいのかな?」 「そうですね、いつもどおりで」 そう言われて、私はいつもどおり2000ゼニーと… 「はい、いつもと同じで芸がないけどね」 …と苦笑いをしながら、カバンの中から紙袋を取り出した 私がときどき作っているパン 「あ、ありがとうございます。リアさんの作ったパン美味しいから大好きです♪」 「ありがと、私もクレスちゃんの花好きよ」 「えへへ♪お昼に食べさせてもらいますね〜」 「うん、それじゃあそろそろ行くから」 「はい、いってらっしゃい。気をつけてくださいね」 「いってきます。花、たくさん売れるといいね」 そう言って背を向け、来た道を戻った 途中振り返って花屋の方を見ると クレスちゃんは年配の女性となにやら話をしていた 心配しなくても商売は繁盛してるみたい また噴水広場を通って大聖堂に向かうつもりだったけど 今はちょうどお昼。さすがに人が多くて通り抜けるのも苦労しそうなので 北からお城の前を通って行くことにした 急いでいるわけではないので、ゆっくり歩くのも悪くない ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラには当然お城がある ただ少し普通のお城とは違うように思われる プロンテラ城にはもちろん門番がいるのだけれど 誰でも通れるようになっている これは北の門から城下町を出るためにはお城を通り抜けなければいけないのが理由 プロンテラの北の平原には凶悪なモンスターはおらず 通称「迷いの森」と呼ばれる様々なモンスターがいるダンジョンも 今ではその息を潜めている 事実上お城が北の門の役割を果たしている 守るべき最後の砦が前線にあるのだからおかしな話だと思う しかし、初代ルーンミッドガッツ王は 「国とは人々そのもので、守るべきは民。王とは前線に立ち、民の代わりに血を流すもの」 という言葉を実践するために、かつて魔族の根城だった北側に城を作り 城壁の役目をするようにした… という話が残っている。プロンテラに住むものなら誰でも知っている有名なお話 その意志を今もなお残し、昔からお城はその位置を変えず 代々王たちは常に兵の前に立ち、この街を守ってきた… ぼんやりとお城のほうに歩きながらそんなことを考えていた 正午の街は太陽の光に照らされ 揺らめきながら喧騒を受け止め 緑は過ぎ去った冬の冷たい風から開放された喜びを その身に映している レンガを敷き詰めた道端のマロニエは あの頃とずっと変わらずそこにある 変わったのは人と時代だけ 幼い頃の戦乱も今は… 遠い過去の色あせたアルバムにだけ挟まっている 父が命を落とした戦いの日々は もうこの街からは聞こえない 耳に届く喧騒は 日々を生きる命の強さを表しているかのよう… 「ふぅ…」 そっと溜息をついて辺りを見回すと いつのまにかお城の前を通り過ぎていることに気づいた 前を見るとさっきまで遠くに見えた大聖堂が さっきよりずっと大きく見えた 私のいまいる場所 故郷からずっと離れたこの場所に 私はいる 私には弟がひとり、遠い故郷…フェイヨンに今は独り 父を失った私たちはその父の遺志を継ぎ 姉である私は弟よりさきに大聖堂に通う神学生として 今はプロンテラに住んでいる 神学校の修行はそれほど辛いものではない 少なくとも私にとっては… でも、やっぱり、たった一人の家族と離れて暮らすのは すこし淋しいかもしれない でも今日は久しぶりに会える 今日は…父の… 命日だから… 大聖堂の裏手に聖職者たちのお墓がある 父は先の魔物たちのと戦いで命を落とした フェイヨンの教会の神父であった父は 先の大戦のおり、プロンテラ大聖堂のプリースト部隊隊長として 前線で戦った。一時はプロンテラ城が占領されるほどの 戦いだったらしい。 一度は壊滅の危機に陥ったプロンテラ しかしその危機を聞いたゲフェン魔術師協会とフェイヨンのハンター協会は プライドの高い神聖王国騎士団の頼みとあって 重い腰を上げた。神聖王国騎士団と神聖王国神官隊に 魔術師協会とハンター協会を加えたルーンミッドガッツ王国連合軍は プロンテラ城を奪還し、魔物たちを北の「迷いの森」奥地に封印することに成功した それが4年前… 戦いは激しいものだったらしい。アコライトすら前線に送り込まれ 死傷者50000人、7年前のプロンテラの人口は10万人 その戦いの中で戦死した父は名誉ある死であったと いろいろな人から聞いた… 王様も大司教様も、そう言っていた… 幼かった私たちはフェイヨンの家で父の帰りを待つだけだった だから父の戦い振りも何もかもがわからない どんなに名誉だったとしても… …私は… 父に帰ってきて欲しかった 名誉なんていらないから… ただ無事に帰ってきて欲しかった… 大聖堂で大司教様に挨拶をした後 裏手の墓地に向かった 緑に囲まれた墓地 父のお墓の前に一人の少年が座っている 紅い髪にフェイヨンの民族衣装 顔が見えなくてもすぐに誰なのかわかる お墓に花束を置いて祈りを捧げている どうやら私のほうが遅かったみたい そういえば去年もあの子は先に着いていたんだっけ 私はそっと近づいて横に立った 「今年も早いね」 「そうだね、今日くらいは…ね」 顔を上げず目をあけてお墓のほうを見たままで 弟は答えた 静かに立ち上がりこっちを見る すこし変わった…かな …背がのびたかもしれない… 「久しぶりね、リル」 「うん、ひさしぶり、リアねぇ」 久しぶりの挨拶 昔は見上げられていた視線も 今ではもう正面にある 「ボクはもう済んだから…」 そういって一歩横に移動した 「うん」 私はリルが空けてくれた場所に座って さっき買ってきた花束を置いた お墓の前には花束がふたつ 両手を合わせ、そっと目を閉じる (お父さん…私たちは貴方の作った平和の中で、元気に過ごしています) (私もアコライトとして認められました、リルも来年からはプロンテラの神学校です) (私たちは…貴方の遺志を継ぎます。この国を…守ります) (どうか、見守っていてください) (私たちは…貴方の子ですから…) 風が吹いた… 花束から落ちた花びらが 空に昇っていく この街は今は経済の中心 冒険者たちの街 二つの顔をもつこの街に すこし生暖かい風は 初夏の訪れを告げる 遠い喧騒、水飛沫、教会の鐘 すべてを包み運ぶ暖かな風 どうか 天に届けて 私の… 私たちの…ささやかな祈りを そして……… 私はそっと立ち上がった。さっきよりも強く…風を感じる 目を開ければ緑の中に太陽の光と青い風 リルがこっちを見ている。 私のたった一人の家族… 「…そろそろ帰ろうか」 「うん、そうだね」 「これからどうしようかな…」 まだ太陽はすこし傾いただけだし さすがにすぐフェイヨンに帰る気にもならないと思う 「せっかくだから夕ご飯食べていく?」 「そだね、まだ時間あるけど、たまには首都見物でもしたいしね」 「来年から貴方もここに住むんでしょ?」 「そうだけど、いいでしょ?観光気分も今日で最後になるかもしれないんだし」 「そうね、買い物のついでに歩こうか」 「うんうん、何か面白いものあったら買っていこうっと♪」 「…また…変なもの買わないでよ?」 「変なものなんて買ったことないよ…」 「そう?私の勘違いだったのかな?」 「……ボクにとってはいいものなんだよ…」 「まぁ、いいけどね」 「いいならいいじゃん………」 何やらぶつぶつ言いながら一歩先を行く弟 私は静かに父のお墓のほうに振り返った これからこの街で 過ごす私たちを これからこの街の みんなを守っていけるように どうか見守っていてください… (また来年ね、お父さん…) おわり |