第13話  『廻り始める歯車、』







「で?」

すでに周囲は夜の帳が降りており、石畳をたたく足音はほとんど聞こえなくなっていた。
もちろんボクたち二人、特にリオンの硬い靴がたてる足音は響いていた。
その足音に消えそうな短い単語、いや、単語にもなっていない疑問を返してきた。

「いや、だから今朝発ったよ」

「はぁ〜〜〜〜」

リオンは右手をボクの肩に置きながら、深くこれみよがしに大きなため息をつく。

「アホだアホだとは思っていたけど、ここまでとは・・・」

「む、それリオンに言われたくない」

「俺がアホなのは演技だからいーんだよ。あ〜あ、せっかくこれでなぁ・・・」

ふと、リオンが歩みを緩めた。
じっとボクのほうを見ている。

「どうしたの?」

開きかけた口を一度閉じて、

「いや、なんでもない。ま、一緒に旅してきた仲間なんだから、俺が何言ってもしょうがないか」

いつもどおり、ほんの少しだけ何か諦めたような口調でそう言った。

「クレスは見かけよりずっと大人で自分のことをわかってるんだ。だからクレスが言い出したことは
ちゃんと理由も意味もある。旅の仲間だけど、だからこそ尊重したいんだ。それが離れていくような
決断でも、ね」

「二度と会えなくてもか?」

「・・・会えるよ。うん、会える」


ボクの言葉にリオンは黙って肩から腕を離し、また元の速度で歩き出した。
それからしばらく無言の時間が続いた。といっても騎士団本部からネンカラスまではそれほど遠くない。
さすがに付き合いが長いからか、それともボクがわかりやすいのか、
リオンが今何を考えているのかよくわかる。つまりボクがクレスと誰かを重ね合わせていたこと。
それをよくわかっているはずだった。

「ところで、三人集まるのも久しぶりだなぁ」

「・・・そだね。ノエルとは飲みに行ったりしないの?」

こうしてすぐさっきまでのことは忘れていつもどおりのボクたちに戻る。
変な言い方になるかもしれないけど、楽だと思う。
正直その楽さはボクにとってはとても助かるものだった。

「それがなぁ、俺が誘っても『忙しいから〜』とか『聖職者がお酒なんて〜』とかで、全然なんだよ。
大の酒好きのあいつが奢りでも来ないなんて言うんだぜ?まったく、なのに今日は向こうから誘ってく
るんだから。ま、久しぶりだし、飲めるわけだし、いいんだけどな」

「忙しいっていうのは本当だと思うけどね。言い方悪いけど『昇進』したわけだし」

聖職者にも昇進という言葉は当てはまるのだろうか。
少なくともその単語は使われなかった気がする。
一応「平等」なわけだから。

「教育係だっけか? そっちの事情は知らないから俺にはわからないけど、やっぱ忙しいものなのか」

「ボクらの年代ではノエルしか居ないしね。色々大変だとは思う。それに陰の努力家じゃない?
ノエルって。なんだかんだで実技担当って自分では言ってたけど、知識だってかなりあったよ」

「ふ〜ん。おっと、着いたな」

会話をしているとやっぱり早いもので、今日の集まりの場所、つまり「ネンカラス」に着いた。
今日はネンカラスの一階のお店に集まることになっていたのだ。
「今日は」というよりも「今日も」のほうが正しいだろうけど。







さすがに日も暮れると宿は相当混んでくる。
特に、お酒を飲ませてくれる一階のバーはたいした賑わいだった。
この分だともしかしたら座るところがないかもしれない。
ヤファに席を取ってもらっておくべきだった。

「ちょっと部屋に行ってヤファ連れてくるよ」

「あぁ、って言っても、来たみたいだぞ」

「え?」

リオンの視線を追って振り返ると、ちょうどヤファが階段を駆け下りてくるところだった。
ヤファはそのままの勢いで人の間を器用に走りぬけ、ボクたちのところへやってきた。

「おーかーえーりーなさいっ」

「ただいま」

「よう、元気そうだな」

それはもうかなり元気だろう。今のところヤファが元気じゃないところなんて見たことない。
元気すぎて留守番していてもらうのにかなり苦労した。

「早くいこー」

「よし、ノエルが来る前に席を確保しておこう」



バーは専用の出入り口があるけど、宿の中でも繋がっている。
お酒を飲むだけを目的にしている人たちもかなりいるだろう。
もちろん区別はつかないけど・・・

「それにしても、今日は混んでんなー」

「そだね」

三人でテーブルとテーブルの間をすり抜けるように歩く。
空いている席を探しながら店にいる人たちを見てみるのも面白い。
リオンとは少し違う鎧のフリーナイトとハンター、たぶん狩りか仕事の仲間だろう。
カウンターに一人で座っている魔術師、なんとなく近寄りがたい。
何やら真剣に話し合っている商人の三人組。商談をしているのかもしれない。
他にももちろんプロンテラに住んでいる一般人も多い。
店内は騒がしくて活気があって、旅をしているとこういった騒がしささえ貴重に思えるのだ。
モンスターに襲われた小さな集落もいくつかあった。
大きな街道沿いの宿屋でもこれほどの賑わいはない。
本当にこういう雰囲気は久しぶりだ。

そして何気なく店の奥に目をやったとき、不意に視線が留まった。
五、六人座れそうな席に一人で座っている黒髪の剣士。
剣士とわかったのは壁に彼女が使うであろう大きな剣がたてかけてあったからだ。
どうしてか、その剣士が気になった。
ボクの一点を見つめているのに気づいたリオンが、ボクの視線を追ってその剣士に気づいた。

「へぇ、珍しいな。アマツ系か。しかも剣士。あそこの席しか空いてないっぽいし、相席頼むか」

「え、あ、そだね」

「ん?ああ、ノエルも人見知りするような奴じゃないし、平気だろう」

別にそれを気にしていたわけではなかったけど、とりあえず同意して、その剣士が座っている席へと向かった。
近づいてよく様子を見てみるとテーブルの上に載せた何かを右手でいじくりながら、しきりに辺りを見回している。
もしかしたら誰かを待っているのかもしれない。そうなら相席は無理だろう。
ちょうどボクたちがよく使う席だったのでノエルにも見つけやすいと思ったんだけど・・・



「ねぇねぇ、君ひとり?。よかったら今夜俺と一緒に飲み明かさない?」

「・・・・・・リオン」

「ん、なんだ?げふっ!」

とりあえず聖書で後頭部を叩いておいた。

「神よ、哀れなるアホの友人をお救いください」

「か、神と紙を掛けたのか・・・がくっ」

最期、もとい最後に何か言い残してリオンは床に崩れた。
その様子を見て案の定、目の前の女性は引いていた。

「あの・・・私はどうしたら」

「すみません、実は他に席があいてなかったので、よければ相席をお願いしたいんです。
もう一人友人が来るのでなかなか席がみつからなかったもので」

「一緒にのみましょ〜」

「はぁ・・・なるほど。・・・・・・・・・あ」

何かに気づいたのか、声には出さず、だけどたぶん「もしかして」と呟いてリオンが話しかけるまでしきりに気にしていた
テーブルの上のものをボクの目の前に差し出した。

「これは?」

「これ知ってる。手紙だよねー」

ヤファのいうとおりそれは長方形の手紙らしきもので、どこでもみかける白い封筒の綺麗なものだった。
普通の手紙なら丸めて紐で結ぶものが多い。もしかしたら大事な手紙なのかもしれない。
バーにもってくるようなものだとは思えなかったけど。

「ううん、私の勘違いだったみたい・・・」

彼女は少し残念そうに笑うと、その手紙をまた机の上に戻した。
そのとき、裏の封をしてある場所にある印に気づいた。
それは、もうずっと昔、ある王族の一人に書いていた手紙に記した印と驚くほど似ていた。
国ではなく、お城でもなく、王族の誰か個人に宛てて出すときに使われる印で、一般には知られていない。
いや、一般どころか、これは大臣ですら知らないかもしれない。
知っているのは王様とルミナ姫とレナ姫と、あとほんの少しの人だけだろう。

「それって・・・」

ボクが言いかけたときだった。

「知ってるの!?」

黒髪の剣士は勢いよく立ち上がり、迫ってきた。

「え、えぇ。一応知ってますが・・・」

ボクはちょっとその勢いにたじろぎながらそう答えた。

「よかったー。あんまり期待してなかったんだけど、でも助かっちゃった」

「えっと、とりあえず座っていいですか?」

「あ、どうぞー」

「ヤファ、リオン起こしてくれる?」

「は〜い」




そんなわけで自然な成り行きで席を確保することができた。
とはいってもこの手紙を見てしまった以上、恐らくこの手紙の意味がわかっていない彼女の手助けをするべきだろう。

「とりあえず、名前聞いてもいいですか?ボクはリルといいます。こっちがヤファ」

「ヤファだよー」

「俺はリオン・フォートナムだ」

「私は、ア、カ、ネ。アカネって呼んでくれたらいいから。」

名前の響きからいってやっぱりアマツ人のようだ。
慣れていないと一回では覚えられない人が多いかもしれない。
彼女、アカネもわかっているのだろう。一音一音をはっきり発音していたから。

「それで、この手紙はどうしたんですか?」

さっそく件の手紙について聞いてみた。
知らないでこの印のついた手紙を持っていたのだからそれなりの事情があるだろう。
もっとも、正直に話してくれるとは限らないけど。

「う〜んっと、あんまり詳しくは言えないんだけど、ある人から預かって、それでルミナ姫に届けて欲しいって頼まれて。
でも、なんかお城は入れないみたいで困っちゃって。どうしようかなって途方にくれちゃって。あ、敬語いらないからね。
それとも、聖職者様はそれが普通なのかな?」

「あ、えっと。じゃあ・・・。この手紙の印はルミナ姫直通の手紙に書かれるもので、王族かそれとも個人的に付き合いのある人間くらいしか知らないんだよ。
 でもたぶん届いた手紙を処理する人なら知ってると思うからお城に投函すれば届くとは思うよ。」

「でも確実じゃない?」

「うん、最近のお城の内部事情には詳しくないからなんともいえないけど、絶対に届くとは言えないね。リオン、なんとかならない?」

「預かっていいなら俺が直接渡してもいいけど、自分で渡したほうがいいんだろ?」

「うん、どうしてもっていうわけじゃないんだけど、ちょっとね」

そこまで自分の手で手渡すことにこだわるなら、かなり考えないといけない。
幸いリオンもいることだし、うまくすればいけるとは思うけど・・・
色々と考えをめぐらしているときだった。

「やっほー、来たよ」
「こんばんは。お久しぶりです」
「本当に、とても久しぶりです。リオンさんはともかく、リルくんは」

ノエル一人で来るものかと思っていたら、ずいぶん大人数で来た。といっても三人。

「おせーよ。ったく、たまには時間通りに来いって」

「うるさい、黙りなさい」

「姉さん、言葉がきついです・・・」

私服に着替えたノエルと、その妹のマナちゃん。
マナちゃんは何故かアコライトの服のまま来ていた。いや、それはちょっとまずいんじゃ・・・
それともう一人、ノエルが連れてきたのは・・・

「あの、ちょっと待って」

そのもう一人の顔を見て、かなり、いや、とてつもなく驚いた。
こんなところに普通来るはずもないものだから、とりあえず冷静に状況を考える。

「あのさ、もしかしなくても、レナ?」

「私の顔、見忘れました?ひどいですね、えぇ、とてもひどい」

「いや、なんでこんなところに・・・」

「あー、リル、気にすんな。気にしたら負けだ。気にしたら俺は今日は酒飲めないぞ」

リオンがそう言ってボクの肩をかるくたたく。
確かにそうだ、リオンが剣を捧げた相手の家族、つまりは国王陛下の次女が一緒じゃ・・・

「レナ、未だにお忍びでうろうろしてるんだ?」

「うろうろはしていません。今日はここに来るだけが目的でした」

「そうそう、せっかくだから一緒にどうかなって思ったのよ」

自分が何をしてるのかわかっているのか、いや、わかっててやっているのだろう。
お城のほうは大丈夫なのか心配になってきた。

「あのさ・・・」

「あ、お城のほうは大丈夫よ。色々細工して絶対ばれないようにしてあるから」

と、ノエルは自信満々に言う。どんな細工かは知らないけど来てしまっているものはしかたない。
今更追い返すわけにもいかないし、それにレナの言うとおり本当に久しぶりだから。
ちょうど一つ問題も解決したし。

「そんなわけで、アカネちゃん」

リオンがレナの横に立ってこの場でヤファ以外で唯一レナのことを知らないアカネに紹介した。

「こちらが君の探してるルミナ姫の妹君で、レナ姫様だ」

丁寧なのかどうか怪しい紹介ではあったけど、まぁ間違っているわけではないしいいか。

「はぁ・・・?え?」

そして一瞬なんだかよくわからないといった表情をした後、

「うっそーーーーーーーーー!!」

と、店内が静まるくらい大声で叫んでいた。

















そして、レナに事情を話した結果、明後日にレナに謁見するという建前でお城に入れることになった。
王族の人間の許可なのだから、これでもう何も心配要らないだろう。
アカネ本人の希望通りルミナ姫本人に直接渡せるように取り計らってくれるそうだ。

「でな、ちょうどポリン島を渡り終えたところにキャンプが見えて・・・」

「なるほど、それで・・・」

それからお酒を頼んで、いわゆる「飲み会」が始まった。
とりあえず乾杯をして、お互い知らない人もいたので自己紹介から。
ヤファには先に自己紹介するときに言っていいことの打ち合わせをしておいた。
でもまぁ、やっぱりというか案の定というか、一通り紹介を終えたあと、席から少し離れた店の隅に連れてこられた。

「で?」

多少不機嫌そうな顔でノエルが尋ねてきた。聞き方がリオンと一緒だ。

「えっと、何が?」

「・・・リル」

「あー、いや。色々事情があってさ」

「どういうことかちゃんと話して欲しいものね」

やっぱりノエルにはきちんと話しておいたほうがよさそうなので、これまでの経緯というか
ヤファと一緒に旅をすることになったことも含めて、レイチェルさんのこともクレスのことも全部話した。
ボクが話している間、途中で口を挟むこともなく、頷いたり何か考え込んだりしながら聞いていた。

「・・・・・・で、クレスがちょっと外れて、今はヤファと二人になったんだ」

「・・・・・・そう。それで、今回プロンテラに来た目的はその、レイチェル?とかいう人を助けるためなのね。
 『フェイヨンの白い魔女』ね。そっち方面のことはよく知らないけど、なんとかなるものなのかしら。だって、
 そんな簡単に出せるくらいならとっくに釈放されているはずじゃない?」

「確かに、そうかもしれないけどね。でもさ、もしかしたらなんとかなるかもしれないし。約束したしね」

「約束、ね。リルのそういうところ、全然変わってないのね。約束なんてそんなポンポンするものじゃないわ。
そういうものに縛られてると色々面倒なことになったりするもの。あの子の正体も私じゃなくても気づく人は
気づくかもしれないわ。お城に行くつもりなんでしょう?だったら絶対連れて行っちゃだめよ。あの子はもちろん
リルも無事で居られるかどうか。」

「わかってる、大丈夫」

「そう?まあ私が言ってもしょうがないわね。別に邪魔はしないから。手助けも。助言はしてあげるけどね。
とりあえずレナにでも頼んでみたら?結構それで片付いたりするかもしれないし。なんて、そんなことしない
って判ってるのだけど」

ノエルの言うとおり、レナに頼めばもしかしたら協力してくれるかもしれない。でもそれはちょっと違う気がする。
今日来ているのは王族としての公務なんかじゃない。友達として来てるんだから。彼女の権力とかそういうもの
に頼るのはあまり気が進まない。アカネの手紙のことを頼むくらいはいいけど、レイチェルさんのことはこんなところで
頼むべきじゃない。

「まぁいいわ。もう戻りましょ。とりあえずヤファちゃんだっけ?あの子のことは不問にしておきます。一応ね」

一応ね、と微笑みながら片目を一回閉じて微笑んだ。
ノエルもこれでいて結構変わり者なので、ヤファのことに関しては平気だと思う。

「それにしても・・・」

「なに?」

「『ヤファ』ってどうなのよ。そのまま過ぎじゃない?ネーミングセンスないわね〜」

「そ、そんなことないよ。名前付けたの結構前だし、しょうがないよ」

「ふ〜ん、まぁいい名前だとは思うけどね。お〜〜い、ヤファちゃ〜〜ん飲んでる〜〜?」

ノエルはレナと話をしていたヤファに駆け寄ると、どこぞの酔っ払いのおじさんのように絡み始めた。
飲んでも飲まなくてもいつでもノエルは年下の女の子に絡むのが好きらしい。
とりあえずヤファも楽しそうにしているので放っておいても大丈夫そうだ。









「それじゃあ、私そろそろ戻って寝るね」

二時間くらい経った頃、そう言ってアカネは部屋に戻っていった。
顔色は変わってなかったけど結構な量を飲んでいた。
ふらついているわけではなかったので送らなくても大丈夫だろう。
宿に部屋を取っているといっていたので外に出ることもないし。

「あら、そろそろレナをお城に送っていかないと」

アカネが部屋に戻ったことで時間の経過を自覚したのだろう。

「あ、そうですね。もうそろそろ戻らないと騒ぎになってしまいます。残念ですが」

「うん、明後日お城に行くから、そのときはよろしくね」

「はい、門番にも話を通しておきます」

「うっし、じゃあ俺も付いて行くか」

そういってリオンも立ち上がった。

「リオン」

立ち上がって用意を始めたリオンにノエルが微笑みながら言った。

「邪魔だから来ないで」

「・・・おいおい」

「じゃあレナ、早く戻るわよ」

「では、みなさん。ごきげんよう」

「マナ、貴女はここで待ってなさい。送ったら戻ってくるから」

「・・・はい」

少し酔ってぼーっとしているマナちゃんにそう告げると、レナをつれて出て行った。
一緒に行けばいいのにと思ったが、お城に行くには都合が悪いこともあるのかもしれない。
いや、マナちゃんが酔いを醒ますまでは帰れないのだろう。

「あれ?俺は行かなくてよかったのか?」

「え、あ、そだね。リオン結構酔ってるでしょ?休んでたほうがいいって思ったんじゃないかな」

「む、そうか。ノエルのやさしさだったのか」

「そうそう」

客観的にみても主観的にみても明らかに半分以上本気で言った言葉だと思うけど、
幸い脳の働きが鈍っているようなので、平和的に解決するようにとりあえずそう言っておいた。
ノエルのリオンに対する厳しさはいまも変わってないらしい。
知らない人が聞いたら嫌いなんではないだろうかと思うだろうけど、別にそうでもないらしい。







「リルー、マナが寝ちゃったよー」

疲れていたのか、静かに寝息を立てながらテーブルに身を投げ出して眠っていた。
右手は机に置いたグラスを持ったままだった。

「どうしようか」

「ん、そうだな。ノエルもまだだろうし、ベッド貸してあげればいいんじゃないか?」

「あ、じゃあわたし連れてくー。そんでね、わたしもそのまま寝ちゃうね」

ヤファはまだそんなに眠そうでもなかったけど、もしかしたら今日は人が多かったので
ちょっと疲れてしまったのかもしれない。ヤファにとっては知らない人ばっかりだったし。

「それじゃあ、お願い。ボクはノエルが来るまでいるから」

「は〜い」

元気に返事をしてヤファはマナちゃんを軽々抱きかかえると部屋に戻っていった。
まるで子供が子供を抱きかかえているようだった。



「そういえばクレスちゃん旅立つ前に俺のところ来たんだけどさ」

「うん、そう言ってた」

「まぁゲフェンに行くなんて言ってなかったし、普通に頼みごとしにきたんだと思ってたんだけどなぁ。
 で、やっぱり例のレイチェルだっけか?その女の話だったんだけどな。よろしく頼むって言われたよ」

「そっか。それで、実際どう?簡単にはいかないかもしれないけど・・・」

「いや、もしかしたらホントあっさり片付くかもな」

「え?」

「いやな、一応色々調べてみたんだけどな、その彼女が投獄されることになった事件っていうのは
今から六年半くらい前の話で、えっと、1022年のことだな。その事件のあとはずっとアルベルタの西
にある牢獄、これは知ってると思うけど普通の書類上は存在しないことになってる。俺とかお前くらいの
クラスにならないと調べるのも無理だ。といってもフェイヨンとかアルベルタのほうに住んでるやつなら
もしかしたら知ってるのかもしれないけどな。それで、投獄されてから六年半、確かに政治犯は重罪だし
通常なら死刑だ。でもレイチェル、レイチェル・シギュン・オルトリンデは当時12歳。死刑にならなかった
のはまぁ当然としても、だ。やっぱりちょっと長すぎると思うんだ。本人もそれが犯罪だなんて自覚してな
かっただろうし、誰が見てもその親が悪い。子供を利用するなんてな」

割といつでも冷静なリオンも最後のセリフのところはすこし怒っているようにみえた。
本人は認めないかもしれないけど、かなりの子供好きだから、かもしれない。


「うん、そうだよね。12歳なんて、ボクだったら新学校に入ったばっかりだし。でもさ、なんか聞いててさ」

「ん?」

「なんか怪しい匂いがする」

「確かにな。でもまぁそれも辺りだろうな。彼女の能力はそれこそ相当悪いことにも使えるしな」

「そうだね。何人か訪ねてきたようなこと言ってたし。でもさ、悪巧みだったら絶対ばれると思うけどね」

「どうかな、12歳で社会から隔離されてるんじゃ、本人にもいいことなのか悪いことなのかわからないかもな」

「あ・・・」

なるほど、確かにリオンの言うとおりかもしれない。

「つまりさ、彼女を助け出したらそういうことも含めて色々気を使ってあげないといけないと思うぞ。
12歳のままの常識で生きてるんだからな」

「あ、うん。わかった」

「つーわけで、明後日お城に行く前に騎士団本部に来い。俺も付いてくからな」

「は?え?本気?」

「思ったんだけどな、この前の戦いの褒美みたいなもの、貰ってもいいだろ?それに結構いい手だと思うんだよ。
ルミナ姫のことはわかんないけど、大臣連中も半分はなんとかなるだろうし、うちの親父も明後日はいるしな。
しかもレナもいるし、そうそう、ルーシーズさんってレナの教育係なんだけど、フェイヨンにいたらしいぞ。これで・・・」

「待った・・・」

「ん?」

「ルーシーズさんってあのプラチナブロンドの髪だったり、なんとなく一人でバフォメット倒せそうな?」

「あぁ、まぁ後半はともかく『白銀』だな」

「うわっ、まずいねそれは」

「何がまずいのよ」

「!!」

突然後ろから声を掛けられ本当に一瞬呼吸が止まるほど驚いた。
恐る恐る振り返ってみると、レナを送ってきたノエルがそこに立っていた。

「なんだ、ノエルか」

「なんだとは失礼ね。急いで戻ってきてあげたのに。で、誰だと思ったのよ」

「レナの教育係ってルーシーズさんだろ?リルも知ってるみたいでさ」

「あぁ、そういえばあの人もフェイヨンだったわね。なんて、あまりにも有名な話だけどね」

ノエルは椅子に座りながらそう言った。

「ところで何がまずいんだ?」

「いや、ヤファを連れて行かなければ平気だと思うけど、ほら、あの人って退魔力と探知力はすごいからさ、
 もしかしたらプロンテラにいるだけで魔力ごまかしててもバレちゃうんじゃないかなって思ってね」

「髪飾りで打ち消しているんでしょう?だったら外れないように注意していれば平気だと思うけどね。
 私だってすれ違ったくらいじゃ気づかなかったと思うわよ?」

「そうだね、さすがに平気だよね」

そうだ、プロンテラに入れる程度には魔力を消しているわけだし、いくらあの人でもお城に居て感知するなんて不可能だろう
その証拠に騎士団からも教会からもなんにも言ってこないし、誰も来ないし。




ノエルが戻ってきた後は、ボクの旅の話やノエルの仕事の話、リオンのバカ話で朝まで盛り上がった。
こうして三人が揃うのも本当に久しぶりだったし、お酒のおかげか色々なことを一時忘れることができた。
昔はもう少し人数は多かったけど、やっぱりみんな忙しいみたいだし、そもそもプロンテラにずっといるわけでもない。
話題に出て懐かしむ程度だったけど、幸いボクたちの仲間で死んでいる人間は一人も居なかった。


夏の気が早い朝日が昇った頃、ノエルはマナちゃんを連れて帰っていった。
朝帰りなんてして大丈夫なんだろうか。それを咎める側なのだから大丈夫なのだろう。問題はある気はするけど。
リオンも屋敷に戻っていった。暇があったら挨拶に出向いてもいいかもしれない。
リオンの屋敷の人たちには昔お世話になったから。

ボクもさすがに眠かったので、今日はお昼まで眠ることにした。
旧友に会うと昔の自分に戻るのか、何の憂いもないような気分で眠れそうだ。

結局、この日を最後にこんな安心した眠りをとることはなくなってしまった。
このときに気づいていれば、いや、結局すべて遅かったのだと、後になって気づくのだ。










−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−









深夜の場内は恐ろしいほどに静まり返っている。
いや、私に恐れるものなど・・・世界に一つしかない。
思い出してしまいそうになる身勝手な思考を払い、ふぅと息を吐いた。

「確かに、これは魔族の色ね」

ある人間から個人的に密告、いや、これは彼女にとっての義務だったのだ。
どんな気持ちで私に話したのかは知らないが、正しかったと言える。
私は彼女の言葉の真偽を確かめるべく、町にある「魔」を探していた。
これは私の最も得意とするところで、恐らく誰も想像すらしないくらいの強い力だった。

喩えるなら、このプロンテラ場の中に居てもプロンテラ中の人間の小さな魔力を感じ取れるくらい。
そしてそれはどんなに隠しても洩れてしまう魔力殺しの殺しきれなかったものですら、私には確かに感じられた。

こんな深夜に城に入ってくる人間が二人。これは、レナ姫と、恐らくプリーストだろう。
なるほど、この時間に私に仕事が入ってくるように仕向けてこっそり抜け出したのだ。
まったく、おてんばで困るお姫様だ。後でしっかり教育しておかなくては。

その二人が歩いてきた方向、彼女の言っていた場所と同じだから間違いない。
僅かに洩れるその魔力には思わず四肢が反応してしまう。
それと同時に、同じ建物に懐かしい色を感じた。
私は魔力というものに色彩を感じることができる。プリーストなら青や緑、魔術師なら黄色、といったふうに。
もちろん個人でも違っている。今視ているのは昔同僚だった女性によく似ている。
その色があの魔を連れてきたのだ。あの女性の弟。これは困惑するには十分だった。

あの頃のことを思い出す、と、自然と世界で唯一恐れる存在も思い出してしまう。
もう今日は忘れられそうにもない。全く、私の姉は一体何者なのだろう。
剣に喩えられる私、盾に喩えられるあの女性。
ならば、姉は何に喩えられるべきだろう。
グングニル、トールハンマー辺りが妥当かもしれない。
その姉も今は、いや今もフェイヨンの教会で給食を作っている。

「ふふっ」

思わず笑ってしまう。
望めばルミナ姫の教育係にすらなれるだろう。
全てが完璧なルミナ姫ですら、姉の前では子供のようなものだ。
でも決してあの姉は望まないのだろう。表舞台に立つよりも、教会で花の世話でもしているほうが似合っている。
私は姉が苦手だけど、嫌っては居ないんだと再認識した。

ならば、なるほど。この国の平和のためだけに生きようとする私は、姉のために生きているとも言える訳だ。

「それなら、それでもいい」

結局何も変わらない。やるべきことは唯一つ。
どんな小さな不安でも取り除いておかなくては。
彼からあの魔を離し、気づかれないうちに消滅させなくてはならない。
魔族は所詮魔族。モンスターはモンスターでしかない。
それにしても・・・

「月夜花とはね・・・」











14話へ