第8話 『夢で会えたら』









「・・・・・・ル・・・」

「リ・・・・・・ル・・・」

どこからか声が聞こえる。
夢の中にいるボクに、その声はすこしづつ大きくなって届いてくる・・・

「リル!起きなさい!」

突然大きくなった声に驚き、体がびくっと反応した。

「あれ? ここは・・・」

「もう朝よ、早く起きないと朝ご飯食べられないよ?」

起きたばっかりで頭がよく働かないけど、どうやら姉さんが起こしにきてくれたみたいだ。

「え、リアねぇ? どうして・・・」

「どうしてって?」

姉さんが疑問の表情を浮かべる。
ボクはベッドから身体を起こして視線を辺りにめぐらせた。
物心ついたときから住んでいるフェイヨンの家だ。
部屋の反対側には姉さんのベッド、部屋の北側には机とタンス。
そうだ、おかしいことなんてない。
ボクはここで姉さんと暮らしてるんだ。

「・・・ううん、寝ぼけてたみたい」

「そうね、いつものことだけど」

「今何時?」

「自分で見なさい」

姉さんはそう言って壁に掛かっている時計のほうに目を向けた。
ボクもそれに倣って、壁のほうに目をやる・・・

「えっと、短い針が・・・8をさしてて・・・長いほうが12・・・・・・8時かな」

「そうね」

「まだ早いんじゃない?」

「何言ってるのよ、教会に行かなくちゃいけないでしょ?」

「教会?」

教会というと、フェイヨンに一つだけあるボクたちの父さんが作ったやつだ。

「あと30分しかないからね」

「うん、って、ええぇ〜〜!!」

「だから言ったでしょ?ご飯食べる時間なくなるよって」

「もっと早く起こしてくれればいいのに〜」

「起こしたけど起きなかったでしょ?」

「だいたい、いいかげん自分で起きられるようになりなさい、もう15歳なんだから」

そう、ボクは15歳。まだアコライトで、姉さんはプリースト。
だんだん頭がはっきりしてきた。


「わかってるよ・・・」

「わかってるなら、いいわ。明日から自分で起きてね」

ボクにとって早起きほど苦手なものはないのに。
どんなに早く寝ても起きる時間は早くはならない体らしい。
さらに得意技は二度寝。早く起きても余裕が5分でもあればまた布団をかぶる。
でも、こういう二度寝がいちばん気持ちいい。

プロンテラの神学校の寮にいたころもそれは変わらず、ほとんどギリギリ。
寮だからルームメイトもいたんだけど、その人も朝は苦手だったから踏んだり蹴ったり。
踏んでも蹴っても起きない二人って呼ばれてた。
学校も早起きできる人とできない人のペアで部屋を割り振ってくれればいいのに。
なんて思って一回直訴したことがある。まぁ冗談だけど。
それでも遅刻したことはなかった。少ししか。

つまり、いまさら自分で早く起きるなんてできる訳もなく・・・。
だけど、ちょっと強がってみた。

「努力するよ・・・」

なんて、ほんとは明日も起こしてもらうことを期待してたりする。
もう何年もそうなんだから期待しないほうが変だよね?
まぁ言い訳だけど・・・。

「じゃあ、早く着替えて。朝ご飯の用意しておくから」

「は〜い」

そう言うと、リアねぇは扉を開けて部屋から出て行こうとした。
ボクは一ついい忘れていたことを思い出した。

「姉さん」

ドアの前で姉さんが動きを止めてボクのほうを見る。

「なに?」

「おはよう」

「おはよう、急いで仕度してね」

そう笑顔で言って部屋から出て行った。



「急がなきゃ」

そう独り言をこぼして、ベッドから降りる。
朝でも少し暖かい。布団からすぐ出られるから用意も早い。
そして、着替えの速さでは誰にも負けない自身がある。
いつも着替えにかける時間は20秒くらい。

アコライトの服はローブ型なので、首を通してベルトを締めるだけだから誰でも簡単。
壁に掛かってる服を掴んでベッドに置く。部屋の北側にあるタンスからズボンを取り出して。
素早く穿く。ベットに置いたローブを被ったら。ほら、着替え完了。
ひさしぶりのアコライトの服はきちきちしていて動きづらい。
あれ? 毎日着てるんだから、ひさしぶりってことはないか・・・。

「よし、完璧」

誰にでもなくちょっと勝ち誇った風に言って、机の上に置いてある手袋とカバンを持って部屋を出た。
扉を開けるとそこには食卓の上に朝ご飯を用意し終わった姉さんが椅子に座って待っていた。
この感じだと、起こしにきたときにはほとんど用意は終わってたみたいだ。
時間がないときのボクの用意の速さを知ってるんだから。
それくらいのことはできちゃうのかな。
実は毎日時間がないっていうのは秘密だ。

「それじゃあ、早く食べましょ。おなか空いちゃった」

実はボクの部屋の隣は食堂であり居間であり台所だったりもする。
うちに部屋はこことさっきまでいた部屋しかない。

これでわかったと思うけど、ボクの部屋と姉さんの部屋は共同で、姉さんのベッドが東側。
ボクのベットは西側で、東側と南側に窓があって北側にはタンスや机や本棚が置いてある。
机はひとつしかないけど、勉強するときは交代で使ってるし、居間の机もある。
本を読むのが姉弟共通の趣味だから、それはすっごい助かってるかも。


この町ではプロンテラと比べるとかなり水準が低い暮らしをしてる家が多い。
長屋の一部屋だけで生活している家族もいたりするしね。
でも、フェイヨンは独特の文化を保っている町で、
プロンテラの家と比べること自体が間違いだって、
この町で暮らしたことのある人間なら誰でも知ってること。





食卓にはバスケットに入ったいくつかのパン、姉さんとボクの分のスープがお皿に一杯ずつ。
あとはシーザーサラダと水の入ったピッチャーがあって、それだけ。
慎ましくも質素な朝食だけど、一般の家庭はみんなこんなものかな。
肉類はそんなに食べないかもしれない。別に食べちゃいけないわけじゃなくて、
ただ、食べる必要のないときは食べないようにしてるだけ。

「ほら、すわってすわって」

姉さんに急かされて、向かい合わせにいすに座る。
食卓に椅子とテーブルがあるのも珍しいのかも。
人様の家にあがって確認してまわったわけじゃないからよくわからないけどね。

「さぁ、早く食べましょ。時間ないからね」

そう言ってスープにちぎったパンをつけて食べ始めようとした。

「え?」

「どうしたの?」

「お祈りは?」

「え? あぁ、今日はいいわ、時間ないから」

食事の前のお祈りはボクの記憶にあるかぎり、いつだって欠かしたことはなかったはず。
それをしないなんて、そんなことありえない。
これは、絶対だ。

「ほら、早く食べなさい」

「・・・うん」

言われるままボクは目の前に用意された食事を食べ始めた。




「今日はリアねぇも一緒なんだっけ?」

「そうよ、フェイヨンダンジョン1階のゾンビとスケルトンの退治ね」

「そっか、じゃあリアねぇが隊長かな?」

「たぶんそうね。他の二人は・・・めんどくさがりやだから・・・」

「そうなんだ・・・」

「そうなのよ・・・」

溜息をついて首を振る姉さんは、ボクより4つ上で、つまり教会に入ったのはボクより4年早い。
普通は生まれてすぐプロンテラの大聖堂で洗礼を受けるんだけど、そうじゃない場合もある。
その理由は二つあって、ひとつはボクたち地方出身者は
プロンテラの大聖堂まで行くこともなかなかできないこと。
少し前まで洗礼は大聖堂でしか認められていなかったから。
首都、もしくは衛星都市イズルードで生まれた赤ん坊以外は
12歳のときに神学校に入ることになる(アコライトになる場合は)。
そのときに初めて大司教さまから洗礼を受ける。

地方では、地方の宗教があるのがもうひとつの理由。
首都もしくはその近辺で生まれなかった子供は、
その町、その地域の主流の宗教をとることが多い。
オーディン信仰がこの国の国教になってはいるけど、
それもなかなか辺境都市までは影響していないのが現状みたいだ。
つまり地方出身者でアコライトにならない人は洗礼すら受けることはない。

ここフェイヨンでは東方の宗教が入り込んできていて、
ボクが生まれる前は教会すらなかったらしい。

ボクがいまこうして教会に属する「アコライト」になっているのは、
ボクたち姉弟を育ててくれたひとが神父だったからで、
その神父というか、育ての親なんだけど、つまりボク達の「父さん」、
その父さんがこの町に布教活動にきていて、
孤児だったボクたちを引き取って今に至る。


隊長っていうのはフェイヨンにあるダンジョンのゾンビやらスケルトンやら、
いわゆる「死にきれない者たち」を土に返すため組織された教会の部隊の隊長で、
アコライトではなくプリーストがなるのが慣習。
さっき言った仕事っていうのはこのことで、
長い歴史の中で死者として甦った(なんか変ないいまわしだけど)が
町に結構被害を与えてて、浄化しても浄化してもいなくならない死者たちを、
ボクたち聖職者が完全に駆逐するのが目的。
少し前までは甦ってくる死者もそんなにはいなかったらしいんだけど、
ここ1,2年で爆発的に増えたらしい。

今日はフェイヨンでの仕事の一番重要な作業なんだ。
もうこれは何回も繰り返されていた。
そしてもう、その作業はフェイヨン教会ではやっていないはずだった。





「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」


質素な食事の利点のひとつ「早く食べられる」を証明するかのごとく、
ふたりともすばやく食べ終えた。
早く食べなきゃいけないっていうのもある。
でも、本当はそうの必要もない。

ボクが二人分の食器を洗い終えて、一つ姉さんにわからないようにため息をつくと、
振り返って姉さんに聞いた。

「さてと、じゃあ行こう。用意はいい?」

「1時間くらい前にできてるかな」

・・・・・・・・・1時間は早すぎでしょ?
うん、でも姉さんはそのくらい用意周到だったっけ

「まぁそれなら・・・いいけど」
「うん、ほんとに今日も時間ないから早くいくよ」

「今日も」は余計だけど、事実なのでしょうがない。
椅子の横に置いてあったかばんを持って玄関のドアにふたりで立つ。

「いってきます」
「いってきます」

ふたり声を合わせて誰にでもなく言って外に出た。
「いってらっしゃい」っていってくれる人はいないけど、これは習慣になっていた。
もう「今」のボクは忘れてしまっていたことだ。




家から出て二人並んで教会のほうへ歩き出した。
ボクは隣を歩く姉さんの、姉さんのような横顔を盗み見た。
そしてボクは歩みを止める。
もう、十分だった。

「ねぇ」

ボクの言葉か、それとも行動か、どちらかに気づいて姉さんは振り返った。

「どうしたの? 急がないと間に合わないよ?」

「うん、いいんだよ間に合わなくても。だってもう、ここで終わりだから」

「何を、言ってるの?」

疑問の言葉だったけど、その言葉を発する表情は別のものだった。
ボクは答えず、じっと相手を見据えていた。
姉さんは、彼女はそれほど気にしていない様子だった。
最初からうまくいくとは思ってなかったのかもしれない。

「そう、意外といけると思ったのに、やっぱり聖職者は難しいわね。いつから気づいてたの?」

そう言いながら、そいつは霧のように揺らぎ始め、そしてその姿を現した。
それを見て、やっぱり姉さんの姿のままいてくれたほうがよかった、と思ってしまった。
どうしてこう、露出度が高い女が多いんだろう・・・
クレスには魔術師の服の上からローブを着させているからいいけど、
いくら肌が空気に触れていたほうが大気中の魔力を感じやすいからって、
ものには限度っていうものがあると思う。

「あ〜、えっと違和感は最初からあったけど、わかったのはほんの少しまえだよ・・・」

ボクは彼女の姿を直視しないように視線をずらした。

「そう、まぁ夜の場面じゃなかったのは久しぶりだったから、私もうまくやれるか自信なかったのよ。
普通は夜中に私が起こす場面から始まるのにね。不便な力だわ。でも、貴方みたいな人間は少ないからね、
あまり困ることはないの。・・・・・・ねぇ、なんで下向いてるのよ」

「いや、なんでもない・・・それより、これからどうするの? 戦うつもり?」

「戦うって言ってもねぇ、ここは貴方の夢の中なのよ。だから私が貴方にダメージを与えても精神にしか
ダメージがいかないし、もちろんそれが目的なんだけど、貴方には意味なさそうなのよね。私が傷ついた
らもちろん私自身が傷つくから条件は同じだけど、そのときは分かってても攻撃できない姿になるわ。
貴方の場合はお姉さんね」

「そっか、じゃあどうすれば目が醒める?」

「貴方がここから出たいと思えば出られるわ」

「そうなんだ? でもどうしてそんなことまでボクに教えてくれるの?」

「貴方が気づいた時点でこの『戦い』は貴方の勝ちなのよ。つまり私の負けってわけ。負けたほうが勝ったほうの
 言うことを聞くのは当たり前でしょ? しかも完敗だったわ。私は眠りを強制できるけど、夢の内容は貴方たちが
 決めるのよ。心の奥にある願望が夢になる。私がそれを具現する。でも夢の内容はいつも同じだった。私はその
 夢を利用して食事をするの。でも、貴方の夢は笑ってしまうくらい穏やかなものだった」

「ずいぶんおしゃべりだね。それも負けた者の義務なのかな?」

「そうね・・・そう、こんなに人間と喋るのは初めて。私はいままで負けたことなんてなかったのよ。だから嬉しいのかしら?
悔しいけど、今までとは違う夢が見れて楽しかったわ。でも、もうお終いね。誰かが近づいて来てるわ。 人間が二人、
それと・・・・・・へぇ、貴方のお仲間には珍しい子がいるのね」

「ヤファか、確かに珍しいかもしれないね」

「ヤファ、ね。それがあの子の名前なのね?」

「うん」

「貴方がつけたのね。月夜花のヤファ。ねぇ、私にも名前くれないかしら?私たちの種族には人間がつけた名前が
あるみたいだけど、それとは別の私だけの名前。それが欲しくなったわ。私、自分の欲望には忠実なの」

名前、ね。ボクはそのうちモンスター専用の名付け親にでもなってしまいそうだ。
でもまぁ、お礼の代わりに聞いてあげてもいいか。

「そうだね、じゃあそうだな、アルメリア、っていうのはどう?」

「アル・・・メリア・・・」

彼女は静かに繰り返し呟いて、自分の中でその名前を反芻しているようだった。

「アルメリア・・・私の名前。不思議ね、今まで名前なんて全然興味なかったのに、今は宝物のようだわ」

「気に入ってくれたみたいでよかったよ。お礼になったかな」

「お礼?」

「うん。偽りでも、姉さんに会わせてくれてありがとう」

彼女、アルメリアはボクの言葉に驚いている。
そして笑い出した。

「本当に貴方楽しい人間ね。お礼を言われたのも初めてだわ。それじゃあ、私もありがとう」

そう言ってからもしばらく笑っていた。

「さぁ、お話はここまで。私も帰るわ。貴方の前に食事は済ませていたから、そろそろ眠いの。
できたらまた会いましょう。貴方が生きてこの島から出られたらね。最後に忠告。貴方の敵は
私たちだけじゃないかもしれないわよ」

そんな言葉を残して瞬きをする間に消えてしまった。

「アルメリアたちだけじゃない? どういう意味だろう・・・まぁ今はいいか。それより・・・」

生きて出られたら・・・か。ゆっくり寝ている場合じゃないらしい。
早く目を醒まさなくちゃ。
えっと、思えばいいって言ってたな・・・。

ボクはアルメリアの言葉を信じて心の中で、目覚めるように強く思った。
すると、雪崩のように睡魔が押し寄せてきた。
なるほど、目覚めようとすると睡魔が襲ってくるのか。
夢の世界で眠ると、現実に目覚めるっていうのはちょっと面白いかもしれない。
うすれゆく意識の中でそんなことを考えていた。









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