一夜明けて、久しぶりの実家での朝。
昨夜はヤファが半年間どうやって暮らしてきたのか、ボクとクレスがどういう旅をしてきたのか、
そんな話を遅くまでしていた。もっとも、ヤファの話はあまりなかったけれど。

旅に出てからは治っていたけど、ボクはもともと朝は弱いほうだった。
実家に帰ってきて安心したのか、今日は起こされるまで起きられなかった。
ボクを起こしに来たのは、朝食を作り終えたヤファ。
先端に大きな鐘のついた変な棒で、文字通り叩き起こされてしまった。

「もうちょっと普通に起してほしいな」

「一発で目が覚めたでしょ?」

ヤファが誇らしげに言う。

「まぁね」

「じゃあ、朝ごはんできてるから〜」

鐘をどこかに消してキッチンへと戻っていった。
クレスはもう起きているみたいだ。
ボクは起き上がって着替えようとしたけど、
昨日はそのまま寝たことに気づいて、そのままその部屋を出た。


台所兼居間になっているもう一つの部屋には、ヤファしかいなかった。
クレスはどこかに行っているのようだ。

「ヤファ、クレスは?」

ボクはすでに食事の用意がされている席に座りながら聞いた。
のどが渇いていたので水差しからコップに水を入れて飲む。

「買い物に行って言ってたよ」

「買い物?」

「うん、結構早くいったんだけどね。どっか寄り道してるのかな?」

「迷ってたりして・・・」











6話 『そんな故郷でのこと』











「ただいま〜」

一回しか来たことのないボクの家を覚えていて、昨日の今日で忘れるはずもなく、
ボクが起きてから10分ほどでクレスは帰ってきた。
手には大きな袋を2つぶらさげている。

「おかえり、迷った?」

「ううん、ちょっといろんなお店まわってきたの」

玄関の横に荷物を置きながら言った。

「クレスも座って。朝ごはん食べようよ」

ヤファがクレスを促す。

「うん、パンも買ってきたから」

「アイリス?」

「そだよ」

アイリスというのは、フェイヨン唯一のパン屋で、ボクは昔からずいぶん利用させてもらっている。
プロンテラのパン屋と比べても味は劣らない、と思っている。
クレスは床に置いた袋の中からパン屋の袋をとりだして、中身を食卓の上に置いた。
それからバスケットにいくつか入れて、席についた。

「それじゃあ、いただきます」

「「いただきま〜す」」


ヤファの作ってくれた料理は結構おいしかった。
正直ちゃんと料理ができるとは思ってなかったけど、これなら旅先で野宿をするときも助かる。
外では調理も勝手が違うけれど、どんな料理もクレスの作るものよりはマシだろう。
神様はどうしてクレスに料理の才能を与えてくれなかったのか。


クレスが料理ができないことはしょうがない。
とりあえず食事をしながら今日何をするか、いつまた出発するか決めることにしよう。

「とりあえず、いつ出発するのか決めたいんだけど」

「わたしはいつでもいいよ」

すぐにクレスが答えてくれる。

「ヤファは?」

「ん? 連れて行ってくれるならいつでもいいよぉ〜」

ヤファはパンをかじりながら目線だけ向けて答える。

「とりあえず今日はクレスにフェイヨン観光してもらって・・・」

「あ、それなんだけど、ククルさん来るって言ってたよね?」

「あ、そうだ」

確かに昨日の別れ際に約束したんだっけ。

「じゃあ、ククルさんが来たら一緒にまわろうか」

「そだね。ところでククルさんってここわかるのかな?」

「う〜ん」

簡単に説明はしておいたけれど、実際どうだろう。
同じような家が沢山あるから、一度来てもなかなか覚えられないし。
やっぱりここは・・・

「迎えにいったほうがいいかもね」

「うん、大仏って弓手村にあるんでしょ? だったらついでに見れるし一石二鳥だよ」

確かにそのとおり。
もともとフェイヨンで時間をとってまで観光するような場所は弓手村にある大仏くらいなもので、
そういえば今思い出したけどお城のほうは許可が必要だったはず。フェイヨン人以外は。

「じゃあご飯食べたらククルさんを迎えに行こう」

「ねぇねぇリル、ククルって誰〜?」

そこでヤファが基本的なことを聞いてきた。
昨日の夜話さなかったかな?

「この前知り合ったハンターの人だよ」

「あっ、昨日話してた人かぁ」

手のひらを合わせてなるほどと頷いた。

「ヤファはどうする?」

「なにが?」

「今日はフェイヨン観光の予定なんだけど、一緒にいく?」

「いくよぉ、当たり前じゃん」

「わかった、それじゃあ今日は観光。明日は準備をして明後日出発ということで」

「了解」

「らじゃ〜」

「予定も決まったところで、ごちそうさまでしたっと」

「「ごちそうさま〜」」

ふたりも話しながら食べ終わっていたようだ。

「ヤファはちゃんと着替えて・・・って別にいいか」

「ん? いいの?」

「半年ここで暮らしてたなら平気だと思うしね」

つまり村人の反応とかそういったものが。

「じゃあこのまま行くね」








一応現金だけ持って家を出た。
村はいつもより少しあわただしい印象だった。
弓手村に向かう途中、何台もの大型カート(木材などの資材を運ぶやつだ)とすれ違った。
新しく家でも建てるのかもしれない。もっと涼しくなってからにすればいいのに。

「なんだろうねぇ〜? いっぱい運んでた」

後ろからクレスと話しながらついてくるヤファも疑問に思ったみたいだ。

「どこかに家でも建てるんじゃないかな」

歩きながら振り返ってそう答えた。

「やっぱりフェイヨンも人口が増えてきたのかもね」

クレスがやっぱりといったのは現在の王国事情を考えてのことだ。
最近プロンテラは別として、国の西側、つまりモロク方面から東に住居を移す人たちが増えているらしい。
たぶんアルナベルツ教国に近い西側では、いくら休戦状態とはいえ安心できない人も多いのだろう。
この状態が長くは続かないと予測している人もいるかもしれない。
ボクもその1人だけど。




そんなことを考えながら、弓手村の入り口にまで来ていた。

「ここから弓手村だよ」

「ところで、ククルさんの家わかるの?」

「だいたいは予想がつくから、細かい場所は聞けばいいかな」

「結局お互いの家も知らなかったわけね」

クレスは呆れているみたいだ。
いや、説明はしたけど、心配だから迎えに行くって話だったんでしょ?
まぁ別にいいや。

「プロンテラみたいに人口多くないからなんとかなるんだよ」

別に言い訳ではなく、自分の近所に誰が住んでいるのかくらいはみんな知っている。

「わかるならいいんだけどね」

「最悪、弓手協会に行けばわかるよ」

「最初から行ったほうがいいんじゃない?」

確かにクレスの言うとおりだ。

「それもそうだね」

というわけで結局弓手協会の本部に向かうことにした。
協会本部は村の北東に位置している。
ただ弓手村は平らな地形ではないので少し迷いやすい。





協会本部前にくると、建物の前には沢山の弓手たちがいた。
まだ弓もうまく使えない弓手からハンター寸前の弓手まで。
彼らはハンターと区別してアーチャーと呼ばれている。
いや、区別されているのはハンターのほうか。

「あ、すごい、顔だけ見える!」

突然クレスが大声を上げた。
振り返ると森の中から頭だけ出した大仏が見えた。

「結構大きいでしょ?」

「うんうんっ、思ってたより全然おっきい!」

クレスははしゃいでいた。
初めて大仏を見た人は大きさに驚いて黙り込むか大声をあげるけど、クレスは後者だった。
まぁ予想通り。

「近くまで行ってきたら? 家がわかったら迎えにいくよ」

「うん、近くで見てくるね〜」

クレスは走って元来た道を戻っていった。

「ヤファはどうする?」

「わたしはリルについていくよ。なんかアレ怖いし…あんまり好きじゃないんだぁ」

「じゃあ中に入ろうか」

「うんっ」

開けっ放しになっていた入り口から中に入った。
中にはかなりの数のアーチャーとハンターがいた。
今日はもしかしたら集会の日なのかもしれない。
前に来たときは閑散としていて事務員しかいなかった。
もしかしたらククルさんもいるかもしれないと思い、あたりを見回していたらボクを呼ぶ声が聞こえた。

「リルさ〜ん、こっちこっち」

ククルさんがボクたちのほうに手を振っている。
あんまり大声で呼ばないで欲しかったけど、まわりの人たちはあまり気にしていないようだった。
何か重要なことでも話し合っているのだろうか。

抜けられない様だったのでククルさんのいるところまで人ごみを掻き分けて歩いていった。
ヤファも嫌そうな顔をしながら着いてきていた。
やっぱり人ごみは嫌いみたいだ。

「おはようございますククルさん。今日は集会ですか?」

「おはようございます。それがですね、ちょっと大変なことになってまして」

「何かあったんですか?」

「実はですね、プロンテラに向かう途中の橋ありますよね?それが両方とも落ちてしまったんです」

「両方とも!?」

プロンテラへと向かうには川を渡らなくてはいけない。
川と言ってもいわば渓谷とも言えるようなもので、歩いて渡るのは絶対に無理だ。
しかもその橋はただ二つだけで言わばフェイヨン・アルベルタ方面とプロンテラを結ぶ生命線。
多くの冒険者たちや物資の輸送を生業としている商人たちにはなくてはならないもので、
その橋が落ちたとなると、西側に行くのにはアルベルタから船で行かなくてはならない。

「それで、すぐにでも橋を修復しなければならないんですが・・・」

「確かに困りますね。ボクたちもプロンテラに向かうところでしたし」

「そうですよね。一応朝から橋の修復作業に向かっているんです」

「え? もしかして橋は弓手協会で直すんですか?」

公共財は王国の管理下にあると思ったんだけど、例外もあるのか。

「はい、私も知らなかったんですけど、そういうことになっているみたいで」

「それは知らなかったです」

「なにか裏で取引があったのかもしれませんね」

「取引?」

裏で取引というと・・・・・・なるほど。

「予算かもしれないですね」

あまり大きな声で言えないようなことなので、
小さな声でククルさんにささやいた。

「そうですね」

ククルさんも気づいたみたいだ。
もしかしたら違うかもしれないけど、弓手協会は橋の修復、維持費という名目で国から予算をもらっていて、
それを実際は協会の運営費か何かに使っているのだろう。
橋の維持費といってもそんなにかからないだろうし、まさか橋が落ちるとは誰も考えなかったのかもしれない。

「まぁそれはいいでしょう。国の問題ですから」

「そうですね。本当のところはわかりませんから」

「それで修復作業の話し合いをしてたんですね?」

ここにこんなに沢山人が集まっているのはそういうわけなんだろう。

「はい、それもあるんですが・・・」

他にもなにか理由があるらしい。
だけど言いにくそうにしている。
ククルさんの場合、促せば話してくれそうだ。

「他になにか問題でも?」

「・・・・・・そうですね、リルさんには言ってもいいかな」

考え込みながら独り言のようにつぶやいた。

「これは未確認情報なんですけど、もしかしたら知能の高いモンスターか、
もしかしたら人間が橋を落としたのかもしれないんです」

「まさか・・・」

「ここら辺ってあんまり頭いいモンスターっていないんじゃなかった?」

今までずっと黙って聞いていたヤファが話に参加してきた。

「あれ? リルさんのお連れの方ですか?」

ククルさんは今ヤファの存在に気づいたみたいだ。
結構おおらかな性格なのかもしれない。

「えぇ、ヤファって言います」

「ヤファだよ〜。リルと一緒に旅することになったんだぁ」

うれしそうにヤファは挨拶をした。

「初めまして、ヤファちゃん。私ククルです」

「ねぇククル、わたしの知ってる限りじゃフェイヨンあたりに頭のいいモンスターなんていないよ」

「そうなんですよね・・・」

自然に橋が落ちたんじゃないなら可能性はふたつくらいしかない。
人間並みの頭脳を持ったモンスターが現れたのか、
それとも悪意を持った人間が落としたのか。
もちろん、とてつもなく重い荷物を運んだのか、ゴーレムでも渡ろうとしたのか、そういう可能性もあるけど。
だけどまぁそれはないと思う。それなら二つも同時に落ちたりはしないだろう。

「ねぇリル〜プロンテラに行くのって橋渡らなきゃだめなの?」

「うん、船は使えないし、って待てよ・・・」

そういえばポリン島に渡る橋が架かってたはず・・・

「ポリン島に渡ればいいんだ!」

「あ、そのルートもありましたね」

ククルさんも思い出したみたいだ。
ほとんど誰も使わないのでまったく整備されていないルートだけど、
この際贅沢は言っていられない。
もしかしたらポリン島の橋も落とされているかもしれないけど、
確認するだけでも価値があるかもしれない。
誰かの悪意なのか、偶然なのか。

「でも、時間がかかるなぁ」

「そうですね、でも船がダメならそれしかないと思います」

「じゃぁ決定だねっ」

「となると、早く出発したほうがいいかもしれない」

「あ、リルさんちょっと待っていてもらえますか?」

「え?」

ボクが聞き返す間もなく、ククルさんは疾風の速さで隣の部屋へ行ってしまった。

「何だろう?」

「なんだろうねぇ〜」



5分ほどしてククルさんは戻ってきた。

「何やってたんですか?」

「私もポリン島のところまで一緒に行こうと思いまして」

「なるほど」

「実はそのことで協会長に許可をもらいにいったんですけど・・・」

ククルさんの話では協会長も今日の朝の集会のあとに気づいてもう何人か向かわせたということだった。
その先発部隊の支援という役割をもらってククルさんも明日出発することになった。
他の2つの橋に人員をほとんど割いてしまっていたので、
もし犯人がモンスターだと先発隊だけでは心もとないと思っていたところに、
ちょうどククルさんが提案に来たのでちょうどいいと思ったらしい。
先にそうしなかったのはあまりその可能性があるとは思っていないからだろう。

「明日か。それじゃあボクたちも同行させてもらいます」

「私ひとりだからどっちかというと逆ですけどね」

「そういえばさっき許可って言ってましたけど、許可なんているんですか?」

基本的にハンターは協会に属しているだけで、個人で依頼を受けて仕事をしている、と聞いていたので、
許可をもらうという言葉にに違和感を覚えたのだ。

「あ〜実はですね・・・」

ククルさんはちょっと恥ずかしそうに笑うと

「調査には調査費用が出るんですよ」

と小声で教えてくれた。
なるほど、それで交渉しにいってたのか。









「お互い用意があると思いますし、また明日ということで」

「はい、それじゃあ明日の朝リルさんの家に行きますから」

ククルさんはボクの家を知っていた。
前にリオンに教えられたそうだ。

まだ話し合いがあるというのでククルさんとはそこで別れて、
ヤファとふたりで弓手村の入り口まで戻ったときに気がついた。

「あ・・・」

「どうしたの?」

「・・・クレスのこと忘れてた」

「あ〜酷いなぁ、クレスに言っちゃお〜」

意地悪く笑いながらヤファが言う。

「ヤファだって忘れてたでしょ」

「ううん、リルがいつ気づくかなぁって思ってたよぉ」

「言ってよ・・・」

さすがに待ちくたびれて、もしかしたら怒っているかもしれない。
さて、どんな言い訳をしようかな・・・
まぁその前に。

「ヤファ・・・なんか買ってあげるから」

「さっすが、分かってるねぇリルは」

もしかしたらそれが目的だったのだろうか。
待ってましたとばかりに喜んでいた。
何を買わされるのか心配だけど、クレスの怒りを買うよりはましだろう。









大仏を見上げたまま全然動かないでいたクレスを見つけて、午後は準備をしに露天商をまわった。
結局大して高いものは買わされなかったけど、その代わりうっかりなのかわざとなのか、
ヤファが口を滑らせたおかげでクレスにもタカられたのが大ダメージだった。





そんな久しぶりの故郷での出来事。

明日からはまた旅に出る。
一人増えた仲間とともに。








第7話へ