「うんっ」 思い出してみれば、目を潤ませて微笑む彼女は、前に会ったとき、 いや、別れたときと全く変わっていなかった。 たぶん・・・4年か5年ぶりの再会だった。 彼女と過ごしたのがほんの一週間ほどだったことに比べると、気の遠くなるような年月が過ぎていた。 どうして彼女がボクの家にいたのか、それも気になるけど、 今は横で何か言いたそうな顔をしているクレスにどこから説明すればいいのか、 それが悩みどころだ・・・ 彼女の正体も話さなくてはいけないし、今日はすぐには眠れそうもないなぁなんて。 抱きついてくるヤファの頭を撫でながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。 第5話 『月はひとりで待ちぼうけ』 家のリビングキッチンにあるテーブルの椅子。 姉さんと2人暮らしだったときからお客様用に4つ椅子を置いていたので、 キッチンに向かってボクとクレスが並んで座った。 ヤファがお茶の用意をしてくれている間に家の中を見回した。 家の中はきちんと掃除されていて、まるでずっと人が住んでいたみたいだった。 いや、実際長い間住んでいたんだろう。 ヤファがやったのか、近所の人がやったのかはわからない。 もしかしたら教会の人がやってくれたのかもしれない。 「ヤファ、君が掃除してくれてたの?」 ヤファは氷の入ったグラスに麦茶いれていた。 それを机の上に3つ置いてボクの向かいに座った。 「うん、住まわせてもらってるんだから当然でしょ?」 ボクは机の中央に置かれた3つのグラスのうち一つに手を伸ばしながら聞いていた。 「住んでるって、いつから?」 「ん〜っとね、半年ぐらいかなぁ」 「そんなに!?」 まさかそんなに長く住んでるとは思わなかった。 というよりここにいること自体がおかしい。 「でも何で、君は・・・」 「何でって、リルを待ってたに決まってるじゃない」 「それは、そうかもしれないけど」 それにしてもボクを待ってたって。理由がわからない。 「ちょっと待ってリル」 横で今まで黙っていたクレスがなんだか怒ったような困ったような、 そんな微妙な顔をして言った。 「あのね、ずっとさっきから気になってるんだけど」 そう言ってヤファを見る。 「あなた・・・人間じゃないでしょ」 いきなりクレスは核心を突く。 あぁやっぱりわかるよね。これだけ魔力垂れ流し状態だったら・・・ 一応抑えてるみたいだけど、これだけ近くにいれば魔術師のクレスには隠してないのと一緒だろう。 「ねぇリル、この人は誰?」 別段怒ったようなそぶりも見せずにヤファがクレスのことを聞いてきた。 まぁ怒る理由もないか。 「えっと、なにから説明したらいいのか・・・」 「この娘はクレスっていって、旅の仲間だよ」 「ふ〜ん、リルの仲間・・・か」 ヤファは仲間という言葉を聞いて何か考え込むそぶりを見せた。 「それでクレス、この子はヤファ。バレちゃったならしょうがないけど、この子は・・・」 「はじめましてクレス。ヤファっていうのはリルがくれた名前で、本当は月夜花っていうの」 「ウォル・・・って」 クレスはひどく驚いた表情でボクを見た。 まぁ言いたいことはわかるよ。 「まぁこの子は大丈夫だから」 「リル、自分が何いってるのか分かってる?」 当然の意見だなぁ。 正直ボクもヤファがここにいるのが不思議でしょうがない。 敵意は感じられないし、なんとなく平気だと思っただけだから。 あんまり自信はもてないけど、ここに住んでたっていうことは、たぶん人間を襲ってないってことだ。 「わかってるよ。だからヤファに聞きたいことがあるからちょっと待ってて」 「・・・・・・うん」 クレスはしぶしぶ頷いてくれた。 それじゃあ今度はヤファと話をする番だ。 「それで、ヤファはどうしてここに住んでたの?」 「あのときリルは人間を襲わないっていう条件で助けてくれたでしょ?」 「あぁ覚えてたんだ」 何年か前、フェイヨンダンジョンの入り口近くで傷つき倒れていた月夜花を助けたことがあった。 それが彼女。どうしてあのときそうしようなんて思ったのか、それは今でもよく分からない。 月の綺麗な夜だった。弓手村まで散歩する気になったのはただの偶然だった。 「もちろん、人間に助けられるなんて生まれて初めてだったし。でね、どうしてかあのときの約束守る 気になっちゃったの。人間との約束なんて初めてだったからかな。消えそうだったからかもしれない。 もともと人間を殺して魔力を吸わなくても生きられるから。だったらあんな薄暗い洞窟の中になんて いても面白くないから、リルと一緒にいたほうがいいかなって」 どうして怪我をしていたのかは、確認は取っていないけど可能性はたぶんひとつ。 あの日、どうしてかフェイヨンダンジョンは閉鎖されていた。 あのとき散歩に出なければ気づかなかっただろう。 どうして閉鎖されていたのか。入り口に近づこうとして、でも出てきた人影につい隠れてしまって。 様子がおかしかったので追いかけたら、そこに傷だらけのヤファが倒れていたんだ。 「それでここに来たのにリルはいなくて。そのうち帰ってくるかなぁって思って待ってたの」 「でもボクがヤファを助けたのって4年くらい前だよね?」 「4年って人間だと長いのかな?あたしにはよくわからないや。半年前まで眠ってたし」 「そっか・・・じゃあ人間はあれ以来襲ってないんだよね?」 「うん、だって襲われてないから」 「・・・・・・そっか」 そうだった。それが約束だったんだっけ。 「それより、リルはどこに行ってたの?リアは一緒じゃなかったの?」 「旅をしてたんだよ。姉さんを探す旅」 「えっと・・・じゃあリアいなくなっちゃったんだ?」 「・・・・・・・・・うん」 「ふ〜ん、じゃあまた旅に出ちゃうんだ?」 「そうだね、2,3日はいようと思ってるけど」 「分かった、あたしも付いてくっ!」 「えぇ!?」 「いいじゃない、わたしがいれば敵なしなんだから」 困った・・・たぶんいくら人間は襲わないっていっても、 下手したらプロンテラになんか入れない。 ヤファは見かけは人間とほとんど一緒だから普通の人はごまかせるかもしれないけど、 教会の人間はごまかせないだろうし、それにクレスが納得するかどうか。 「リル、連れて行ってあげればいいじゃない」 「え?」 意外なことに黙ってヤファとボクのやりとりを聞いていたクレスはそう言った。 「確かにヤファが月夜花ってバレたら大変かもしれないけど。バレなければいいわけでしょ?」 「そうだけど、ボクでも分かるような魔力はごまかせないよ」 「あれ? フェイヨンは魔力の封印術の発祥だって聞いたけど?」 そうか、そういえば魔力封じなんていう手があったんだ。 確か姉さんが儀式で使った魔力封じの服があったはずだ。 ヤファの魔力は大きすぎるから、それで抑えてちょうどいいくらいかもしれない。 「わかった。クレス、姉さんのタンスから白と赤の服持ってきて。多分上下セットでしまってあるから」 「白と赤ね、フェイヨンの民族衣装みたいなのかな?」 「うん、たぶんすぐわかると思うよ」 「じゃあ取ってくるね」 そう言ってクレスはボクと姉さんの部屋に入っていった 「ヤファ」 「なに?」 ヤファが首を傾げる 「もしその魔力封じで、ある程度抑えることができたら」 「一緒にいこうか」 「・・・うんっ!」 一瞬少し動きが止まって、ヤファは笑顔でそう答えた。 しばらくしてクレスが魔力封じの服を持ってきた。 「わかった?」 「うん、これだけ全く魔力が残ってなかったから」 「なるほど」 物にはその物を使っていた人の魔力が残るらしい。 ふつうの人にはわからないくらいだけど、魔術師であるクレスには感じ取れるんだろう。 「じゃあヤファ、これに着替えてきて」 「は〜い」 ヤファは嬉しそうに返事をするとクレスから服を受け取って着替えに行った。 「嬉しそうだね」 「そうだね」 ボクはクレスのほうに向き直った。 「でもクレスは反対するかと思った」 正直言って旅をする上では仲間は多いほうがいいかもしれないけど、 ヤファの場合はそんな簡単なことじゃない。 もちろん一緒に旅をしてみないとわからないけど。 「え? う〜ん、だって、リルはあの子のこと信用してるみたいだし。だったらわたしも信用するしかないじゃない?」 それにわたしもあの子のこと嫌いなれそうもないし」 クレスは笑顔でそう言ってくれた。 本当にクレスが旅の仲間でよかった。 レイチェルさんのこともヤファのことも、感謝してもしきれない。 「クレス」 「なに?」 「ありがとう」 「・・・・・・仲間じゃない」 クレスはちょっとテレた顔をして、そっぽを向いてそうつぶやいた。 着替えたヤファが部屋に入ってきた。 クレスはその姿を見て、これなら平気かな、とOKをだした。 それを聞いてヤファがうれしそうに微笑みながら耳としっぽを動かす。 「耳とかしっぽはどうしようか」 いまさらだけど耳は結構大きいし、しっぽもかなり長い。 服の中に隠すのも無理そうだった。 「平気でしょ、ねこみみとか変なアクセサリーつけてる人結構多いし」 クレスはプロンテラ出身だから流行の最先端を知っている。 ねこみみはボクもよく知っている。 そういえば時々プリーストでもつけている人を見るくらいだから、相当流行っているんだろう。 「そうだね、ファッションとしては普通に見られるかもね」 「連れて行ってくれる?」 耳としっぽの話題が出て心配そうな顔をしていたヤファが聞いてきた。 「うん、一緒に行こう」 「やった〜♪」 ボクの言葉を聞いてヤファは飛び回る。 3人になったボクの旅の仲間。 正直ちょっと心配なこともあるけど、この笑顔が見れただけでもう十分かもしれない。 窓の外を見上げれば 大きな月がひとり 月はいつまでも待っていた 待ち続けたさきに再会があると信じて 第6話へ |