例えばそれはこんな晴れの日

空を見上げて歩くのは

まるで昨日のように思い出す

見慣れた小径

変わらないもの

変わってゆくもの

すべてがどちらかであって

もし変わって欲しくないものが

変わらずにそこにあったなら

ボクはあの頃に戻れるのだろうか




















第4話 『再会の掟、それは笑顔』




















ハンター小屋を出てからしばらくは鬱蒼と茂った森。
道は完備されているものの、やっぱり自然の侵食には勝てないのか、多少荒れ始めた道を歩いていた。
だけど昼を過ぎ、真上にあった太陽も少しだけ首をもたげた頃、ようやく森はすこしずつひらけ始めた。
今はもう空もだいぶ見えるようになっている。

「だいぶ森も開けてきたね〜」

クレスは疲れたのかアークワンドをまるで御伽噺にでてくる魔女のほうきのように、
地面から浮かせてそれに横を向いて乗っていた。ちょっとうらやましい。
最近は基本的に歩くようにしていたようだけど、疲れればこうして空を飛んだ。

「もうすこしでフェイヨンの村に着くね、ほら」

ボクは左前方にある立て看板を指差してそう言った。
ボクの言葉にクレスはその看板のところまで文字通り飛んで行った。

「えっと、あ、この看板一年前も見たよ」

「プロンテラ方面からの道とアルベルタ方面からの道の合流地点だからね」

「もうすぐ着きますよ、ガッシュさん」

ククルさんはカートがそろそろ重くなってきた感じのガッシュさんにそう言った。
一日中歩いていたのでさすがに商人さんといっても疲れの色が見える。

「ふぅ、それは助かります。久しぶりにこんなに歩いたので」

「あと1時間かからないのでがんばりましょう」

と、全く疲れの見えないククルさんがガッシュさんを励ます。

「あれ? フェイヨンのほうから誰かくるよ」

「え? 本当だ、ペコペコに乗ってるから騎士かな」

クレスの指差した先、距離はだいぶあったけど一本道になっていたので
ペコペコに乗ってこっちに向かってくる姿がよく見えた。
たぶんフェイヨンダンジョンの調査にでも来てたんだろう。
これからプロンテラに帰るみたいだ。もう午後だっていうのに騎士は大変だ。

「あ、たぶんわたしの知り合いですよ。例のプロンテラ第5騎士団の」

だんだんと近づいてくる騎士たちを見ながらククルさんがそう言った。さすがに目がいい。
そういえば騎士団に知り合いがいるって言ってたっけ。
昨日先に寝ていたクレスは顔に?マークを浮かべている。
ガッシュさんは・・・いつのまにかカートに座って休んでいた。

遠くにいたペコペコ軍団もさすがにそのスピードは速く、
もうボクたちのすぐ目の前まで来ていた。
20mくらいのとこまで来たとき、彼らは止まった。
先頭にいた騎士が他の4人の騎士をすこし離れたところに待機させ、1人でこっちに向かってきた。
もちろんペコペコには乗ったままだ。彼が隊長らしい。そういえば持ってる槍も他の騎士とは明らかに違う。

「よぉククルじゃないか、仕事終わったのか?」

あれ?なんとなくどこかで聞いたことがあるような声。

「フェイヨンまでガッシュさん、後ろにいる商人さんを送ったらね」

「俺はこれから急いでプロンテラに戻らなきゃいけないから、ペコに乗ったままなのは許してくれ」

「別にそんなの気にしないよ」

いくら騎士とはいえ人と話すときはペコペコから降りるのが普通。
いや、礼儀をわきまえる騎士なら当然の行為だ。
さすがに人と話すときに上から見下ろすのは失礼だから。
だけど彼の言葉どおりいまは急いでいるみたいだし、ボクも気にしない。

「ところで、こっちのプリースト様とマジさんは?」

「あぁ、紹介するね。こちらは南の泉で一緒になった…」

ククルさんとその騎士がこっちを向く。そのときはじめて騎士の顔が見えた。
顔の横まで守っている兜のせいで正面を向かれるまで見えなかったけど、ようやく見えた。
まさかこんなところで会うなんて・・・

「リオン、久しぶり」

ボクの顔を見て驚く前にその騎士、リオンの名を呼んだ。
名前を呼ばれたことに驚いていた。

「リルじゃないか。久しぶりだなぁ」

驚いた顔をすぐに笑顔に変えてリオンは両腕を広げた。
相変わらずリアクションが大きい。

「え? え? うそ、知り合いだったの!?」

これまたククルさんもボクたちが知り合いだった事実に驚いている。

「あぁ、前話さなかったっけ? おかしいな・・・」

「話してもらったけど、顔見知りだなんて聞いてないよー」

「まぁいいだろ? それより、すっごい偶然だなぁ」

「うん、まさかこんなところで会うなんてね」

ほんと偶然はすごい。騎士の知り合いも少ないのに、まさかその少ない知り合いにこんな道端で会うなんて。
神様のいたずらなのかもしれない。

「う〜ん、遠くから紅い髪は見えたんだけど、まさかリルだとはなぁ」

今度は腕を組んでうなっている。

「これからプロンテラまで帰るなんて、遅くない?」

「あぁ、俺たちも結構忙しくてな、あんまりゆっくりできないんだ」

「そっか、でもボクもフェイヨンに寄ったらそのあとプロンテラに行くから」

「そうか、じゃあ着いたら俺を訪ねて来てくれよ。しばらくは首都にいるはずだから」

「うん、すこし頼みたいこともあるからね」

「頼み? 今いえないことなのか?」

「ちょっとね、簡単な話じゃないから」

「じゃあ、プロンテラでゆっくり話そう」

「歩きだから何日かかるかわかんないけどね」

「わかった。気長に待ってる。フェイヨンも久しぶりなんだろ? ゆっくりしてったらいいさ」

「そうだね、少しは休んでいくよ」

「ところで、となりにいる女の子・・・もとい、女性はどなたかな?」

急にニヤニヤして聞いてきた。そういえばクレスのことは知らなかったんだっけ?
あのときは、そうか、直接は話してないのか。リオンも女性の顔はすぐに忘れるから・・・

「なんでにやけてるんのさ? こっちはクレス、一緒に旅をしてる。見たことはあるはずだよ」

「お話しするのは初めてですね騎士さま。クレスといいます」

クレスが余所行きモードでリオンに挨拶をした。
リオン相手にかしこまらなくてもいいのに。

「初めまして。プロンテラ第5騎士団の副隊長リオンといいます。リルとは結構長いんですよ」

「そうなんですか〜。ときどき話しに出てきますよ」

なんて笑顔で言っている。いつもより2割増しくらいの笑顔だ。
まぁリオンは顔はいいからなぁ。顔は・・・。

「ところで、リル」

急に真剣な顔をこっちに向けてボクの左腕を掴むと、手をまじまじと見た。
何がしたいんだろう?

「どうしたの?」

「ふむ、まだ二人は結婚してないのか」

そう言ってにやりと笑った・・・

「け、け、け、けけ…」

クレスがおかしくなった・・・いつまでたっても慣れないんだから。

「あ〜! それわたしも気になってたんですよ〜」

ククルさんも興味津々な顔。

「そんな関係じゃないから」

ボクは冷静にそう言って、左手からリオンの手を振りほどいた。
この一年間二人で旅をしてきて何度そのセリフを聞いたことか・・・
確かに、ふたりの男女が一緒に旅をしてたら普通はそう思うのかもしれないけど。

「まったまたぁ、俺に隠さなくたっていいじゃないかぁ」

まったく、にやにやした顔がよく似合うなぁリオンは・・・
そういう自分はどうなんだって、うまくやってるのか?

「ふぅ、クレスとは目的が一緒なんだよ」

一つ溜息をついて、一緒に旅をしている理由を言った。
リオンも知っているから「目的」という言葉でわかったはずだ。

「そうか」

また真剣な顔に戻る。リオンは何事においても切り替えが早い。
ボクは彼のそういうところを高く評価してる。
いや、ほんとうにいい友達だと思ってる。そんなことは死んでも言わないけど。

「手がかりは見つかったのか?」

ボクは首をゆっくり横に振った。

「俺も派遣先でいろいろ聞いて回ったりしてるんだけどな」

「まぁそれに関係して、るかどうかは微妙だけど、話があったんだよ」

きっかけは関係していたけど、レイチェルさん自身と姉さんとは関係ない。

「なるほど。わかった、何でも相談に乗る」

「うん、話はまたプロンテラでしよう」

「あぁ。それじゃあ十分久闊を叙したことだし、そろそろ俺は行くよ」

「またね」

「じゃあなリル、クレスさんもまた会いましょう、ついでにククルも」

「ついでってなに!!?」

「じゃあまた今度」

ククルさんの言葉を無視してプロンテラへの道へペコペコを走らせた。
リオンが走り出したのを見て他の騎士たちもそのあとへ続く。
結構いい隊長してるのかもしれないな、リオンは。地位的には「副」がつくわけだけど。








「行っちゃったね」

リオンたちの姿が見えなくなってから、クレスがそう言った。

「またすぐ会えるしね。それよりボクたちもフェイヨンに」

「そうですね、ガッシュさん、行きましょうか」

「ちょっとだけ休んで楽になりました」

ガッシュさんはボクたちが話してる間少しは休めたみたいだ。
すこしの時間だけど、だいぶ汗もひいたみたいだし。
ガッシュさんがカートを引き始めたのを見て、ククルさんはまた先頭を歩き出した。
ボクたちもガッシュさんを真ん中にして、その後に続いた。









太陽もだいぶ低くなった。
リオンと別れて1時間弱、ようやく森を抜けるとフェイヨンの南門へ続く橋が見えた。
その向こうには少し高台にあるお城も見える。
もちろんお城といってもプロンテラ城とは全く違う。
東方の文化に染まったフェイヨンのお城は知らない人が見たらただの広い家に見えるだろう。
家にしては広すぎるけど。

「久しぶりだね、リル」

「うん、本当に」

クレスの言葉にうなずく。本当に久しぶりだ。

「さぁ行きましょう」

立ち止まってフェイヨンの村を遠く眺めているボクたちに、ククルさんがそう言って歩きだした。
その後にガッシュさんがついて行くのを見てボクも歩きだした。




木で出来た古い橋を渡り、門をくぐる。
人口は少ないけれど、他の町に比べても狭くはない。
人通りはかなり少ないけれど、それもこの時間なら仕方のない話だ。

「やっと着きましたね。お仕事も完了です」

ククルさんが背負っていた荷物を降ろしながら言う。

「ありがとうございました、みなさん」

そう言って笑うと、ガッシュさんはカートから出した袋をククルさんに渡した。

「残りの報酬です、それと・・・」

預けていた荷物をカートから取り出し、地面に置いた。
わざわざ手渡しする必要なんてないことは分かってくれている。
それからこっちに向き直ってボクたちにも小さな袋を握らせた。

「リルさんも、クレスさんも、ありがとうございました」

「そんな、こんなに高価なものいただくわけには・・・」

握った感触でわかった。コショウだ

「いえ、どうぞ貰ってください、わたしはこれから商売で稼ぎますから」

「ありがとうございます〜」

ガッシュさんの言葉にクレスがお礼をいった。
まぁ、正直めったに手に入らないものだし、貰っておこうかな。

「すみません、こんな高価なものを」

「いえいえ、実は・・・カートの中身のほとんどがコショウなんですよ」

そう言って片目をつぶると、

「それでは、もし機会があったらまたお願いしますね」

そう言って宿に向かって歩いていった。



「太っ腹ですね、さすがアルベルタの商人さんは違いますね」

感心した顔でククルさんが言う。アルベルタには商人協会の本部がある。
商人さんの中でも裕福な人が住んでいるようだ。

「ククルさんはこれからどうするんですか?」

「わたしは弓手村に戻ります、リルさんとクレスさんは?」

「ちょっと家を見に行って、それから宿に行こうと思ってます」

「え? なんで? リルの家でいいんじゃないの?」

ボクの言葉に意外だったのかクレスが聞いてくる。

「だって1年もほったらかしにしてたんだから・・・」

「そっか、すっごいことになってるかもしれないね」

クレスもわかったのか、うんうん、と頷いた。

「それじゃあ、わたしはもう帰りますけど、よければ明日お邪魔してもいいですか?」

たぶんボクの家に、という意味だろう。

「もちろんですよ、ちゃんと片付けておきますから」

「それじゃあ、また明日ということで。あ、家の場所は?」

家のだいたいの場所を告げると、ククルさんは荷物を肩に担ぎ、

「じゃあ、また」

と言って弓手村の方へ歩いていった。


「じゃあ、リルの家にいこ?」

「宿の予約は・・・いらないか、よし、じゃあ行こう」

ククルさんが見えなくなったのでボクたちはとりあえず家の状態を見に行くことにした。
宿はきっと予約なんていらないだろう。いざとなったら教会に頼ればいいだけだ。













「えっと、たしかここを右に曲がって…」

クレスがボクより前を家までの道を思い出しながら歩いている。
一回しか来た事ないのによく覚えているもので、ここまではまだ間違っていない。

フェイヨンの民家は小さいのが密集していてなかなか覚えにくい。
ボクの家ももちろん密集した住宅地の中にあって、多少は他の家より大きいけど、それでもプロンテラの平均以下。
それでも不自由はないからいい。

「で、ここをまっすぐ行って・・・左側、だよね?」

「そうだよ」

「了解〜」

早く家がみたいのか、クレスは駆け足でボクの家の方へ走っていった。
もしかしたら、もう他に誰か住んでいるかも知れない。
一年も放置しっぱなしにしておいたのだから。

夕食時なのか、通りには誰もいない。
その代わりにどの家にも明かりが灯っている。
焼き魚のにおいのする民家の前には一匹の猫がいた。
ボクが近づくと驚いたのかすばやくクレスのいる方へ逃げた。

その猫を目で追って行き着いたさきにクレスが立ち止まっている。
そう、そこがボクの住んでいた家だった。


「リル・・・」

こっちを見てボクの名前を呼ぶ。
クレスの正面の家には明かりが灯っていた。

「やっぱりもう他の人が住んでるみたいだね」

もともと借家だったのでその可能性は高いと思っていた。
まぁしかたがない。たぶん宿も空いてるだろうし、今日は宿に泊まろう。
そう思いながらクレスの隣まで来たとき、その家の玄関には、「ローゼリア」という名前があった。
ボクと姉さんのファミリーネームだった。
おかしいな、さすがに表札が変わってないのは・・・

「う〜ん、堂々とした泥棒さんかな?」

「まさか。盗むようなものなんてないし、それにいくらなんでも明かりなんてつけないよ」

「そだよねぇ。ま、聞いてみればいいよね。ごめんくださ〜い」

2つノックをすると中から返事が聞えた。
家の中を歩く音が聞え、その音が玄関の扉のところまできた。

「あ、クレスそこ危ない」

「え?」

クレスがボクに向き直ったと同時に玄関のドアが開いた。
その木製のドアがクレスに思い切りぶつかっていい音をだす。

「平気? たしか一年前も同じことしたような・・・」

「いたたたた・・・もう、早く言ってよ!」

「ごめんごめん」

別にボクは悪くないと思うんだけど、怒ると怖いので謝っておいた。

「リル!!」

「え?」

ボクの名前を呼ぶ声は、クレスからではなく、その開きかけた扉から聞えた。
一瞬姉さんが帰って来てたのかと思ったけど、そんなはずはない。
もし帰っているならリオンかククルさんが言ってくれたはずだし、
第一、声が姉さんよりずっと幼かった。

ドアの隙間から覗かせた顔は、ボクの知らない顔だった。
いや、でもどこかで見たことがあるような、ないような。
でもこんな小さな少女は・・・知り合いにいない、と思う。
いや、待てよ・・・知ってるな、この雰囲気・・・
ボクが思い出そうとしている間にその少女は突然うっすらと涙を浮かべていた。
また開きかけたドアを勢いよく全部開くと、

「おかえりなさい!」

そう言ってボクに抱きついてきた。ちょうどボクの胸のあたりに顔がうずまる。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ・・・・・・」

横でクレスが展開についてこれてないのか、またおかしくなった。たぶん「ちょっと」の「ちょ」だろう。
っと冷静な振りをしてるボクもなにがなんだかわからない。
この子はボクを知ってるみたいだけど・・・
ふと、抱きついて離さない少女の後ろにふわふわしたものが動いているのが見えた。
これは、しっぽ? アクセサリー、ではないみたいだ。だったら、まさか、本物?
そのとき気づいた。その少女から漂ってくる独特の「匂い」
この匂い、これは・・・

「きみ、まさか・・・」

「ヤファ?」

ボクはただひとつ、浮かんだ名前を言った。
するとその少女はボクを見上げて、

「うんっ」

涙を浮かべながら、満面の笑顔で一度だけ大きく頷いた。







第5話へ