第3話 『故郷への道は懐かしく切ない』














夜が明けて、ボクたちは泉を後にした。
昨夜の攻防のあとで話し合った結果、フェイヨンまでに一緒に行くことになった。
といっても弓手のレックス君と(昨夜聞いた)アコライトのふたり(名前はプリム、エリム、双子らしい)
はアルベルタに向かっているそうなので泉で別れた。

最初はククルさんの依頼人の商人さんがボクたちにもお礼をしたいと言ってきたんだけど、それは丁重にお断りをして、
じゃあせめて、ということでフェイヨンまでご一緒することになった。
荷物をカートに入れてもらうためだ。そちらのほうがお礼をもらうよりいい。





「フェイヨンまであとどのくらいでしょうか?」

後ろを歩いていたガッシュさんが尋ねてきた(商人さんの名前がガッシュ。歳は25歳って言っていた)。
たぶんククルさんに聞いているんだろう。
レイチェルさんを助けるためにプロンテラに向かっている、という話は昨日の夜したけど、
ボクがフェイヨン出身だっていうことはまだ言ってない。

「そうですね、まだ狼の森もでていないですし。でも、明日の夕方までには着きますよ」

「明日ですか? 結構近いんですね」

商人さんが驚いたように言った。

「アルベルタ−フェイヨン間はあまり敵が強くないですし、警戒しながら歩かなくてもいいんです」

先頭を歩くククルさんが少しだけ歩調を緩め、振り返って言った。

「泉を経由していくルートだとポリンとかルナティックとかウルフとか、普段はおとなしいモンスターしかいないですからね」

ククルさんの言葉に付け足して出てきそうなモンスターの名前を挙げてみた。
ガッシュさんでも狩れる敵の名前を聞けば安心する、そう思ったから。

「リルさんは結構このルート使うんですか?」

ククルさんが今度は後ろ向きに歩きながら聞いてくる。
いくら他のルートより整っているとはいえ森の中の道。
地面のしたの木の根の影響で凹凸ができているから気をつけないと転びそうなのに、
やっぱりハンターともなると器用なんだなぁ・・・。

「実はフェイヨン出身なんですよ」

「ええっ!そうなんですか!?」

よほど意外だったのかかなり驚いている。
そんなにびっくりすることかなぁ。

「だって、一度も会ったことないですよ!?」

「フェイヨンがいくら小さいからってみんな知ってるわけじゃ・・・。実はほとんど知ってますけど、弓手村は別ですし」

「それにリルはプロンテラにいたしね」

クレスがそう付け加えた。

「あぁなるほど、そういえば私もフェイヨンに来たの3年前ですしね」

そう言ったとき、すこしククルさんの顔が曇った。
それも一瞬ですぐに笑顔になって、

「じゃあ、帰郷ですね、どのくらいぶりですか?」

と、聞いてきた。
ボクは一瞬の表情の変化が気のせいだと思って気にしない事にした。
それに何かあったとしても、昨日出会ったばかりの人間に聞かれたくないこともあるだろう。

「えっとね、ちょうど・・・一年前だよね、フェイヨン出たの」

「もしかしてクレスさんもフェイヨン出身?」

「ううん、わたしはプロンテラ生まれだよ」

「ということは?」

「リルとはプロンテラで出会って、マジシャンになってから、フェイヨンにリルを迎えにいったの」

「な、なるほど」

クレスの話でわかったはずもなく、ククルさんは苦笑い。

「クレス、はしょりすぎ…」

「え〜、だって間違ってないでしょ?」

「間違ってはないけどね。話すと長いんだけど・・・」

クレスの説明があまりにもわからな過ぎだったので、ボクがククルさんに説明することにした。
父の墓参りのときにプロンテラで姉さんに紹介されてクレスと出会ったこと。
そのときはクレスは花売りをしていたこと、一年前の戦いのときから姉さんが行方不明であること。
マジシャンになったクレスがフェイヨンにボクを迎えに来たこと。
そしてアルナベルツ教国(ゲフェンに攻めてきた国だ)との不可侵条約締結後、
ふたりで姉さんを探して旅をしていること。

ボクは説明しながら思い出していた、この一年に起こった沢山の事件、戦い、出会い、そして別離。





「お姉さんを探してるんですか…」

ククルさんが神妙な面持ちでそう呟いた。

「それで、お姉さんの名前は?」

「リアっていいます、フェイヨンの教会で働いていたプリーストです」

「あ〜、あの。名前だけは聞いたことがあります」

あの頃フェイヨンの教会には3人しかプリ−ストがいなかったから、
当然といえば当然なのかもしれない。

「あのころはプリーストも少なかったですからね」

「それに有名でしたよ、戦争が起きる前のフェイヨンの3人のプリースト様は」

ボクがプリーストになる以前、確かにフェイヨンに派遣されていたプリーストはプロンテラ教会の剣と盾、
そう称された二人と、もうひとりは最強の食事係と呼ばれた人。
食事係って聞くと強そうに聞えないけど、噂ではプロンテラ騎士団の騎士5人がかりでも、
軽くあしらわれてしまうくらいの強さで、裏では王家とつながりがあるとかないとか。
本人と話していると、とてもそんなふうには見えないけど、一部ではかなり畏れられているらしかった。

そんな3人がなんの因果かフェイヨンの小さな教会に集まっていたのだから、
神様は面白いことをするものだなぁっと当時は思っていた。

「じゃあ、1年ぶりの帰郷なんですね」

「えぇ、フェイヨンは、変わってないんでしょうね」

「驚くほど変わってないですよ」

ククルさんが楽しそうに笑う。そっか・・・変わってないか。
村を出てから1年、この国は変わってしまった。
特にプロンテラから北西部にかけてはまだ戦争の傷跡が残っている
ゲフェンにいたってはもう別の国だ。
それでも、フェイヨンは変わっていないらしい。
故郷が変わらずにいてくれること、それがどんなに嬉しいか。
それが今ならわかる気がする。

「ねぇねぇ、リル?」

「ん?」

ボクが説明している間、横で相づちだけうっていたクレスが、服の袖をひっぱりながら笑みを浮かべている。
これはたぶん・・・・・・何かお願いされるな。
1年も一緒に旅をしているとさすがにそれくらいのことはわかるようになった。

「あのさ、フェイヨンに前行ったときは、その…いろいろあって何もしなかったからさ、」

「今度は観光もしてみたいなって」

いろいろ、か。
姉さんが行方不明になって、ボクはずっとふさぎこんでいて、
クレスがたずねてくるまで家に閉じこもったままだった。
そんな姿を訪ねてきたクレスに叱られて、それですぐ後プロンテラに戻ったから・・・
クレスはフェイヨンのボクの家以外どこもいってない。

「まぁ、少しならいいかな。といってもそんなに沢山見るものがあるわけじゃないから・・・」

「大仏は見たのかな?」

と、いままでずっと黙っていたガッシュさんがクレスに聞いた。

「ダイブツ・・・ってなんですか?」

「大仏っていうのはね、東方の宗教的なオブジェというか、もはや建築みたいなものでね。
初めて見る人はみんなその大きさに圧倒されて自分もオブジェと化すってね、有名なんだよ」

ガッシュさんの言葉を聞いて目を輝かせたクレスがさっきより強くボクの袖をひっぱって、

「リルー、大仏見てみたいよ〜、いいでしょ? ね?」

「もちろん、フェイヨンで少し支度整えたり、いろいろやることあったし」

「やった♪」

「でも、レイチェルさんを助け出すのが今の目的だからね」

「わかってるよ〜」


そういって喜んで駆け出すクレス、まだフェイヨンまで一日以上かかるのに。
それにしても、大仏か。たしかに見慣れてないと圧倒される、かもしれないなぁ。
ガッシュさんの言ったようにあれは建築といってもいいのかも。
子供の頃は怖かったなぁ、あの大きさが。















泉を出てからだいたい8時間くらい、朝日が昇ってから朝食をとって、
それから出発したから、今はだいたい午後4時か5時くらいだろう。
ククルさんの話ではフェイヨンまでの道に2箇所ハンター協会で作った休憩所があるらしい。
道からすこしそれた場所にあるらしいのでハンター以外で使う人はあまりいない。
だから今日はそこに泊まろう、そんな話になっていた。

ちょうど太陽が真上にある頃に1つめを通り過ぎたので、そろそろ着くころだと思う。
ククルさんの記憶が正しければ、だけど。

「あ、着きましたね、そこの木から東に1分です。ほら、ここからでも見えますよ」

そう言って一本の木を指差す。ボクには他の木と区別がつかないけど・・・
1箇所目も言われなければ気が付かなかった。
道からぎりぎり見える場所にあったけど、ふつうに歩いていたら気が付かない。
あれは確かにハンター以外使わない、そう思った。
見つけることすらできないだろうから。


「どうやって他の木との違いがわかるの?」

誰でも疑問に持つことをクレスが聞いてくれた。ボクも聞きたかった。

「う〜ん、ごめんなさい、それは協会で秘密にしていることなので」

「そっかぁ、それじゃあしかたないね」

まぁハンターの能力にも関係することなのかもしれないし、
たぶん聞いてもわからないだろうから、あきらめたほうがいいかな。
もし各地にハンターの休憩所があるならこっそり使わせてもらおうかと思ったんだけど。





ボクたちはククルさんの後について森の中に入っていった。
小さな小屋と井戸、両方ともちゃんと生きていた。頻繁に使われているのだろう。
家ですら、使っていなければ死んでしまう。もちろん比喩だけど。
小屋といっても4人ならなんとか休めそうだ。

「えっと、ここを使うのは本当はハンターだけなんですけど、ハンターと仕事の依頼人と仲間は使っていいんです。
ただ、使う代わりに、これはできれば、なんですけど、矢の材料になるもので余っているものがあったらそれを
納屋に置いていく、そういう決まりなんです。あと、できれば非常食も。水で戻せるものですね」

「なるほど〜」

クレスが感心している。たしかに、なるほど、だ。
もし旅の途中で矢がきれても、ここにくれば材料がある。
今回のルートではそんなに必要はないかもしれないけど、他のルートならかなり心強い休憩所になりそうだ。

「それじゃあ、私のカートの中にレッドブラッドと熊の肉のクンセイがありますから、それを・・・」

そういってガッシュさんがカートから肉と赤い属性石をとりだした。

「ありがとうございます」

ククルさんはいくつかの肉とレッドブラッドを受け取ると納屋にそれをしまった。

「野宿しないですむのは助かります。旅は慣れていないもので」

「わたしも野宿より屋根があるところのほうがいいよ」

ガッシュさんの言葉にクレスも同意した。もちろんボクも野宿よりは小屋で休んだほうがいい。

「そうですね。それじゃあ少し早いですけど、夕食の用意しますね。みなさんは中で待っていてください」

「あ、わたしも手伝うよ」

「じゃあ材料狩ってくるので火だけ熾しておいてください。では」

そう言い残し、ククルさんは森の奥へ入っていった。
そのときにやっと気づいた。なんとなく感じていた違和感。
あぁ、なるほど。だからすこし変な感じだったのか。
ククルさんが帰ってきたら聞いてみよう。












小屋の水瓶に一日分の水を貯め、外で火を熾して待っていると、30分ほどでククルさんが帰ってきた。
大きな袋にたぶん今狩ってきた動物の肉を沢山入れて。

「ただいま〜」

「おかえり〜、どうだった?」

火に薪をくべていたクレスが立ち上がって聞いた。

「上々、今日は焼肉ね」

「ここらへんって熊が出るんでしょ?おいしいの?」

ククルさんが狩りに出ている間にボクがここら辺で狩れる動物や採れる木の実などあらかた説明しておいた。
狼の森はもう抜けて、すでにフェイヨン南の森に入っているのでウルフはあまりいないはず。

「そうですね、わたしはいつも食べているのでなんとも言えないですけど、おいしいと思いますよ」

フェイヨンの住民は自給自足している人が多い。
とくに弓手やハンターともなると狩りで村に帰らないことも多いので、森で採れる木の実や、熊とウルフの肉が主食になる。

「今から調理するから、クレスは小屋で休んでていいよ」

「あ、実はもう皮も剥いできたので、切って焼けばすぐ食べられますよ」

「じゃあ、ガッシュさん呼んで来て、そろそろご飯にしましょうって」

「うん、わかった〜」

クレスは小屋で休んでいるガッシュさんを呼びにいった。
商人さんはカートを引いているのでボクたちより疲れているはず。
そう思って休んでいてもらったのだ。

「もう塩も振ってあるんですか?」

皮を剥いで塩をまぶしてすぐ焼けるところまではやってきたのだろう。
今から調理、といったのに、串を用意していた。
それにしてもちゃんと塩も持っていってたんだなぁ
最近じゃ塩も結構高いのに。

「えぇ、実はコショウと香草も使って」

そう笑顔でククルさんが答える。

「コショウですか。もしかして、ククルさんってお金持ちなんですか?」

そう、塩はアルベルタ町の北の海岸で作っていてすこし多くのお金を出せば一般市民にも買えるけど、
コショウはこの地域ではなかなか手に入らない。
プロンテラのブルジョワジィたちは家に常駐してあるらしいけど、
まぁそれでもフェイヨン料理にコショウは使わない。
使うのは教会の人間かたまにフェイヨンダンジョンに調査にくる騎士たちくらい。

「いえ、今回の報酬の一部、というかほとんどがコショウだったんです。ですから、たまたまですね」

そういいながら担いでいた袋を地面に下ろして、中から熊の肉を取り出した。

「使ってしまってよかったんですか?」

帰ってから売ればいいお金になるのに。

「ハンターっていうのはその日暮らしなんで、あるものは使っちゃうんです」

「なるほど。じゃあせっかくだからご馳走になります」

「えぇ、ご馳走しますね」

そういえば、弓手の知り合いは結構いたけど、ハンターの知り合いは今までほとんどいなかったかもしれない。
もちろん戦争のときは沢山みたけど、そんなに話もできなかった。まったく、といってもいいかも知れない。

「さっそく焼きましょうか」

「じゃあ、これ、お願いします」

そういって人数分の肉をボクに渡し、

「ちょっと荷物置いてきますね」

といって小屋に入っていった。
たぶん、熊以外にもいろいろ狩って収集品を集めてきたんだろう。
ボクは長い串に肉を刺して焼きはじめた。
今日は久しぶりにおいしい肉が食べられそうでよかった。
旅にでてからはもう食べ物の好き嫌いはできなかったし。















久しぶりに食べた熊の肉はなかなか美味しかった。
コショウに出会えて、もといククルさんに出会えてほんとよかった。

まだ宵の内だったけど、特にやることもなく、
たまに姿を見せるモンスターもポリンだけだったので、みんな休むことにした。
ただ、ククルさんは焚き火を絶やさないように外にいた。
もちろん仕事なのでそんなに悪いとは思わなかった。
時と場合によるけど、寝ることも大事な仕事になることもある。
今はそんな事態ではないけれど。

ボクは夕食後少し仮眠をしてから、外にでた。
木の背が高いので空の星もほとんど見えず、今の時間もわからない。
たぶん1時間か2時間くらいは寝たと思うけど。

8月も終わりに差し掛かっている今日、まだまだ昼間は暑いけど、森の中は結構涼しい。
それでも焚き火をしているのでククルさんは暑そうにしていた。
もちろんずっと近くにいるわけじゃない。薪を足しては離れて本当に少しだけ眠る。その繰り返し。
今ちょうど薪を火の中に放り込んだ。火の粉が舞い上がって夜に溶けていく。
冬の雪が空から落ちるのと反対に、火は空へ落ちて行った。

「ククルさん」

こちらに背を向けていたククルさんに小さい声で話かける。
ボクが小屋から出てきたのに気づいていたのか、ゆっくりと振り返った。

「眠れないんですか?」

火に背を向けてこっちを見ている彼女は昼間よりすこし大人びてみえた。

「いえ、すこし聞きたいことがあって」

「わたしに?」

「えぇ、今ちょっといいですか?」

「もちろん、暇ですから」

彼女の肯定を聞き、ボクは焚き火を挟んで反対側にあった岩に座った。

「それほどたいした話ではないんですけど・・・」

ボクは話始める。もちろん言葉に嘘はない。たいした話ではない。

「ククルさんは、ファルコンを連れてないんですね」

「あぁ、そのことですか・・・」

たぶん何回も聞かれたことなのかもしれない。
それは、そうだろう。ファルコンを連れていないハンターは見たことがない。

「えっと、笑わないでくださいね?」

「わたし、鳥が・・・その、苦手なんです」

「あ、そうなんですか」

「そのかわり罠の使い方を勉強していて、鷹がいなくてもなんとかやっていけてます。わたしも、一つ聞いていいですか?」

「あ、はい、どうぞ」

「……フェイヨンの…」

ククルさんはすこし言いにくそうにしている。その態度で言おうとしていることがなんとなくわかった。

「フェイヨンの紅い悪魔」

「!」

ククルさんが言いにくそうにしていたので先に言ってあげた。
たしかに、言いにくいことだと思ったから。

「ボクはそう呼ばれています」

「すみません。その・・・」

「気にしなくていいですよ」

「でも・・・」

「そう呼ばれているのは本当のことです」


ちょうど一年前、ルーンミッドガッツ王国とアルナベルツ教国との戦争があった。
王国史上もっとも短く、そして大きな戦い。
そのもっとも激しい戦いの舞台となったのがゲフェン近郊。
ボクがクレスと共にフェイヨンを旅立った8月から戦いが仮初の終焉を迎える9月まで1ヶ月と少し、
ボクはその戦いの功績でプリーストになったようなものだ。
戦争の功績、それは一つしかない。
聖職者として戦士たちを癒しただけではない。
姉さんの研究を使って敵を、倒した。つまりはそういうことだ。
もちろんいつもクレスと一緒だったから2人で、だったけれど、
例えるなら子供の殺人鬼は恐ろしい、そのようなものだったんだろう。
実際に戦った戦闘は少なかったし、殺した敵もそれほど多くはなかった。
もちろん、数の問題ではないけれど。

どこで耳にしたのか、あるとき自分が一部でそう呼ばれていることを知った。
そして噂はフェイヨンまで知れ渡っている。ククルさんが知っていたのだから。



「違うんです・・・」

「違うって?」

「フェイヨンではふたつ、リルさんには呼び名があります」

「二つ?」

「はい、『フェイヨンの赤い悪魔』という呼び名は、フェイヨンの人たちはほとんど知らないでしょう。
わたしは、知り合いがプロンテラ第5騎士団にいて、それで知ったんです」

プロンテラ第5騎士団。プロンテラの守備ではなく、各地へ派遣されて仕事をする隊だ。
各地のダンジョンのモンスター討伐を主な仕事としている。
ボクも知り合いが1人、第5騎士団にいるから知っている。

「そうですか。それじゃあもう一つって?」

「フェイヨンの紅い・・・祝福」

「祝福、ですか・・・」

悪魔と祝福。自分ではどちらが自分に合っているのかわからなくなっていた。
そもそも、赤に近い色は教会では避けるべきものだ。
より青に近い称号こそが、聖なる職業、プリーストには相応しい。
今も大聖堂にいる彼女のように。

「えぇ、だから、きっとフェイヨンでは歓迎されると思いますよ」

「・・・・・・・・・どうして」

「どうして、わかったか、ですか?」

「えぇ・・・」

どうしてわかったのか。ボクが、フェイヨンに帰ることを、本当は避けていたことを。

「フェイヨンには戦争以来帰ってないと聞きました。それで、なんでかなって思ったんです。私はもともと余所者ですけど、
それでも3年暮らしてきて、フェイヨンのなんていうか、特色っていうんですか?それは分かるようになりました。表面は
そうでもないかもしれないですけど、深いところでは村人全員が、家族みたいな。同郷の民を重んじる。それがフェイヨン。
違いますか? そして、フェイヨンの名を汚すことを最も嫌う。たぶん、歓迎されないと思ったのでしょう?」

「そう、です」

「なんとなく、そういうのわかっちゃうんですよね、わたし」

「…………」

もしかしたら、クレスもわかっているんだろうか。

「わたし、実は故郷がないんですよ」

「え?」

突然のセリフを理解できなかった。故郷が…ない?

「記憶がないんです。3年前フェイヨンに来たそれ以前の記憶が」

「・・・・・・・・・」

「故郷がちゃんとあるっていうのは、とても羨ましいんです。だから、胸を張って帰ってください。
私もフェイヨン人の1人として、村の仲間の帰郷、いえ、帰宅を歓迎します」

「・・・・・・ありがとう」

ボクはククルさんの言葉に、本当は泣きそうになりながら、笑顔で感謝の言葉を言った。






「ところで、記憶がないっていうのは?」

「う〜ん、そうですね・・・…ちょうど3年前に目が醒めたらフェイヨンの弓手村近くの森でした、だったんです」

ククルさんはあごに指を当てて、少し考えてから話し出した。

「それで、よくわからないままお腹がすいていたので、食べ物を探していたら弓手村に着きまして。
そのときわたしぼろぼろの姿だったので、みなさん驚いていて」

「どうしたんだ?って聞かれて、でも思い出そうとしても、何も思い出せなかったんです」

「何かそのとき持っていたりしなかったんですか? その、身元のわかるようなものを」

「残念ながら何もなかったんですね。それで、そのまま弓手村で暮らしながらいろいろ思い出すまで待つことにしたんです」

「何か思い出せました?」

「そうですね、自分の名前と、それと断片的ですけど、親のこととか。でもはっきりしたことは・・・」

「そうですか・・・」

複雑だった。3年前なら違う。でも、もしかしたらと思ってしまう。
とても言えない。関係ないのは分かっているけれど、それに誰にも言ってはいけないと言われているから。
彼女の言葉には従ったほうがいい。

「でも、今の暮らし結構気に入っているんですよ? だから少しずつ思い出せばいいと思ってるんです」

そういって微笑んだ。たぶん半分は本当だろう。
でも半分は、やっぱり記憶を早く取り戻したいんだと思う。

「もし何か力になれることがあったら・・・」

「えぇわたしも、レイチェルさんのことで何かできることがあったら何でもやりますから」

「お願いします」

「そういえば、昨日はちゃんと聞かなかったんですけど、レイチェルさんってどんなひとなんですか?」

昨日も思ったけど、やっぱりレイチェルさんのことは知らないみたいだ。
10代の人間はあまり知らないのかもしれない。
昨日いたメンバーで知ってそうだったのはガッシュさんだけだ。
本人から聞いたわけではないけど、レイチェルさんの名前をだしたとき。
すこしだけ違う顔になったから。
彼女の名前は局所的に有名なのかもしれない。
アルベルタとプロンテラ。フェイヨンの一部。

「そうですね、どことなく、姉に似ているんです」

「お姉さんに・・・」

「雰囲気が、少しだけですけど」

「助けられるといいですね」

本当にそうなったらいいと思っているように笑ってくれた。
きっと本心からの言葉なんだろう。

「えぇ必ずなんとかしてみせます」

ボクは彼女の気持ちに答えるために自信たっぷりにそう答えた。



「それじゃあ、そろそろリルさんは休んでください」

「あ、やっぱりボクも交代で見張りしますよ」

「いえ〜、そういうわけにもいきませんので」

「そうですか。じゃあ、ふたりでしましょう」

そう提案した。ずっと1人で見張りまでやってもらうわけにはいかない。

「・・・・・・そうですね、それじゃあせっかくだからお願いします」

ボクの気持ちを察してくれたのか、快く了承してくれた。

「眠くなったら寝てくださいね。ボクは少し寝たので」

「はい、仮眠くらいは取らせてもらいますね」



その後、明け方までボクたちは火を絶やさないようにしていた。
ククルさんが寝ている間、ボクが火の番。
ボクが寝ている間は、ククルさんが。
そして、二人とも起きているときはすこしだけ言葉を交わした。


東の空が明るくなってきた頃、そろそろ平気だろうから中に入って仮眠しようという提案に賛成して、
クレスとガッシュさんの眠る小屋に戻った。
フェイヨンには今日中に着く。
なかなか帰る勇気を持てなかったけど、故郷にボクは今日帰る。
まだ家はちゃんと残っているだろうか。





かつて姉と一緒に暮らしていた、懐かしいボクたちの家だ。








第4話へ