第2話 『満月の夜、森に響く叫びが』






レイチェルさんの幽閉されている場所から王都プロンテラまではペコペコで6日、徒歩では14日以上かかる。
ポタでは一瞬だけど、この1年でブルージェムストーンの値段が高騰してしまい、
貧乏な聖職者程度では簡単には買えないものになってしまった。
一番の理由、それは数ヶ月前、魔法都市ゲフェンが・・・陥落したからだ。
最初は活発になったモンスターの侵略。
だけどそれも国中から集められた冒険者たちと騎士たちの活躍によって一度は奪還された。そう、一度は・・・。
長い戦いの末、ゲフェンを奪還したまではよかった。
でもまさか、他国が攻めてくるなんて・・・あのときは誰も思っていなかった。
魔法都市ゲフェンはモンスターではなく、同じ人間によって奪われたのだ。
そして休戦協定が結ばれて数ヶ月、高い関税がかけられたゲフェン産のアイテムはなかなか手に入らなくなった。
今では1年前の10倍以上。いや、もっと高くなっているかもしれない。

だけど徒歩での旅もそう悪くはない、そう思ってる、修行の一環だと思えばそれほど辛くはない。
ただクレスにはきついかも知れない。
どんに辛くても彼女は泣き言をこぼしたりはしないので、正直すまないとは思う。
けど彼女も旅自体を楽しんでくれているようだから、今はこれでいい、そう思うことにした。



 

冒険者は誰でもペコペコに乗れるわけではない。
砂漠地帯にいるペコペコの調教は容易にできるものではなく、
調教に成功した数少ないペコペコたちは、当然のごとく王国騎士団の騎士に与えられる。
事実上ペコペコに乗れるのは個人で運良く調教に成功した僅かな人々と、騎士だけだ。
そしてもちろん誰もそのことに不平を言ったりはしない。
騎士とはこの国を命がけで守る者たちだから。



 

「青ジェムかペコペコがあればよかったんだけどね」

森の中を歩きながらクレスにそう話し掛けた。
アルベルタからすこし離れた牢獄から、もう半日ほど西に歩いていた。
クレスも今は普通に歩いている。体力作り、なんだろう。

「贅沢は敵。そんな高価なものを手に入れるくらいなら、日々の食事や着るもの買いたいな」 

「まぁね、贅沢は戒律にも違反することだから・・・」

もちろんワープポータルはちゃんとした聖職者の能力。違反なわけもないけど。
というか、本当は戒律なんてそれほど気にはしていない。

「本当はアルベルタから船に乗れれば早いんだけど…」

「それこそ贅沢だよ、それに・・・」

そこでボクは言葉を切った、思わず言ってしまいそうになった、クレスの唯一にして最大の弱点を。
言ったからどうというわけではないけど。

「ごめんね。船だけは、わたし・・・」

そう、クレスは船に乗れない。詳しくは聞いてないけど、とにかくボクたちの旅の手段に「船」
という手段は存在しないことになっている。

「気にすることないよ。ボクも海より陸のほうが好きだし」 

「うん、ありがと」

「まぁゆっくり行こう、急ぎの旅は危険が増すからね」

「景色を楽しみながらいこ。急ぎの旅は味気ないし、フェイヨンまでは森が続いているから」

「砂漠よりはずっと楽だしね」

「うん、それにわたし森の匂いって好き」 




フェイヨン、か。ボクは昔フェイヨンに住んでいた。昔といっても1年と少し前くらいまで。
両親はいなかったけど、姉さんと一緒に。
毎日が穏やかだった。毎日教会に行って、修業をして、フェイヨンダンジョンに潜る仕事もあった。
今とは大違いだ。今はもう・・・


「リル?」

「・・・・・・え?」

「どしたの?ぼーっとして」

「いや、なんでもないよ、それより…フェイヨンまで3日くらい、かな」

「それはリルのほうがよくわかってるでしょ?」

フェイヨンからアルベルタに通じるルートはいくつかあるけれど、
その全てをボクたちは熟知していた。ボクたちというのはフェイヨン人という意味。

「まぁね、とにかく夜までには泉に着こう」

「泉? そんなのあるんだ?」

「うん、フェイヨンとアルベルタを結ぶこの道は商人さんたちがよく通るから、昔アルベルタの商人協会が
フェイヨンとアルベルタのちょうど中間に泉を作ったんだって」

「そなんだ・・・泉を作っちゃうなんて、さすがに商人協会はすごいね」

「フェイヨンの西にあるチュンリム湖から南に流れてる川があって、もちろん川は海まで続いてるんだけど、
その川からひいた水と地下水と両方でできた泉だから、枯れる心配も全然ないんだって」

「へぇ〜、すごいね」

「泉ができたおかげで旅もずいぶん楽になったらしいよ」

「らしい?」

「ボクが初めてこの道を通ったときはもう泉はできていたからね」

「あぁなるほど」

初めてこのルートでフェイヨンからアルベルタまでいったのは、2年前。
教会の仕事でフェイヨンに派遣されて、最初の仕事だったからよく覚えてる。
もっとも、プリーストとしての派遣は、だけど。

そのときは通常の奉仕活動や死者たちの浄化ではなく、商人さんの護衛につけられた。
最初で最後の経験。ふつうは剣士や弓手を護衛につけるのに、
アコライトを護衛につけたのは、そして、つけることができたのは、
その商人さんがかなりのお金持ちだったこと、そして輸送する物資がとても高価だったからだ。
もちろんモンスターに襲われてもこのルートならフェイヨンの弓手や流浪の剣士だけで十分だけど。
よほど大切なものだったみたいだから、念のためだったのだろう。
ポータルでの物資輸送は禁止されているから、最大でもペコペコくらいしか送れない。
理由はいろいろあるんだろうけど、確かに許可されるとブルージェムストーンの高騰は免れないだろう。

実はそのときの商人さんには今も懇意にしてもらっている。
今ではアルベルタ商人協会の会長さんだ。









西には斜陽が眩しく、東の空には夜の帳が降り始めていた。
夜になると多少危険度が増す、整った道といっても夜だけは別の世界になる。
とりあえず泉までモンスターに出会わないことを願うだけだ。
暑いからあまり動きたくない。


泉はキャンプを張る場所として多くの冒険者たちに利用されている。
その名の通り水もあるし、火をおこすための道具も揃ってる。
もっとも、小さな火をおこすこともできないような冒険者はいない。
とにかく、日が落ちる前に泉に着ければ一安心。
どんなに遅くても宵の内には着けるだろう。金星が見えている間はまだ平気なはず。
まぁ、ここら辺のモンスターなら出会っても余裕だろうけど、でも何か大事なことを忘れている気がする・・・・・・。
まぁ忘れてるくらいだからたいしたことではないのだろう。 

 

 

 

 

 

 

日が落ちた。

「泉まで一時間と程良い頃合い」

なんてふざけた立て看板を横目で見送りつつ、少しだけ早足で先を急ぐ。

「まだ金星は見えるけど・・・」 

「そだね、どうする?」

「念のためクレスはサイトを使いながら歩いてもらえるかな」

「うん、わかった」

サイトは主に松明代わりに使っている。
割と普通の使い方だろう。

「モンスターへの牽制にもなるし」

「でも、モンスターの気配はないね。これなら無事に泉に着きそう」

「それならいいけど」

そう答えるがどことなく心配事があるような顔をしている。

「クレス?どうかした?」

「すこし森が静かすぎるような気がしない?」

「そういえば、オオカミの遠吠えも聞こえないね」

「それに、風もないし」

そう、これは少し気になっていた。
たしかに風の吹かない日もあるだろうが、ここらへんの地形は複雑で谷風や川風がいつでも、
特に夜には吹いているはずなのにそれが全くないのだ。
木の葉がすれる音さえ聞こえない。
全くの無音状態。落とした針の音さえ聞こえそうだった。

「一応注意しておいた方がいいかもね」

「うん、いつでも戦えるようにしておいた方がいいね」

「その点は大丈夫…かな」

「そだね、すこし先を急ご」

「あと1時間、急いで40分か。うん、急ごう」 

無風と危険の因果関係なんてわからなかったけど、注意だけはしておいて間違いはない。
何もなければそれで構わない。ボクたちは不意打ちにはかなり弱いのだ。 




 


それから一時間弱、何事もなく泉にたどり着いた。
泉に流れ込む小川の音が聞こえてくる。
見たところ他のパーティーは、1、2・・・・・・。ボクたちをいれて3組か。少ないな。

「ふぅ、やっと着いたね」

「おつかれさま、サイトも歩きながらだと疲れるでしょ?」

「これでも、ゲフェンに戻れればすぐにでも試練を受けてウィザードになるくらいには強いつもりなんだけど?」

クレスは微笑みながらそう言った。
確かに今だ「マジシャン」という肩書きの彼女はマジシャンの中でもトップクラスの魔力を持っているだろう。
ただ、ゲフェンに今は行けないから、マジシャンでいるだけ、彼女はそう言っていた。

「そうだったね」

「まぁとりあえず休もうよ?わたし魔力は人並み以上にあるつもりだけど・・・体力はね」

そう言って苦笑い。結局今日は一度も使わなかったな。
体力のないことをこれで結構気にしてるんだろう。

「じゃあ、火は熾しておくから泉で足でも洗ってきたら?」

「うん、そうさせてもらうね。もう足パンパン」

そういいながらクレスは泉の方に歩いていった。
といっても20秒で着く距離だけど。




近くの薪が山積みになっている小屋から持てるだけ薪をとってきて火を熾した。
前に火を熾した跡を使っているので、炭になった薪の助けもあって、ここでは子供でも火を熾せるだろう。
森と泉に囲まれたこの場所は夏でも涼しい。
今夜は風邪をひかないように気をつけないと・・・。

そんなことを考えながら炎を見つめていたとき、誰かがこちらに近づいてきているのが視界の隅に映った。
どうやら他のパーティの1人らしい。他のパーティのメンバーが寝ているので暇なんだろう。
こういった場所でも交代で見張りをするのは当たり前だ。

すぐ近くまでくるとその人は右手を上げながら声をかけてきた。

「こんばんは、プリースト様」

「こんばんは、貴方は・・・ハンターギルドの方ですね」

ボクは丁寧な言葉で挨拶を返した。一応神に仕える聖職者だから、一応ね。
つまりは余所行き口調。

「えぇ、私ククルといいます」

「ボクはリルです、向こうで水浴びしているのがクレス」

「あちらの方は・・・マジシャンですね?」

ボクの視線を追いかけ、向こうに居るクレスの服装を見て判断したのだろう。
いや、それともそこに置いてあるアークワンドで分かったのかもしれない。

「えぇ、ところで、何か御用でも?」

「いえ、用というか・・・みんな寝てしまったので暇だったんです。護衛ですから一緒に寝るわけにもいきませんしね」

そういってすこし微笑んだ。年は少し下くらいなんだろうけど、
なんとなくもっと幼い気がした。さすがに失礼か・・・。

「それにしても、今日はこの泉に立ち寄る人は少ないようですね」

「それは、そうでしょう」

「そうなんですか?前にきたときはもっと沢山いたので…」

「えぇ、いつもはそうですよ、でも今日は・・・」

「?」

今日はいったい何かあるというのだろうか。

「満月ですから」

そう、そこまで言われて今日が満月だということに気づいた。
いや、もちろんわかってはいたけど、その意味を失念していた。
なんて、うかつ・・・

「なるほど。それは・・・うっかりしていました」

ボクは苦笑いでそういった、この森で満月であること。
そんな大きなことに言われるまで気づかなかったなんて。
自分で自分が笑えてくる。

「忘れて、いたんですか」

相手も苦笑いだ。それはそうだろう。この森はウルフたちの森、そして・・・

「さすらい狼が現れる満月の夜は、泉に泊まるのは腕に自身のある者だけですから」

「そうですね、それもかなりの腕じゃないととても泊まる気にはなれない。下手したら眠れないですから」

「えぇ、方角的にアルベルタから来たのでしょう?今日が満月だって張り出されていませんでした?」

「実は・・・」



そこまで言って気づいた、泉の周りを囲む気配に。

「プリースト様…」

「どうやらお話はここでいったん終わりみたいですね」

「えぇ、私みんなを起こしてきます」

「そっちの戦力は?」

これだけは確認しておかなくてはいけない。

「私と、護衛についた商人さんだけです」

「あちらのパーティはどうでしょう?」

「弓手とアコライト二人でした」

「さすがにアコライトじゃさすらい狼はつらいな・・・」

ウルフくらいならなんとかなるだろうけど、戦闘職でない限りさすらい狼かなり辛い相手だ。
よほどお供のウルフが少なくて、体力に自身があればなんとか逃げるくらいはできるだろうけど。

「そうですね、とにかくみんなを起こしてきます」

「よろしく」

そう言ってククルさんは別のキャンプのところに走っていった。
ボクは地面に置いてあったアークワンドをもって・・・

「クレス!!」

名前を呼びながら走り寄り、クレスに向かってアークワンドを放り投げた。

「どうしたの? 急に・・・わっ」

投げられたアークワンドをうまくキャッチすると一瞬怒ったような顔をした。

「ちょっとー、いきなり・・・・・・」

「囲まれてる」

ボクは言葉を遮ると、必要なことだけ伝えることにした。

「!!」

「相手はウルフ、ついでに言えばさすらい狼だと思う」

「さすらいって、あの?」

「たぶんそのさすらい狼だよ。わかってると思うけど・・・」

「大丈夫、火の魔術は得意だから」

そう言ってボクの言葉を遮り、自信満々にワンドをくるっと一回転させた。

「OK、戦力はハンターのククルさんに、弓手1人、アコライト2人、あとは商人さん1人」

「………泉を背にしてハンターさんとリルが盾、わたしと弓手さんが中間で後ろに商人さんとアコさん2人、…かな」

「よし、それでいこう」

というかそれ以外ない。

「ハンターさんは平気かな?」

「満月にこの森の護衛を1人で引き受けるくらいには強いはずだよ」

「じゃあ、ここへ集めて」

「了解」

その言葉を聞いて深くうなずき、ボクはククルさんの方へ走り出した。






「ククルさん!!」

走りながら呼びかけた、どうやらみんな準備はできているみたいだ。
まぁ可能性を考慮していたのだからいつでも戦える用意はしてあったのだろう。
ボクたちと違って。

「こっちは準備完了、作戦はあります?」

弓の弦の張り具合を確認しながらククルさんが聞いてきた。

「作戦は・・・・・・」

ボクはさっきのクレス言葉を繰り返した。
ククルさんを当てにした作戦だ。

「うん、それでいける、かな。弓手くんも結構いけるみたいだし、アコさんたちとうちの依頼人は彼に任せましょう」

「今日ここにいるくらいだから平気だとは思ったけどね」

「ふふ、そうね。何も知らずに今日ここに泊まろうとした人もいるけどね」

「それは言わないでよ」

ボクはまた苦笑いをした。最近多い気がする。

「それに・・・口調さっきと全然違いますね」

「さっきのは、余所行き、かな。」

そう言って二人で笑いあった、ほんのすこしだったけど。

「じゃあ・・・」

「いきましょう」

















全員クレスのところに集まった。
それぞれ泉を背にして戦いの準備を終えている。

「さぁ、そろそろ始めよう、こっちは準備万端」

「どうしてあっちから仕掛けてこないのかな?」

クレスが聞いてきた。

「それはですね・・・」 

クレスの言葉を聞いたククルさんが答えようとしたとき、木々を揺らす音とともに無数の影が現れた。
そしてその中心に一つの大きな影。思ってたよりもずっと大きい。
あれが、さすらい狼か。初めて見た。
ウルフ数もなかなか。20頭くらいだと思っていたけど何倍もいそうだ。
暗くてよく見えないから数が把握できない、ちょっと明るくするか・・・

ボクは口の中で簡単にスペルを読む。

「ルアフ!!」

サイトほど明るくはならないけれど、敵を確認するには十分。

「そんな…こんなに沢山…」

青白い炎が暗い夜の森を照らした。
明るくなってハッキリ見えた敵の数に驚いた声が後ろのほうから聞こえてきた。
たぶんアコライトのどっちかだろう。そりゃあ、この数はちょっと引く。 


ボクはさっき集まるときに拾ってきた火のついた薪を森のほうに投げた。
ちょっと森まで届くか微妙だったけど、そこは遠投には自身のあるボク。
「物を遠くに飛ばす」という行為には実は生まれ持ったものが重要らしい。
ボクにはその才能がすこしだけあったようだ。
赤い炎が歪な円を描きながら森まで届いた。
そして薪の落ちる音が始まりの合図となった。




薪が地面に落ちた瞬間、咆哮が森に鳴り響いた。
さすらい狼のハウリングムーン。
月に吠え、士気を高める。そんなことが何かの本に書いてあった気がする。
大きな声は相手に威圧感を与える。それも分かっているのかもしれない。
咆哮は鳴り止まない・・・

「五月蝿なぁ。こっちから・・・・・・仕掛けます」
 
ククルさんはそう言うと、矢筒から矢を何本も取り出した。
1,2,3………9本くらいか。
それを同時に弦にかけ・・・引いた。
どういう風にやってるのかわからないけど、弓手のスキルということで納得しておこう。


夜の闇に焚き火の炎だけで映し出された彼女の会は、目がさめるほど綺麗だった。
今まで一度も見たことのない形。今まで沢山のハンターを見てきたけど彼女のは独特だ。

「あたれ!アローシャワーーーーーーーーーー!!」

右手が弦を弾き、9本の矢が森を出てきたウルフめがけて神速で飛ぶ。
沢山の矢が疾風のごとく闇を貫いた。


森の矢の飛んでいったほうからいくつか断末魔が聞えた
どうやらいくつかあたったらしい。

「さぁ、おいで・・・狼ちゃんたち・・・ふふふ」

そう言って怪しい笑みを浮かべるククルさん。
もしかして、弓をもつと性格変わるタイプなのか・・・






仲間の断末魔を聞いて興奮したウルフたちがいっせいにこっちへ向かってきた。
さて、ボクも彼女に負けてられないな。

「さぁ来ましたよ、さっさと倒してゆっくり休みましょう」

「OK、左側はよろしく」

「りょーかい♪」

そう言って襲い掛かってくる無数の狼たちを今度は信じられないスピードで次々と倒していく。
彼女の目の前にはすでにウルフたちの亡骸が山積みになっていた。



「おっと、こっちも来たな」

ククルさんが相手では分が悪いとみたのか、ボクのほうにも5、6頭のウルフがなかなかいい勢いで向かってきていた。
殺る気満々って感じだ。

「う〜ん、どうしようかな。ここはやっぱり・・・」

ちらりと後ろを見るとクレスと目が合った。
そして2人同時に頷き合うとボクは詠唱を始めた。

「悠久の風 天使の歌声 全ての穢れた牙に耐え 我を救いたまえ」

「キリエ・エルレイソン!!」

続いて詠唱に入る。今度はクレスに支援を。

「円なる月 天使の微笑み 祝福の風の恵み 我の守りし者に」

「ブレッシング!!」

詠唱を終えてクレスのほうを振り返った。
クレスが小さく頷き詠唱を始める。
彼女の場合韻を踏まないことが多いからボクより詠唱は早い。いや、ほとんど詠唱なしに使えるくらいだ。
ただ、余裕があるときは威力を上げるために詠唱をわざと長くすることもある。
今日は・・・たぶん二呼吸くらいだろう。ブレスで効果が相当あがってるから。

「ムスペルヘイムの炎よ!我が前に立ち塞がりし全ての敵を拒絶する柱となれ!」

「ファイヤーウォール!!」

ボクは魔法が発動するより一瞬はやく後ろにさがった。
さっきまでボクがいた場所に炎の柱が立ち、ボクに飛び掛ろうとしていたウルフたちは一瞬で炎に焼かれ、
一瞬で骨だけになってしまった。


「リル!右!」
 

目の前の炎の柱の右側からさっきの集団の後ろから来ていたウルフが襲ってきた。
まぁさっき保険をかけておいたから平気なんだけど。
大口を開けて襲ってくるウルフ、だけどボクの腕に噛み付こうとした瞬間、見えない壁に阻まれ、弾き飛ばされた。
そしてすでに詠唱を終えてあるボクがそのウルフに引導を渡す。


「ホーリーライト!!」

ボク自身から生まれた聖なる光がウルフに襲い掛かり、音もなくその命を奪った。
攻撃系は苦手だけど、それなりに威力は出せる。

「リル、平気?」

近づいてきたクレスが全く心配してない声で聞いてきた。

「もちろん」




ククルさんと弓手くん(名前聞いておけばよかった・・・)の放つ矢が周りの敵を近づく前に倒していく中、
ボクはやることがなくて正直暇だった。

「なんかあの2人強すぎ、というか敵倒す早さ並じゃないね」

「そだねぇ、わたしまだ5,6頭しか倒してないよ?」

「ボクは1頭だよ」

「まぁそれは仮にもプリーストなんだから、いいんじゃないかな・・・・・・ねぇねぇそれよりさ」

「もう一気に雑魚は倒しちゃって、メインディッシュを早く引きずり出したいんだけど?」

「クレスもなかなか過激なこと言うね」

「だって、ウルフなんて多分後ろのアコさんと商人さんでも倒せるよ?」

「確かにそうだけど・・・う〜ん、そうだね、例のやついこうか」

「りょ〜かい」

ボクは対ウルフ用に持っていた(たまたまだけど)燃える太陽の書、
そしてあるモンスターの力を封じ込めたクリップを取り出した。
念のためクレスにキリエと速度増加の神術(つまり足の速くなる術)をかけた。
これで準備万端。ここからはボクたちのオリジナルの戦い方だ。

「「サイト!!」」

ボクとクレスが唱えた力ある言葉で生まれた炎がふたりの周りを回っている。

「行こう」

「うん!」

ボクたちはふたりで森の中の一つだけ大きな影に向かって走り出した。
ウルフたちのBOSSのいる場所へ。

「ククルさん、下がってて!!」

走りながら楽しそうに弓を射る彼女に声をかける。

「え? ちょっと、危ないよ!」

「だいじょ〜ぶ!まかせて!」

ククルさんの不安そうな声にクレスがウインクして答えた。
弓を下げ弓手くんの位置まで下がったのを確認して、ボクたちは足を止めた。
予想通り、BOSSが狙われたと思ってここにいる全てのウルフたちが、ボクたちを囲んでいる。
数を数えるのもめんどくさいほどに。

今からボクたちがやることは、
たぶん、この世界でもほとんどできる人はいない、と思う。
なぜなら、姉さんの研究をボクとクレスで形にした新しい魔術だから。
新しいといってもマジシャンであるクレスとプリーストのボクがやる、
ということが新しいだけで、ウィザードがいればできてしまうこと。
それは、燃える太陽の書に書かれた魔術的言語を呼び出し、
その力をクレスが具現化することで、本来使えない魔術を使う。
そう、「サイト」から派生する炎の魔術。


ボクは右手にもった書の表紙を開き、声を出さない詠唱に入る。
すると書のページがひとりでにめくれ始めた。
一ページめくれるごとに少しずつスペルができあがっていく。
そのスペルが二人を取り囲む、そんなイメージ。
ものの数秒ですべてのページがめくられ、本はひとりでに閉じた。
それがGOサイン。

「クレス!」

「うん、いくよ!」

二人で唱える力ある言葉。
今のところ形にできている唯一の魔術。
意外と、油断している相手には効くものだ。

「「サイトラッシャー!!」」

二人の声が同時に響いた。
それと同時に周りを回っていた炎が分散し、
その大きさを増してボクたちを囲んでいたウルフたちすべてに襲い掛かった。
たぶん何が起こったのかもわからず、骨だけになったウルフたちの屍がボクたちを中心に円を作った。





「ふぅ、最初からやってればよかったかも」

一瞬で終わった戦いに息をついて、言ってみた。
それなりに段階を踏むから、すぐにできる魔術ではないのだけど。

「切り札は最後までとっておかなきゃ」

「切り札って、追い込まれてもいなかったんだけどね」

「まぁいいじゃない、これで残るのは・・・」

クレスがさっきまでさすらい狼のいた場所をみた。
そこにはいるはずの大きな影はすでになかった。

「って、あれれ? リル、今日のメインディッシュは?」

「なんか、今のを見て逃げたみたい・・・」

「うっそー、拍子抜け過ぎぃ〜〜」

クレスはメインディッシュとやらが逃げたのを悔しがっている。
まぁ目の前で子分たちが一瞬で消えたのを見て、それでも、闘争心を失わない獣がいたとしたら、
それは尊敬にすら値する、と思う。それ以上に・・・

「今ので逃げなかったら、それこそ狂気だよ」

「あ〜あ、まぁしょうがないかぁ」

しょうがないといいながらクレスは両手を下げてうなだれた。

「すごい、ですね」

いつのまにかそばにきていたククルさんが腕を組んでそう言った。
すこし感心されたみたいだ、でも・・・
貴女もすごかったですよ、いろんな意味で。

「ククルさんもすごかったよ〜」

「そんなことありませんよ、私なんてまだまだ・・・」

「まぁみんなの力で追い払った、ということで」

なんとなく謙遜合戦が始まりそうな気がしたので、無理やりまとめてみた。
もちろん本当のことだけど。

「ねぇねぇ疲れちゃったし、もう休も」

クレスはお疲れモードのようだ。そういえばここに来るまで急いだし。

「あ、その前にちょっと、私の雇い主さんが何か二人に用があるみたいで」

「用って、なんだろ?」

ククルがボクに問い掛ける。
もしかして、護衛についてくれませんか?、とかかな。
でもククルさん1人で十分だろうし・・・

「まぁとりあえず集まりましょう。えっと、私たちのテントのところに」

「あ、わかった!」

突然声を上げるクレス。
何がわかったんだろう。たぶんはずれだとは思うけど。経験上。

「祝勝会だよ!」

いや、それはないと思う。

「ま、まぁとりあえず行きましょう・・・」

ククルさんも苦笑いしてる。さすがにこんな時間から祝勝会はない。
とりあえず用があるみたいだし、そういえば名前もまだ聞いてなかったから、
寝る前に自己紹介くらいはしておこう。
なりゆきとはいえ一緒に戦った仲間なんだし。



















「あ、忘れるところだった・・・」

ククルさんはそう呟くと今はもう動かない狼たちの山へ向かっていった

「先行っててください〜」

振り返ってそう言ったので先に行くことにした。
なにか忘れ物をしたんだろう。







ふと、ククルさんの声が後ろの方から聞こえてきた。
声というか、歌声が。

「牙〜牙〜皮〜皮〜、売って儲ける収集品〜♪」

さすが、ハンター、そいうことは忘れない、か。
ボクとクレスは顔を見合わせると、苦笑いをお互いに浮かべた。
ククルさんの奇妙な歌は聞かなかった事にしよう。




それにしても、本当に今日は苦笑いが多い日だった。
そんなことをまたこころの中で苦笑いしながら、
すでに焚き火を囲んでいる4人のところへ歩いていった。







 

第3話へ