まだまだ夏だと思っていたのに、いつのまにか涼しくなっている夜。
夏の名残を残している空気を感じながら、私は街を闊歩していた。
時刻はだいたい8時くらい。
さすがにこの時間になると往来を行き交う人々もその数を減らし、すれ違う人たちもきっと家や宿に帰る人たちばかり。
プロンテラの石畳は長時間歩くには少し硬い。
それでも夜の散歩は気持ちを気持ちを落ち着かせるのにはいい。
もっとも、焦るような事態が起こったわけではない。
むしろ何もないくらいだ。

宿に戻って昼寝をして、夕方ごろ起きて、しばらく放心していたさっきの私の言葉を借りるのならば、


「暇すぎるっ!!」


というわけだ。










第7話 『夏の散歩は夜に限るね』











いつになく落ち着いたモノローグ。
まるで自分じゃないみたいだからもう元に戻そう。っていうか合わないわ。

そもそも、なんでこうして夜の街に繰り出しているかって言うと、暇だから。
・・・ではなく、もちろんそれもあるけど、私の泊まっているネンカラスでは懸賞首の張り出しがされていなかったから。
最近はどうもその存在自体が少ないらしい。
だから極々新しいものだったり、大きな額のものだったりしないと張り出さない、とバーテンさんが言っていた。
そんなわけで、反時計回りにプロンテラを一周しつつ、夕食を食べる場所を探し、ついでに騎士団本部に行くつもり。

で、やっと半周してそろそろ大聖堂の前に辿り着きそうなところ。
ものすっごい大きい建物だからさっきから見えてるけど。
だから大聖堂を視界の端にずっと収めたまま歩き続けていた。
かつかつ、かつかつ、かつ、かつ、かつかつかつ、かつかつかつ。
石畳を叩く足音。
さっきからずっとだ。
しばらくは無視していたけれど、結局大聖堂へ斜めに伸びる道にさしかかったところで振り返った。

「なんなのよ、さっきっからっ」

振り向けば案の定さっきからずっと後ろについてきていた男が居た。
もっとも、男だとはわかんなかったけど、なんとなくだ。
大体こんなうら若き乙女を付けまわすなんて男しか居ないじゃない。

「おっと、気づいてたのか」

なんでもないように男はそんなことを言った。

「・・・・・・なんだ、アルか」

振り向けばアルが居る。もとい、居た。
先日プロンテラ北の迷いの森からプロンテラまで私を案内してくれた、
そしてあの美味しくて安い屋台を教えてくれたやつだ。

「あんたねぇ、趣味悪いよ。こんな夜中に」

「夜中ってほどでもないだろ。それに別に付けてたわけじゃないさ。まぁ同じ速度で歩くようにしてたのはそうなんだが・・・」

「はぁ? それを付けてるって言うんじゃないの」

「いやいや、俺はここに用があってね」

そう言って親指で大聖堂のほうを指し示した。

「へぇ、アルってそういうタイプには見えなかったけど」

こんな夜中にお祈りでもするつもりなのか、なんて。
まぁ普通に考えて仕事関係なんだろうけど。

「別に、知り合いに会いに来ただけだ」

「ふ〜ん」

そこでビビッっときた。
なるほど、そういうことか。
薬指の相方に会いに行くのだろう。
きっとアコライトかプリーストか。たぶんアコライトだと思うけど。勘で。

「結構マメなんだ?」

「な、何が」

ふむふむ、反応を見る限り当たりっぽいな。

「えっと、婚約者、かな?」

「ぶっ、どうしてそれを」

ぶっって、仮にも貴族がそんな反応をするなってば。

「あのねぇ、そんなこれ見よがしに指輪はめてて、分からないわけないでしょ。私勘もいいし」

「別にいいだろ、会いに行ったって。だいたいアカネは何やってんだよ」

「わたし? お散歩。ついでに騎士団本部に寄って行こうかなって」

「本部に? あぁ、懸賞首か」

そういえばプロンテラにくる途中に私が賞金稼ぎもしてるって言ったんだっけ。
なら話は早い。

「ねぇ、なんかよさげなのあった?」

「よさげ?」

「弱そうで、すぐに見つけられそうで、賞金の高いやつ」

「そんなのあったらとっくに騎士団で処理してる」

ごもっとも。

「まぁ、そうだよねぇ。じゃあ、そうね、一人で何とかなりそうなのとか。賞金首じゃなくてもいいよ。クエストとかでも」

「一人でなんとかなりそうなやつか。今日の朝チェックした限りじゃなかったな。モロク方面のならあった気もするが」

「はぁ、それじゃあだめね。さすがに砂漠越えるのは早いでしょ」

「一人で徒歩じゃ相当慣れてないとな。アマツは砂漠ないんだろ?」

「うん、だから初めて砂漠見たときは冗談かと思ったよ。なんでこんなに砂ばっかなんだーって」

「だよなぁ、俺もなるべくモロク関係の仕事は他にまわすようにしてる」

「なにそれ、やる気ないねぇ」

だいたいそのまわされたほうが大変でしょ。

「うちは規模が小さいからな。かといって少数精鋭っていうわけでもないし。5番とは違って」

「5番?」

「あぁ、第五騎士団のことだ。あそこは少人数でフリーナイトも殆どいないし、人数ではうちより少ないんだが、
 一年中ダンジョン調査してるような奴等でさ、そりゃ実力もつくだろ」

「ふ〜ん、第五騎士団ってそんなに強いんだ?」

「強いっていうか、少人数での移動と探索が得意だな。もちろん一人一人の戦力は高いけどな。特に隊長以下9人くらいがすごい」

「へぇ、リオンっておちゃらけてるクセに結構やるんだね」

そのすごい中の副隊長なのだからかなりのものなんだろう。
隊長副隊長が世襲制とは言っても、実力のない隊長には誰もついていかないだろうし。

「あぁ、今の副隊長クラスでは一番若いし、ってリオン知ってるのか?」

「うん、昨日ちょっとね。ネンカラスの酒場で一緒に飲んだ」

「まじか? なんだよ、俺も誘ってくれりゃあよかったのに。歳近いから結構話するんだ、リオンとは」

「ん〜、なりゆきだったしね。それに向こうは旧友と飲み交わすって感じだったし」

「旧友?」

「えっとね、知ってるかもしれないけど大聖堂の第三室長でノエルっていう人と、リルっていうプリースト」

「うおっノエルさんもか、それとプリーストのリルっていうと紅髪のだよな」

実はさっき宿屋で思い出したんだけど、リル・ローゼリアっていう名前。
ずっとどっかで聞いたことあるなぁって思ってたんだけど、やっぱり聞いたことがあった。
血染めの聖衣、返り血で紅く染まったという髪。はっきりいってほとんど眉唾物のうわさばかりだったけど、
それでも耳に入ってくる言葉は聖職者を評価するものだとは思えなかった。
本人に会ってみたら、やっぱり間違いだってわかったけど。

「うん、そりゃあ知ってるよね。私でも知ってるもん。全然イメージと違ったけどね。もっとごっつくて深遠でも殴り殺せそうな
 人かと思ってた。ところがどっとい、全く逆だったよ。っていうか、なんで『ノエルさん』なのよ」

「いや、なんつーか、年下には思えなくてな。うちの、その、連れ添いも彼女に教えてもらってるし。
 リル・ローゼリアとは結構古い仲らしいぜ? なんでもプリーストになったのも同期だとか。
 結構あれだよなぁ、意外な組合せっつーか」

「そうかな?」

「そりゃあ意外も意外だろ。リル・ローゼリアは実はあんまりよく知らないんだが、その、そんなにいい話は聞かないだろ?
 でもノエル・プリエットといえば俺の知ってる中では一番完璧に見えるな。評価としてはルミナ姫並だしな」

「ふ〜ん、でも昨日見た限りでは私の中ではノエルとリルって同じくらいだけどね」

なんていうか、ちょっと不機嫌になってきた私。
それがどうやら顔に出ていたらしい。

「あ、悪い。俺またデリカシーのないこと言ったな。よく知りもしない人のことあれこれ言うべきじゃなかった」

自分の言葉を後悔しているのがよくわかる。
よく考えないでしゃべってるっていうのは私も同じだから、よくわかる。
言ってから後悔するんだ。
自分の言葉には責任を持たなくちゃいけない。
それが最低限度。
できれば相手を不快にさせたくない。
それが目標。

「またってこともないけど、自分で気づいたならいいんじゃない? 私もごめん、悪気はないって分かってたんだけどね」

「いや、よくミリアに窘められるんだ。もうちょっと考えてからしゃべったほうがいい、って」

「ミリアっていうんだ? 今度紹介してね」

しっかり口を滑らせてくれるところが頭悪いっぽくて微笑ましい。
って、それは私も同じなのかも。

「・・・・・・ほんともっとちゃんと考えて喋るか。ったく、もう行くぞ俺は。じゃあ、またそのうちな」

「うん、またね。ミリアさんによろしく」

アルは私の言葉に苦い顔をして大聖堂の方へと歩いていった。
きっと余計な情報を私に知られてしまったことを後悔しながら。
アルの婚約者はアコライトのミリアさん。めもめも。









結局、散歩は本当にただの散歩になってしまったみたい。
人通りの少ないお城の前を通り過ぎ、寄るはずだった騎士団を遠くに見て、
夜なので大通りをそのまま歩き続けて、結局アルに会っただけで終わった。

「も〜、どうしようかなぁ〜〜」

宿に戻ってきてベッドにうつぶせに倒れながらため息のように独り言。
しばらく稼ぎがなくても生活に困りはしないけど、暇なのはきつい。
ふかふかのベッドにぷかぷか浮かびながらあれこれ考えをめぐらせてた。
で、結構重要なことに気づいてしまった。

「うわっ、お手入れしないと」

別に女としてのお手入れではなく、命の次に大事とかろうじで言えなくもない剣のお手入れ。
ぶっちゃけメンテナンス。よく考えたらプロンテラに着てからやってなかった。
いや、一週間くらい手をつけてないや。一応戦闘もあったし、やっておかないと。

「あ、やば」

ふと気づいて壁の張り紙、宿のサービス受付の時間が書いてある紙を確認した。
もう夜なのでしたのほうから確認する。

門限は無し。
入浴ができるのは23時まで。
食事を出せるのは22時まで。
各種サービス(部屋に置いてない本の貸し出し、武器防具のメンテナンス道具の貸し出し)21時まで。

今度は時計を確認。
針は22時15分を指していた。

「無理じゃん」

気づくのがちょっと遅かった。
まぁある程度消耗品のような使い方をしてるバスタードソードは使えなくなったら買い換えればいい。
それに、刀の方は自分の携帯キットでなんとかしよう。

ベッドの横に立て掛けてあった無期限の借り物である刀を持って窓際のテーブルに座った。
テーブルの上に置いておいた小物入れから数種類の布を取り出してから、鞘から慎重に刀を抜いた。

「ん〜〜〜?」

刀身は思ったほど汚れていない。っていうより、使ったっけ?
なんか焦げてる感じが・・・ってそうか、毒が嫌で焼いちゃったんだっけ。
しかも思い出してみれば、バスタード振り回して適当に片付けてたんだ。
使ったのは、アルギオペだけか。

「拭き取るだけで平気そう」

間違って指を落とさないように気をつけて(寝ぼけてると危ない)硬い布で軽く汚れを拭き取った。
それだけでほとんど新品のようになる。実際新品なのかもしれない。自分で買ったわけじゃないから分からないな。
続いて少し柔らかい布で細かい汚れを拭き取る。これで完璧。

自分の顔が刀身に映ってる。
鏡ほどちゃんとではないけど。それにしてもいい刀が手に入ったものだって思う。
どこを探しても銘らしきものがないのが気になるけど、今思い返せば私の思い通りに扱えた。
これって結構重要だったりする。
慣れない剣は重心とか、切れ味とか、長さとか、そういうのが分からないから馬鹿みたいな失敗をすることもある。
だから刀を買うときはできるだけ近い時期に特定の人が打ったものがいい。
私は力で戦うタイプじゃないから特にそういう微妙な差異が致命的だったり。
そんなわけで、よく考えるとすっごい幸運な出会いだったわけだ。

「なんか、眠い」

まだ22時だというのに眠気に襲われた。
いや、もう30分か。ということは・・・

「お風呂っ!!」

やっばい、23時までって書いてあったんだから気づけ自分。
大急ぎで刀とそのメンテナンスキットを片付けて、開けっ放しにしていた窓を閉じ、
お風呂用の袋にタオルとかなんとか色々必要なものを適当に詰め込んで、
お風呂へと走った。

「っと、その前に」

部屋を出てすぐ目の前にある階段を駆け下りそうになる寸前に思い出した。
どうせだからヤファも誘おう、そう考えて廊下の一番奥の部屋をたずねた。

ノックをしようと右手を上げたとき、部屋から明かりが漏れていないのに気づいた。
普通明かりをつけていれば、廊下は結構暗いからわかる。
つまりはまぁ、もしかするともう寝てるのかもしれない。
私はそのまま右手をどうするかちょっと考えて、結局そのまま下ろして一人浴場へ向かった。













8話へ