大して意識してなかったつもりだったけど、やっぱりどこかお城の中は息苦しかったようで、 お城から出たら大きな開放感があった。やっぱり屋外が私には合ってるらしい。 「ありがとうね。正直すっごい助かったよ」 「そう、ならよかった。う〜ん、まだお昼には早いか。アカネはこれからどうするの?」 「えっと、とりあえず宿に戻る途中の露天でなにか買うつもり」 「そうじゃなくて、郵便配達の次は何をやるのかと思って」 あぁそっちか。お昼っていう単語がでてから食事の話かと思った。 「まだ考えてないんだけどね。せっかくプロンテラにいるんだからどこかのギルドか、まぁ酒場でもいいんだけど 適当なクエストあったら滞在費稼ぎにいいかなって。でも、まずは騎士団本部か酒場で賞金首の確認かな。でも、 一人だから騎士団のほうはきついかも知れないけど」 別に賞金を出しているのは基本的に騎士団なんだから違いはないのだけど、酒場に張り出されているものは割と安い首が多い。 逆に騎士団本部に張り出されているものは、もちろん全て張り出されてはいるけど、賞金が高額なものと新しいものが一番目立つ 場所に張り出されている。うん、つまり騎士団は人も多いし張り紙も多いし、一人でこなせない仕事ばっかりだから、私みたいな ひとり者にはあまり用のない場所なのだ。酒場のちまちましたクエストをこなすのがいい。 話を統合すると、騎士団でいい仕事を探すのはめんどくさいということだ。この格好じゃ行きにくいしね。 「最近は結構暇みたいよ。騎士団や酒場よりも私のほうがいい仕事紹介できそうなくらい」 「へぇ、ノエルって仕事の斡旋までしてるんだ?」 「一応ね。秘密よ? 特殊で割のいい仕事と、1ゼニーにもならない仕事の二つしかないんだけどね」 「じゃあいいクエスト見つからなかったら行くね」 「えぇ、いつでもどうぞ。それじゃあ、午後の用意しなくちゃいけないから、そろそろ行くわね」 「うん、またね〜」 颯爽と、ノエルはその身を翻し、大聖堂へと帰っていった。 お城の前は人通りが少ないのでしばらくその後姿が見えていた。 まるで外国へ旅立つ友を送り届けるかのようにその姿を見送った。 「優雅だ」 時折吹く風にたなびくサファイヤの髪。重さを感じさせない足運び。 決してゆっくり歩いているわけではないのに翻らない聖衣のスリット。 私はあんなふうに歩けるだろうか、いや歩けない。 諦めよう。諦めはいいほうだ。 でも、とりあえず今日はお淑やかに歩いてみる努力をしてみることにした。 第6話 『ご飯の後って眠たくなるよね』 時刻は11時前くらい。 お昼には少し早い気もするけど、朝ごはん殆ど食べれてないし、ちょうどいい時刻かもしれない。 あぁ、アルベルトに教えてもらったあの屋台でもいいか。安い早い美味いの三拍子がそろってるいい店だし。 お城からネンカラスまでの道々、人ごみを避けて裏道をゆったり歩いて昼食を何にするか考えていた。 現在大通りを西に一本外れた小さな通りを南下中。ここらへんは民家も多い。 いや、民家しかないのだろう。すれ違うのは明らかに一般人にしか見えない人たちと、騎士団本部へ向かう騎士たちくらいだ。 今日はすれ違う人たちにそれほど注意は払わないで歩いた。 そしてちょうど西門の通りが見え始めたとき、どこかで見たことのある女の子の後姿を見付けた。 どうして後姿でそう判断できたかっていうと、さっきまで見ていた髪の色と同じだったから。 サファイヤの髪。でもノエルよりもずっと短い。これはたぶん・・・ 「マナ?」 少し足早に近づき、声をかけた。 「・・・・・・あ、アカネさん」 後ろから突然声をかけたのに大して驚いた様子もなく、少女は私のほうに振り向いた。 昨日観察した結果、割と感情の起伏が傍から汲み取りにくいことはわかっていたけど、 なんだかこう落ち着いた様子だとまるで私が話しかけるのがわかっていたように思えてしまう。 そんなちょっと不思議さを感じさせる娘だ。 「こんにちは、よかった合ってて。どうしたのこんなところで、そんな服着て」 「え、変ですか」 変、というかなんというか。真っ黒のブラウスに真っ黒のフレアスカートで靴も黒いし。 よく言えばプリーストの服の私服版だけど、マナのは装飾の類が全くないから・・・ 「えっと、お葬式・・・じゃないよね?」 「はい、私服です」 よく考えれば、アコライトなのだからアコライトの格好で式には出るはず。 ていうか、どうなのよこれは。似合ってない、とは言わないけど・・・ 「・・・あの」 「あ、ううん。変じゃないよ、うん、変ではないんだけどね。もっと可愛い服のほうが似合うんじゃないかなぁって」 「そうですか? これが一番可愛い服だと思ったんですけど・・・」 ありゃ、つまりこれがマナの服のセンスなわけだ・・・ いや、別に悪くはないんだけどね。 とりあえずこの話題はやめておこう。私だって私服はこれだけだし。 「ところでさ、何処か行く途中? この時間って教会にいなくてもいいの?」 「あ、はい。今日は午後だけなんです。ですから、その、これからネンカラスに行くところで」 「そうなんだ、じゃあ一緒に行こうよ。私も部屋とってあるからさ」 「はい、それでは一緒に行きましょう」 そうして二人でネンカラスへ向けて歩き出した。 といってもネンカラスはすぐそこ。大して話もしないうちについてしまった。 あれ、そういえばネンカラスに来てどうするんだろう。 「ねぇ、ネンカラスに用って何?」 「あ、えっと、リルさんとヤファちゃんにお昼のお誘い、です」 「なるほど、実は私もそろそろご飯食べようかなって思ってたんだ。よかったら一緒にどう? この前いい店見つけたんだよ。安くて早くて美味いの」 別に私が見つけたわけではないけど、まぁいいでしょ。 「そうですね、多いほうが楽しいですし」 「じゃ、決定ね。それじゃあどうしようかな、じゃあ私はいったん部屋に戻って用意してくるから、 マナはリルとヤファを連れてきてよ。集合は・・・10分後に一階ロビーで」 「わかりました」 別に一緒に誘いに行ってもよかったんだけど、いまさら気づいたことに、財布を部屋に置いてきてしまっていた。 これじゃあ宿に戻らないと何も買えなかったわけだ。屋台だったら無銭飲食。 マナに会えたのはラッキーだった。 私の部屋も2階だったので一緒に上がった。 私の部屋は階段のすぐ近くだったけどリルたちの部屋は一番奥だった。 マナといったん別れ部屋に入ってベッドに腰掛ける。 「あ、財布だ」 忘れないうちに机の上に置きっぱなしになっていた財布をバックにしまった。 財布はそこそこ重かった。中身は確認してないけど、しばらくは稼がなくても生活はできるかな。 あ、そうだリルが来たら御礼言わないと。 ますますマナと出会ってちょうどよかった感じ。 なんか私とマナって相性いいのかも、なんて。向こうはどうかわかんないけど。 部屋に時計はあったけど、何分に戻ってきたのか見てなかったから、勘でだいたい10分後にロビーへ降りた。 別に部屋に迎えに行ってもよかったんだけど、もう来てたら意味ないし。 まぁそれだったら私の部屋の前を通るんだから一言声掛けてくれそうだけど。 それに気づいたのは降りてきてからだったからもう遅い。 とりあえずまだ来ていなかったので、入り口の横の壁によりかかって待った。 するとすぐにマナが一人で降りてきた。二人はまだ用意してるのかもしれない。 「お待たせしました」 「ううん、私も降りてきたばっかりだよ」 「お二人は来ないそうです」 これは意外。 「ありゃ、もう済んでたとか?」 「いえ、その・・・リルさんがまだ御休みだったので・・・」 「うっそ、まだ寝てるの? もうお昼なんだから起こしてきちゃえばよかったのに」 でもこれまた意外だ。聖職者の人たちってなんとなく朝早いようなイメージがあったのに。 どっちかっていうとこんな時間なんだから起こしてあげたほうがよかった気がするけど。 「あの、その、起こしても起きない人なので・・・」 「ふ〜ん、そうなんだ。じゃあしょうがないね。二人で行こうか」 「はい、そうしましょう」 二人だけになってしまったのは残念だけど、眠ったままのリルを残してヤファだけ連れてくるのもどうかと思うし、 ていうか、なんとなくあの子ってリルにベッタリっていう感じなんだよね。 だからこそマナも一人で降りてきたんだろうし。 まぁ一人じゃないだけいいや。昨日はマナとはそんなに話できなかったし、ちょうどいいかも。 ところ変わって、プロンテラの南西部。通称屋台街(たったいま決めた)の一軒。 先日アルベルトに教えてもらった店に来た。 微妙にランチの時間より少しだけ早かったからか、ほぼ空席で余裕で座れた。 もともとしっかりした店舗を構えているわけではなく、料理を作る屋台に毛が生えた程度のものの前に、 テーブルと椅子をいくつか置いただけなので、席なんてあってもなくても大して変わらないけど、 やっぱり乙女としてはちゃんとテーブルについてランチを楽しみたい。 ツッコミはなしの方向で。 「食べられないものある?」 4人がけのテーブルに向かい合って座っているので広々として話もしやすい。 いちいちメニューから選ぶのもめんどくさいので、マナが好き嫌いしないならおすすめを適当に見繕ってもらうことにした。 「いえ、特に苦手なものはありません。辛すぎなければ」 「じゃあOKだね。おっちゃーーん、適当に見繕って持ってきてーー」 「あいよっ、待ってな!」 威勢のいいおっちゃんにその場で頼んだ。安くてうまいお店だと値段を気にしなくていいから助かる。 たまにマイナーな料理だと読めないというか、なんだか判らないことがあるから。 話し言葉は完璧なんだけど、文字はときどき読めないものがあったりする。 アマツ語で書かれたメニューなんてあるわけないし。 料理はすぐにやってきた。 サラダと鶏肉。この二つだけだったけど、ボリュームはかなりのもの。 ドレッシングはかかってたけど、ソースは3種類ついてきていたので飽きる前に食べきれそう。 「そういえばさ、ちょっと気になったんだけど」 サラダをフォークに刺しながら、そう切り出した。 マナは口の中のサラダがなくなってから、はい? と返事をした。 私だったら食べながら返事するけどね。・・・・・・だから女っぽくないって言われるのか。 「マナとリルってどんな関係?」 そう、実はちょっと気になっていた。 なんとなくだけど、マナって大人しそうだし、自分から食事のお誘いに誰かを訪ねたりはあまりしなさそうだから。 大聖堂からネンカラスまでそれなりに距離もあるわけだし。 「関係、ですか? そうですね、『フレール制度』はご存知ですか?」 何度か聞いたことのある単語だ。たしか、聖職者関係の人から聞いた単語。 なんだったっけなぁ。 「フレール制度というのは、簡単に言えばプリーストとアコライトの師弟制度のようなものです」 「あぁ、そうそう。確か、新人プリーストとそのプリーストに選ばれたアコライトとの師弟関係ね。 アコライトの能力向上とプリーストの教育能力向上のための義務、なんだっけ?」 「そうですね、昔はもっとしっかりとした制度だったそうなんですが、現在ではほとんど書類上の契約になってしまっています。 プリーストになるためにはフレールを持つことが必要ですから」 なるほど。それも仕方のないことなのかもしれない。プリーストと比べてアコライトのほうが数はずっと多いわけだし、 プリーストだって自分の鍛錬があるだろうし。今の国の状態から言っても教育に時間をあまり割くわけにもいかないのだろう。 「つまり、マナのフレールが・・・」 「はい、リルさんでした」 でした、か。う〜ん、これはちょっと予想と違ったかな? リルって結構そういう制度とかちゃんと守りそうなタイプに見えたんだけどなぁ。 よくわからないけど今はプロンテラに二人ともいるんだから、そういうときに色々指導とかするんじゃないのかな・・・ 「じゃあせっかくちょうどプロンテラに来てるんだからさ、フレール関係っていうの? それに戻れるんじゃない?」 「・・・・・・忙しい方ですから」 そう言って遠慮がちに微笑んだ。 結構姉妹で性格って違うものなんだ。ノエルがマナの立場だったら追いかけてでも、っていう感じになりそうだけど。 あ、そういえばなんでリルだったんだろう。 「じゃあさ、どうしてノエルじゃなかったの? 前にその制度のこと教えてくれた人って姉妹でフレールだったんだけど」 「姉さんは、プリーストになったときから室長候補だったので」 「フレールは持たなくてよかった、と」 「いえ、書類上ではわたしの友人なんです。ただ、個人的に指導はしてないそうですけど」 「なるほどねぇ、結構意外だったなぁ」 思わずため息を漏らしてしまった。それを見て大人しそうなマナがほんのちょっとだけムッとした顔を見せた。 ちょっと驚き。 「あの、勘違いしないでください」 「え?」 「姉さんは室長候補になったときからずっと教育係として実際にわたしたちを毎日指導してます。個人指導ではないですが、 間接的に姉さんのフレールのようなものなんです。わたしたち全員が。ですから、制度が予定している通りではないですが、 結果として義務以上のことをしています。それにリルさんも数日ですが、何よりも価値のある戦闘実技を教えてくださいました。 普通のアコライトでは決して知ることの出来ない技術も教えてもらいました。ですから、私にとっては・・・」 かすかな怒りを持って、普段こんなに話さないであろうマナが私に説明する。 私のため息がリルとノエル二人を幻滅したようなものに見えたのだろう。 もちろん全く思わなかったわけではないけど、実際二人には私も会ってるわけだし(さっきまで一緒だったし)、 本当にほんのちょっとだけ、な〜んだっていう風に思っただけだった。 「あ、うん、ごめんね。別にあの二人が酷い人だなぁなんて思ったわけじゃないから。私ってさ、一応剣士としてイズルードの ギルドに正式登録してるんだけど、ほら、そういう制度ってないからさ。私はアマツ出身だし、修行自体はあっちで終わってたし、 だからそういう師弟関係みたいのにちょっと憧れてたの。だからね、ちょっとね」 うまくは言えなかったけど、羨ましく思ったのは本当。 だからプリーストになるために利用、っていったら言いすぎだけど、そんな感じだったらマナが可哀想だって。 そう思っただけだったんだ。 「そう、だったんですか。すみません、わたしアカネさんが二人のこと勘違いしてしまったような気がして。 わたしの言い方がそういう風に聞こえてしまう言い方だったのに・・・」 「ううん、そんなことないよ。私の態度もいけなかったし。さぁ変な方向にいっちゃったけど、気を取り直して食べよう」 「あ、はい、いただきます」 気を取り直して違う話しよう、って言うほうがたぶん正しくて、もう食べてるのにいただきます、で。 なんだかちぐはぐだったけど、また楽しいランチタイムに戻ることができた。 マナはノエルとは全然正反対だけど、なるほど、姉妹だけあって深いところは一緒なのかもしれない。 話していてそう感じた。マナは大人しいけど、気弱なわけではなくて、譲れないことは絶対に譲らないタイプ。 さっきの静かな怒り方はそんな彼女の性格を思わせた。 きっと、彼女の世界は姉であるノエルとフレールであるところのリルを中心に構成されているのだろう。 そして自分は一歩引いたところから、だけど手の届く距離にいて、積極的にではないけどその二人を守る。 それが、私のマナに対する最初の評価だった。 「ごちそうさまでした」 「ごちそうさまー」 二人で綺麗に全部食べきって(7割は私が食べたかも)、席を立った。 食べ終えたときには少しずつ店も混み始めていたので、遠慮がちなマナが早く出たほうがいいのでは、と言ったからだ。 私としてはゆっくり休んでから行きたかったんだけど。 まぁマナがそう言う以上、きっとそういうことを気にするのが普通の女の子なんだろう。 次からはそういうことも気にしてみよう。 「マナは、そっか午後からあるんだっけ?」 「はい、姉さんの授業があります」 そういえばノエルもそんなこと言ってたっけ。 「それじゃあ、ここまでね。よかったらまた一緒に食べに行こう。今度はノエルたちも一緒に」 「そうですね、楽しみにしています。それでは、ごきげんよう」 「ばいばい、またね」 そういつもどおりに答えてから、私もごきげんようって言ったら上品っぽかったかなと少し後悔した。 ノエルにそうしたように、今度はマナを見送った。 離れていく黒服は人ごみに入っても目立つ。だけど背が低いのですぐに見えなくなってしまった。 その姿を見ていて、ひとつだけ言い忘れていたことに気づいた。 「・・・服見立ててあげよう」 私もセンスがあるとは言わないけど、マナには勝ってる、と思う。 せっかく綺麗な髪なんだし、可愛いんだから、もったいないよね。 そうだ、せっかくだからプレゼントするっていうの手だよね。 プレゼントって選んでる時間すごい楽しいし。 「預金あったかな・・・」 あるかないか不安だったけど、銀行、つまりはカプラサービスの出張所を目指して歩き出した。 「あの、預金証明書はお持ちですか?」 「・・・・・・あ」 その後のカプラサービスでの出来事。 預金証明書(通帳)は宿に置いてきたわけで・・・ 結局、お金をおろすのは翌日に持ち越すことにして、今日は宿へ帰還。 食事の後ってお昼寝したくなっちゃうからね。 7話へ |