目前にそびえ立つのは、見上げていると首が痛くなりそうなお城。 視線を下げれば、門まで続く跳ね橋とそれを守る兵士4人。 プロンテラ警備隊(茶色い軍服の人たち)は私に向かって訝しげな視線を送ってる。 ルーンミッドガルド王国プロンテラ城、その入り口に私はぽつんと立っていた。 第5話 『お姫様ってほんとお姫様って感じ』 「そこの君、ここで何をしているんだ」 たぶん20代後半の男の兵士とそれより一回りくらい年上の兵士二人が近寄ってきた。 きっと私が一般人のような格好だからそれほど警戒してないのかもしれない。 今日は武器は何も持ってない。持っているのは小さなカバンに入った例の手紙と財布だけ。 「いやぁ、あはは。ルミナ姫に謁見できるかなぁって」 「なにを・・・」 何を馬鹿なことを、といったふうに兵士たちは呆れた顔をした。 実は、昨日レナ姫に聞いた手続きの方法を忘れてしまっていた。 いや、ちゃんと聞いていたのか、それすら覚えていない。 どうしよう。この人たちに手紙の紋章を見せても無駄な気がする。 でも、試してみたほうがいいのかもしれない。 よく考えたら、それ以外方法ないし。 そうして手紙を取り出そうとカバンを開けたとき、救世主が現れた。 「プロンテラ大聖堂第三室長ノエル・プリエットです。シオン・エリム・シュベルトライテ殿に お取次ぎ願います。この書状を渡していただければ許可が下りる筈ですので。よろしくお願いします」 「はっ、はい!すぐにっ」 突如現れた女性に圧倒された様子で、半分私のことは無視してその二人の兵士のうちの若いほうが ノエルから渡された書状を持って、走って場内に消えていった。 シオンなんたらって聞いたことあるような気がするなぁ。 「少々お待ちくださいませ、プリエット様」 もう一人の兵士はそう言って逃げるように元いた位置に戻っていった。 私の2倍以上は生きてきたはずの人だろうに、目に見えるくらい緊張していた。 なんだろうこの反応は。ノエルって、やっぱりすごいんだ。 「こんにちは、アカネ。昨日ね、レナから頼まれてたのよ。貴女にも言ったと思うけど」 レナ姫を呼び捨てにしている時点ですごさはよくわかってたつもりだったんだけどね。 「あは、そうだったかなぁ、そういえばそう言って・・・」 「ま、覚えてないかもしれないとは思っていたけどね。酔っていたから」 はい、まったく覚えてませんでした。 「・・・あはははは、はぁ、助けてもらっちゃったね」 そりゃため息も出る。第一歩で転びそうになったんだから。 「貸し一ね。ところでルミナ姫はいらっしゃるのかしらね。あの方ってあまりじっとしていないから」 「じっとしていないって、お姫様なのに?」 「そうね、あの方はレナよりもお姫様らしいけど。でもアカネの想像とは違うかもしれない」 私の想像・・・要約すると地のノエルをノエルから削除してレナを足した感じかな。 あぁそういえば私もレナって呼んじゃってた。だって、やっぱり酒場で会っただけだし、 お城で会ったら違うんだろうけどそもそもお姫様ってドレス着てるイメージだしね。 「来たわ。早かったわね」 その言葉にお城の方を見れば、一人の騎士がこっちに向かってくるのが見えた。 銀色の髪の毛に白い甲冑。白いマント。白い柄と鞘の片手剣。 まるでその騎士の周りだけが雪の世界のようだった。ノエルには及ばないけど、綺麗な女性。 ゆったりと、それでいて遅すぎず早すぎずのスピードで私たちの前にやってきた。 「ふん、書状は見た。で、お前と誰だ?」 「え、いや、私・・・・・」 なんか想像とは全然違う口調と声だったから戸惑ってしまった。 「お前が? はっ」 鼻で笑われたーーーーーーー!? 何なのこいつ、人がちょっといい感じの評価あげたのにこの態度っ! しかも男みたいな口調で、めちゃくちゃエラそうだしっ!! 「シオン、間違いなくこの娘よ。名前はアカネ・・・・・・なんだっけ?」 「・・・・・・アカネ・サカキ。アマツ出身の剣士」 「ふん、剣士だと?そんな町娘のような格好でか」 「これはっ、私なりに謁見するならって・・・・・・いえ、この格好ではまずかったでしょうか・・・」 落ち着け私。ここで喧嘩してもしょうがない。目的はこいつじゃない。 ルミナ姫に会うチャンスはもう二度とない、そう思わないと。 冷静に、そう冷静になれ。こんな騎士なんてどうせこれっきりなんだから。 「馬鹿かお前は。そんなみすぼらしい身形でルミナ様に謁見できると思ってるのか?馬鹿馬鹿しい」 馬鹿馬鹿って、こ、こ、こ、この女はっ! だいたいこの服だって生活費を節約してやっと買えたお気に入りの服なのにっ! と、そのときノエルが激昂して殴りかかりそうな勢いの私とその性悪女を遮るように間に入ってきた。 「アカネ、手紙を出して」 ・・・・・・手紙?あ、手紙か。そうか、きっとあの印にはこの女を黙らせるくらいすごい力があるんだ。 そう思って私は開きかけのカバンから手紙を取り出して、印の見せ付けるように目の前に掲げた。 ふん、見て驚きなさい平伏しなさい、よく分からないけどあんたなんかに用はないの。 「・・・ふんっ、なるほどな。それでルミナ様に謁見したいわけだ」 「そうよ。だからアンタに用はないの。さっさと案内してよ」 「ちょっとごめんね、アカネ。少しでいいから私に任せてくれる?」 ノエル・・・それってちょっと黙ってろってこと? あ〜、まぁいいけどね。こいつとしゃべりたくないし。 「それでシオン。通してくれるのでしょう?」 「あぁ、仕方ないな。ついて来い。それと、私のことを呼び捨てていいのはルミナ様だけだ」 「はいはい、すみませんでした、第一騎士団隊長シオン・エリム・シュベルトライテ殿。それと、私も忙しいから早く案内してね」 「ふん、口の減らない」 「お互い様にね」 仏頂面のシオンとかいう女と呆れ顔で半分微笑んでるノエル。 この二人ってどういう関係なんだろう。なんかノエルのほうが優位っぽいな。 ていうか、ノエルがいなかったらこの女と一対一だったのか、最悪・・・。 性悪女は振り返って歩き出した。まぁついていくけどね、しょうがないから。 シオン、ね。大体こいつ何なの・・・・・・・・・待った、ノエルが何かとんでもないことを言ってたような・・・ って、ええええーーーーえええーーーー!!第一騎士団隊長って!!? それってあの、あの、あの女騎士、剣士なら誰でも一度は憧れるあの!? 白い甲冑を身に纏った近衛隊の隊長で、「プリンセスガード」のシオン・エリム・シュベルトライテ!? 「・・・・・・うそ」 「本当よ。幻滅した?」 一人前を歩くシオンに聞こえないように、ひそひそ声でノエルが耳打ちしてきた。 ノエルはあの女の言動には腹を立ててないみたい。 「この世の全てが信じられなくなりそう・・・」 「ふふっ、でもね、あれでいて結構素直でいい娘なのよ。だからそんなに嫌わないであげて」 「別に私は・・・」 だいたい向こうが私を嫌ってるんじゃないのかなぁ。 ノエルは「素直でいい娘」っていうけど、それはきっとノエルが聖職者らしく心がとてつもなく広いからで、 誰だってあの対応をされたら怒るって。少なくとも私には無理。 「あの娘ももうちょっと心を開いてくれるといいのだけどね。あ、でもこれから面白いものが見られるかも」 「面白いもの?」 「えぇ、とっても。だから私はシオンのこと結構好きなのよ」 きっと、ノエルはすごい大人なんだと思う。 歳はリルやリオンと同じだって昨日言ってたから、今日の時点では私の一つ上のはずだけど。 聖職者っていうのはみんなこんなに精神年齢が高いのかな。 ノエルのようにあの言動を前にしても微笑んでいられるくらい。 でも、それでもやっぱりノエルはすごいと思う。そういえばさっき言ってた第三室長という職位。 記憶が確かなら(自信ないけど)室長って・・・実務関係のトップだった気がする。 18歳で室長って、めちゃくちゃエリートなんじゃ・・・ 「ノエル、あのさ、室長って他の室長の歳は?」 「え?歳なんて聞いてどうするの?」 「あ、ううん。なんとなくね」 「えっと、確か・・・72歳と、50・・・くらいだったかしら」 「・・・すごい」 「そうね、クロウ様はとても尊敬できる方だし、トーマス様も素晴らしい方ね」 「違うよ、ノエルが。18歳で室長なんて」 「私?あぁ、若くして室長って?う〜ん、そうね、確かに私くらいの年齢では室長になった人はいなかったみたいだけど、 でもね、知ってるでしょ?大戦でプリーストが大勢亡くなって、それで空いたポストなのよ。だから別に私がすごいわけじゃないの。 自分を過小評価してるわけじゃないのよ?もちろん自分の能力には自信を持ってるし、背負えないほど重い役職だとは思ってない。 でも、肩書きなんてたいした意味はないの。誰よりも素晴らしい方が立場的には私の下にいたり、それに・・・」 そこでノエルは言い淀んだ。でも、私はついつい聞いてしまった。 「それに?」 「・・・・・・・・・そうね、貴女ならいいかしらね。リル、昨日いたでしょう?」 「うん、リルが?」 「本当ならね、たぶんリルのお父様が私の役職だったと思うのよ。私は直接お会いしたことないのだけど、リルとリルのお姉さんを 男手一つで育てながら、布教活動をし続けて・・・そうそうフェイヨンに行ったことはある?」 「フェイヨンには何度か。アマツに似てて居心地がいいから」 「フェイヨンの教会ってリルのお父様が作ったのよ。ローゼリア教会」 「・・・あ」 そういえば、リルのフルネームってリル・ローゼリアだって言ってた。 「ね、フェイヨンってたぶんアカネたちと同じ宗教が浸透してて、文化も習慣も何もかもが違っていて。 そこに教会を建てたの。それってきっとすごいことなのよ。私には想像もつかないくらい」 「じゃあどうして・・・その、リルのお父さんは?」 その言葉を口にしてから、何をいまさら聞いているんだって、気がついた。 そんなこと分かりきってるじゃない。 「えぇ、そう。亡くなったの。大戦の終結する直前。平和が戻るのを見届けることなく、ね」 私はまだそういう機会に出くわしたことはないから、いやきっとこれから先もないって信じたいけど、 人間と人間の戦争では真っ先に狙われるのは補給部隊だったり、プリーストだったり、そういった生命線なのだ。 だからこそ、数では少ないとはいえ、聖職者たちの死亡者数の割合は高かった。 大戦には私は参加していない。アマツの人間なのだから当たり前といえば当たり前だ。 私はその頃はまだアマツに居た。 今更だけど、きっとノエルやリルの世代には親や友達、仲間を亡くした経験のある人たちばかりなんだ。 あぁそうか、だからみんな大人びて見えるんだ。死は人を成長させるもの。 私だってこれでもたくさんの死を見てきた。でも、それは全部他人だった。 近しい人を亡くしたことは・・・ない。両親も妹も国で元気に生きてる。 「こう云うことさ、簡単に聞いちゃいけないんだろうけど、ノエルもやっぱり、その・・・」 「んー、どうかな。私の場合は両親も妹もちゃんと生きてるし、他の人たちに比べたら全然」 言いよどむ私の言葉が通じたみたいで、全て言葉にしなくても言いたいことが分かったらしい。 その証拠に聞きたいことを答えてくれた。 「そうなんだ」 「プロンテラって、アカネから見てどう?やっぱり人が大勢居て賑わってて平和でっていう感じなの?」 「え?あ、うん、他の村とか町と比べたらすごい賑やか、かな」 突然話が町の話になったので一瞬ついていけなかったけど、なんとかすぐに答えられた。 「私は生まれたときからプロンテラに住んでるけど、戦争中は別にして、今の状態ってそんなに賑やかだとは思わないのよ」 「え?」 「だって、人が少なすぎる」 「・・・・・・・・・」 とっさに言葉が出なかった。この大陸で最も栄える王都プロンテラ。今日も朝からたくさんの人で賑わっているって、そう思っていた。 「私、リル、リオン。同い年の仲間で生き残ってるのは、3人だけになってしまったわ。昔はそれこそ何十人も居たのにね」 「そんなに・・・」 「ごめんね、こんな事話して。でもね、運命論ってほんの少しだけ信じてるの。私たちとアカネが出会ったこと。今一緒にいること。 それはきっと意味があることだって、そう思ってる。これから先きっと信じられないくらい過酷な未来が訪れる。私たちにも貴女にも。 もしかしたら、貴女と戦う日が来るかもしれない。命を掛けて。大切なものを守るために」 まさか、そんなことありえないって。そう言おうとして、言えなかった。 たぶん今、ノエルは本当に真剣に話してる。 歩きながらだけど、場所はお城の中なんて私にとっては現実味のない場所だけど。 「今のうちに言っておくわね。私は優先順位の高いものを守るためなら、誰とだって戦う。そう決めてる。例え貴女とでも。 でも、せっかくこうして出会ったのだから、できれば戦いたくない。だから、これは私のわがままだけど、もし敵として、 貴女ともう一度会うことになったら、そのときは・・・」 「・・・・・・」 「仲間裏切って私の仲間になってね(ハート)なんてね、あはっ」 ガクッ いきなり真剣モードから初めて見る、なんていうか女の子モードに変わったノエルの言葉にコケそうになった。 「あのね、びっくりするから・・・」 「そろそろ黙りましょうか。着いたみたいだし。それと、私はまだ17歳よ。誕生日まだなの」 また突然真剣モード。あぁ、シオンが立ち止まってこっちを見てるからか。 ていうか17歳!? ってそうだよ・・・リルとリオンが同い年で、私も同い年で、二人とノエルも同い年で・・・・・・ 誕生日がまだなら正真正銘私と同じ年齢だ。 「はぁ〜・・・」 私は深いため息をついた。そりゃため息も勝手に外出しちゃうよ。 「どうしたの?」 「なんか、色々自信なくなってきた・・・」 「??」 ノエルにはわからないだろうなぁ、私のこの無力感。 姿かたちから話し方から地位から精神年齢から全部ぜんぶぜーんぶ、私ってノエルに負けてる気がするよ・・・ リルも同い年とは思えないくらい落ち着いてたし、リオンは・・・・・・まぁ私と同じ匂いがするけど。 うぅ、泣けてくる。 チラッと横を歩くノエルを盗み見ると、さらにため息がでた。 なんなのこの差は? 私は真っ黒パサパサの疲れきったような髪。ノエルはサラサラストレートのサファイヤのような髪。 私はアマツでは平均的な身長とプロポーション。ノエルはスレンダーなバディ、ボディ、ボン・キュ・ボン。 私は・・・・・・・・・やめよう。これ以上自分を追い込んだら立ち直れない。 「お前たち、さっきからこそこそ話をしているようだが・・・」 「はいはい、言葉を許されるまで今から黙ります。でもその前に、どうしてこんな場所に連れてこられたのか聞きたいわね」 私にはノエルの言った「こんな場所」という意味はよく解らなかった。 「ルミナ姫がいらっしゃるのはこの部屋だからだ」 そう言ってシオンはすぐ目の前にある部屋の扉に視線を向けた。 よくわからないけど、こんなところにいるの? なんだか普通の部屋に見えるけど・・・ 「ルミナ様、シオンです」 扉に向かってそう言うと、部屋の中から「どうぞ」という声が聞こえた。 今の声がルミナ姫の声なんだろう。たった一言なのにとても上品な言葉に聞こえた。 その言葉を受けたシオンがまた私たちの方に向き直り、 「入れ」 という言葉と同時にその扉を開けた。 中は白を基調としたシンプルな個室で、だけど明らかに女性の部屋であることがわかる位、 そこかしこに女性的なアンティークっぽいインテリアが見受けられた。 まず目に付いたのは自己主張の強すぎないピンクのカーテン。暗くなりすぎていない茶色い木の机。 その上に置かれたティーポットやブックカバーがしてある何冊かの本。机の横の大きな柱時計。 皺のまったくないシーツ、嫌味すぎない高級そうなベッド、などなど。 「ご苦労様」 「もったいないお言葉でございます」 そして部屋の中央に立ってシオンにねぎらいの言葉をかける一人の女性。 シオンよりも輝きを増したプラチナブロンドの長い髪、はじめて見るヒラヒラのふわふわしたドレスを纏ったその人こそが・・・ 「お前、何を馬鹿みたいに突っ立っている。ルミナ様の御前だぞ」 シオンの言葉に言い返しそうになったけど、なんとか思い留まれた。 「え、あっ!」 隣を見れば、床に左膝を付いて頭を垂れているノエル。 私もそれに倣って膝を床に立てた。 「いいのよ、シオン。ここは謁見の間ではないのだから。久しぶりねノエルさん」 「はい、ルミナ様も変わらずご健勝の様子。慶賀に存じ上げます」 「ありがとう。でも、そんなに畏まらないで」 「はい、それではいつも通りに」 ノエルはルミナ姫に負けない位優雅に微笑んだ、と思う。見えないからわからないけど。 「それと、そちらの方」 ・・・えっと、私? 「は、はい」 どうやら私は緊張しているらしく、どもってしまった。 「初めまして、私はルミナ・アルカディア。貴女のお名前を聞いてもいいかしら?」 なんとも、まさか先に名乗られるとは思ってなかった。しかも私の名前をどうやら聞いているらしい。 こんなことなら優雅に名乗れるように練習しておくんだった・・・後悔先になんとやら。 「わた、私は、その・・・アカネ・サカキと申します」 「そう、アマツの方ね?」 「はい、そうです。アマツからやってきました」 なんだかもうよく分からない。アマツからやってきました、っておかしいでしょ・・・自分。 「ここは私室なのですから、普通に目を見てお話しましょう。ノエル、アカネ、面を上げて頂戴」 「はい、それでは遠慮なく」 ノエルが立ち上がったので、私もそれに倣って立ち上がった。 再びルミナが視界に現れる。 「シオン、アカネさんに失礼なことは言いませんでしたか?」 「・・・いえ、そのようなことは・・・」 一瞬言葉に詰まったけど、シオンはそれを否定した。嘘つきめ。 「ルミナ様、嘘ついてますよシオン。それはもう酷い応対でした」 ノエルはいつのまにか机と一緒にあった椅子をこちら側に回転してそこに座っていた。 ルミナ姫ですらまだ立ってるのにいいのかな。 「ちょ、お前・・・」 ノエルの証言にさっきまでの尊大な態度はすっかり消えて、まるで軽い悪戯を見つけられた子供のように焦っていた。 「シオン・・・」 「はい」 「だめでしょう、お客様には丁寧な応対をしないと。せっかく訪ねてきてくれたのですから」 「・・・申し訳ありません」 「謝る相手は私ですか?」 「その、アカネ・サカキ・・・・・・さん。すまなかった」 ルミナ姫に窘められているシオンってなんだか子供みたい。 母親っていうほどの歳じゃないのに、ルミナ姫がシオンの母親みたいに思えた。 「あ、ううん、気にしてないから。こっちも悪かったのかもしれないし」 とりあえず自分に非はないとは思ったけど、なんとなくルミナ姫の手前穏便に済ませたかった。 というよりもなんだかノエルの言ったとおり、シオンが素直でいい子に思えたのだった。 まぁ、きっとルミナ姫の前でだけなんだろうけど。 そうしてルミナ姫の仲立ちでとりあえずの仲直り。 まぁ、別に喧嘩してたわけじゃないからちょっと違う気もするけど。 そのあとは予定通り預かった手紙を渡した。ルミナ姫は例の印を確認してすぐに読み始めた。 いや、読み始める前に「くつろいでいて」と言われたのでお言葉通りくつろぐ事にした。 っていってもやっぱり緊張する。今この部屋でのんびりくつろいでいるのは・・・ノエルだけ。 部屋には壁にくっついている机のほかに、中央に4,5人座れるくらいの円卓があった。 もちろんテーブルに座るわけじゃないけどね? もともとあった椅子3つにルミナ姫とシオンと私。ノエルは机のところから持ってきた椅子に座った。 よく考えると、考えなくても同じテーブルについているわけだ。これって結構すごい。 まるで自分の部屋にいるかのように振舞うノエルは、4人分の紅茶を淹れて自分だけ飲んでいた。 もちろん全員分用意してくれたけど、私もシオンも、手紙を読んでいるルミナ姫もまだ口をつけていなかった。 そうそう、実はこの部屋はシオンの部屋だったらしい。 確かに階段も上っていないわけだからルミナ姫の部屋というほうがおかしい。 でもまぁ、センスのいい部屋だと褒めておこう。かなり意外だけど。 「あら、飲まないの、猫舌?」 そう私に聞いてきたのはノエル。 この人には恐れるものはないのだろうか。 「ううん、そういうわけじゃないけど・・・」 なんとなくルミナ姫が手紙を読み終えるまで待たなくちゃいけないような気分なんだよね。 「冷めたら美味しくないわよ。あ、緑茶のほうがよかったのかしら」 「そんなことはないけど。それじゃあいただきます」 カップを持って紅茶を飲むまでノエルはじっと私の方を見ていた。 そんなに見られたら飲みづらいよ・・・ でも、緊張していたからか、気づかないうちにノドはカラカラだったようで、一気に飲み干してしまった。 「どんな手紙だったんですか?」 いつのまにやら手紙を読み終えていたようで、ノエルが今度はルミナ姫にそう尋ねた。 丁寧語は使っているものの。友達のような話しかけ方だったのが気になる。 「そうですね、友人・・・といったらいいのでしょうか。その友人からの重要な手紙でした。内容は少々お話しするには憚られますが」 「そうですか。ところで、どうしてシオンの部屋にいらっしゃったのですか?」 「最近は頻繁にシオンの部屋に匿ってもらっているのですよ」 匿って?誰からか逃げてるの? なんかお姫様の言葉とは思えない。 「あはは、なるほど」 ノエルは、あはは、なんてこの場にも彼女にも似合わない笑い声を上げた。 「ノエルっ!なんていう笑い方をっ」 その笑いに反応してシオンが諌める。そりゃあ、お姫様相手に「あはは」はまずいでしょ ところが、ある意味やっぱり、なのかもしれないけど、ルミナ姫がそれを止めた。 「大きな声を出さないで。こういう風に笑ってくれる人は貴重でしょう?私の周りでは」 「しかしっ・・・」 「そうよ、シオン。僭越ながらも私はルミナ様に違った風を届けるために来ているのだから」 そうしてルミナ姫とノエルは互いに笑い合う。 なるほど、このふたりってもしかしたら似たもの同士なのかもしれない。 なんとなくだけど、そんな気がする。 「アカネさん、どうもご苦労様でした。この手紙はとても大事なものでした。あなたに感謝しなくてはいけませんね」 急に話を振られてちょっぴり焦った。 綺麗な女の人は急に話を振って驚かせるのが趣味なのか。そんなわけない。 「え、いえそんな。私もその手紙の依頼主に助けられたので・・・」 「そう。それでも、ありがとうございました」 「あ、はい、その・・・どういたしまして」 なんだかお姫様に御礼を言われるなんてちょっと照れくさい。 当然といえば当然だけど、生まれてからこっち、そんな機会なんてなかったから。 「さて、それでは来て頂いたばかりですみませんが、用事が出来てしまったので。シオン」 「はい」 ルミナ姫はシオンを傍に呼び、何かを耳打ちして、ごきげんよう、と言って部屋から出て行った。 とても短い時間だったけど、ルミナ姫との邂逅は今までにない独特の緊張感があった。 「二人とも、用は済んだはずだ。さっさと出て行け」 うわ、この女はルミナ姫がいなくなったとたんこれだよ。 だけどなぜだかその尊大な言葉もさっきよりはずいぶんましに聞こえた。 まぁつまりは、ちょっとしかむかつかないっていう意味で、腹立たしいことには変わらないんだけど・・・ 「そうね・・・・・・・・・。それじゃあ帰りましょうか」 そうね、の後に残っていた紅茶を飲み干してノエルは椅子から立ち上がった。 それに倣って私も腰を上げる。なんだか今日はノエルの真似をしてばかりだなぁ。 「シオン、それじゃあまた来るわ」 「暇なのか?」 「ふ〜ん、せっかく今度は美味しい紅茶を持ってきてあげようと思っていたのに。残念ね」 「ぐっ、仕方ないな。来たければ勝手に来い」 ふむふむ、シオンは紅茶の葉っぱで言うことを聞く、と。 これはなんとなく覚えておいたほうがいい情報な気がする。 ていうか、シオンって結構可笑しい。 「お前、何をにやにやしている」 おっと、思わず表情筋が収縮していたみたい。 「べっつにー。それじゃあ用は済んだし、言われたとおりさっさと帰るね」 「この、どいつもこいつも・・・。だいたい剣士風情が私にため口など・・・」 「いいえー、所詮町娘のような格好で謁見にくるような人間ですから〜。口の利き方知らなくてごめんなさい」 「このっ!」 「はいはい、シオンもアカネも仲いいのはわかったから。早く帰りましょう」 そこでまたもやノエルが間に入ってくる。 「「誰がっ!」」 「ほら、ね。さてと、えっと・・・シオン・エリム・シュベルトライテ殿、本日の謁見許可に感謝いたします。それでは」 そういってノエルは私の背中を押して部屋から一緒に出た。 肩越しに後ろを見ると、シオンが何か言いたそうな顔をしていたけど、ノエルがさっさとドアを閉めてしまったので、 結局そこでシオンとはお別れ。まぁ、もう会うこともないだろうし。 そう考えると不思議なもので、さっきまでのムカつき加減も釣瓶落としのようにすっかり落ち着いた。 「さぁ、私も午後から色々やらなくちゃいけないことがあるから、早く出ましょう」 ノエルは私を先導するように前を歩き出す。 なんだか私が方向音痴だから出口がわからないと思っているんじゃないかって、そんな風に思えたけど、 そんなこと知ってるはずもなく、だからとりあえず黙ってついていくことにした。 もうすでに出口がどっちなのかわからなくなってたのは秘密。 6話へ |