雨が降って上がって、ジメジメした空気が纏わりつくようになった。 もう夏も終わりだっていうのに、体中汗だらけ。 ネンカラスって浴場あるのかなぁ、あったら私的には最高なんだけど。 いや、そもそも部屋が空いてるのかどうかわからないし。 でもとにかく、縋った藁にしたがって流れるようにネンカラスにやってきた。 「はい、ちょうど一部屋先ほど空きましたのです。キャンセル待ちもないのであなたラッキーなのです」 ぶっちゃけ言葉遣いのおかしな受付嬢の案内で二階の部屋に通された。 狭い一人部屋だったけど別にかまわない。プロンテラに長居するつもりはないし、 気が変わったらまた新しくいい部屋を探せばいいだけだ。 ていうか、よく考えたら手紙を何とかするまで何も決められないじゃん。 いや、待った。それをなんとかするためにこうしてネンカラスに来たんだっけ。 無意識のうちにお風呂の用意をして出て行こうとしてる場合じゃないよ。 そう、ネンカラスにはなんと浴場があったのだった。ナイス。 私の国と違って香水で誤魔化すことが多い文化だから半分は諦めてた。 なかったら北東の森の温泉まで行ってやるっ、なんて思ってなかった。ホントに。 まぁ、そんなわけで、あったものはしかたない。 窓から外を見ればまだ太陽の残滓は残ってるし、きっと大丈夫。 ていうか、女の端くれとしてお風呂は最優先事項だ。 第4話 『棚からぼた餅。略してたなぼた』 「いやぁ〜、お風呂ってほんっといいものですねぇ〜」 誰に言うのでもなく、心からの感想を述べた。 ちなみにもう部屋に戻ってきている。 部屋は満室のはずなのに思ったより浴場には人がいなかった。 きっとこれも文化の違いで、いわゆる裸の付き合いっていうのはあまりお気に召さないのだろう。 そんなわけでほとんど貸切状態のお風呂は最高だった。 気がつけばもうすっかり夜の様相で、まだ蒸し暑いとはいっても、やっぱり過ごしやすく感じる。 そろそろ秋の気配が忍び寄り、気がついたときには背後を取られ危機一髪。意味不明。 つまりは夏ももう終わり。砂漠超えも楽になってくる。 好き好んでソグラト砂漠なんて入らないけどね。 しばらくベッドに体を投げ出してうつらうつらしてきた頃、唐突に思い出した。 一々忘れすぎだけど、一階の酒場に居ないといけなかったんだった。 「一応持っていったほうが・・・いいのかな」 預かった手紙を持っていくか一瞬悩んだけど、なんとなく持ってたほうがいい気がする。 きっと、この手紙の特徴的な印って特別な人にはなんだか分かるんだ。 で、きっと向こうが見つけてくれる、と。 「楽天的過ぎかな」 でも、他にないしね。たぶん。 どっちにしても、お酒を飲みに行くのには賛成。 賛成1、反対0で可決。 「よし、行こうっと」 そうして私はめんどくさかったのでわざと部屋の鍵を掛け忘れ、酒場へと向かった。 念のため、というか高そうなので黙って借りてきた刀も持って。 これまた都合よく、一番奥の席が空いていた。 というよりまだあまり人が居ない。もっと遅くなれば増えてくるのだろうか。 刀はすぐ後ろに壁があったので立て掛けて、とりあえずしばらく待つことにした。 何を待つのかはわからないけど。いや・・・誰を、かな。 手紙はテーブルの上に。発酵させた麦茶も。適当なおつまみも。 そうして少しずつ増えてくる客を観察し始めた。 人間観察は面白い。特にこういった場所では。 さすが王都だけあって一般人もどことなく気品がある。 モロクは言うに及ばす、アルベルタやゲフェンよりも平均的に余裕がありそうな人が多い。 でもやっぱり、一番目立つのは騎士だ。 どうして鎧を着たまま飲みに来るのか理解できないけど、とにかく多い。 騎士、ハンター、プリースト、騎士、騎士、商人、騎士。 まぁ、貴族の一番下にギリギリ配置される程度のいわゆるフリーナイトばっかりだけど。 格好も微妙だしね。一〜五まである騎士団に所属していない騎士ばっかりだ。 いや、つまり二軍という意味で、実質剣士と変わらない。身分という意味では。 「たはー、ほんとお姫さまと会わせてくれそうな人なんて来るのかなぁ」 いつのまにか周りのテーブルは埋まっていた。 残ってるのは私のところだけ。 私はがくっとテーブルにうつ伏せになった。 そもそもこんな酒場に来るのかな、貴族とか聖職者とか・・・ と、内心諦め始めようかどうか悩み始めたときだった。声を掛けられたのは。 「ねぇねぇ、君ひとり?。よかったら今夜俺と一緒に飲み明かさない?」 一人のカッコイイ男が話しかけてきた。金髪、整った顔、最近では最高にいい男だった。 「・・・・・・リオン」 その男と一緒に来た赤毛のプリーストが懐から聖書を取り出し・・・ 「ん、なんだ?げふっ!」 角で殴った。・・・めっちゃ痛そう。 「神よ、哀れなるアホの友人をお救いください」 「か、神と紙を掛けたのか・・・がくっ」 あぁ、このカッコイイ男は・・・馬鹿なのか。 少なくともお笑い関係の方だ。残念。 「あの・・・私はどうしたら」 とりあえず、余所行きモードで尋ねてみた。 「すみません、実は他に席があいてなかったので、よければ相席をお願いしたいんです。 もう一人友人が来るのでなかなか席がみつからなかったもので」 赤毛のプリーストがすまなそうにそう言った。なるほど、こっちはツッコミか。 まぁさすがにプリーストだけあってどことなく聖なるオーラを発している感じがする。適当に言っただけだけど。 「一緒にのみましょ〜」 そして、初めて言葉を口にした少女。なんだか天津の巫女さんみたいな格好だった。 頭には耳のアクセサリー。正直、ネコミミだとかウサミミだとか馬鹿みたいなアクセサリーだと思っていたけど、 この娘にはびっくりするほど似合っていて、やっぱり服装とかアクセサリーは人を選ぶんだなぁっと思った。 話しかけてきた三人は(一人倒れてるけど)、騎士、プリースト、・・・・・・巫女? 「はぁ・・・なるほど。・・・・・・・・・あ」 そこでやっと気がついた。明らかに周りの騎士とは違う騎士の倒れているお笑い系騎士、赤毛のプリースト、謎の巫女服少女。 少女はともかくこの騎士って第五騎士団の人だ。だったらたぶんプリーストの人とパーティを組んでて、もしくは友達で、 先の大戦で激減したプリーストをパーティに加えているならきっと、貴族。かもしれない。 いや、こっちのプリーストももしかしたら結構いい身分なのかも・・・ そう思ったときにはもう手紙を掴んでそのプリーストの目の前に差し出していた。 「これは?」 「これ知ってる。手紙だよねー」 反応は薄い。外れ、か。 「ううん、私の勘違いだったみたい・・・」 そうそう都合よくはいかないか・・・ 「それって・・・」 反応あり!? 「知ってるの!?」 思わず立ち上がって詰め寄ってしまった。赤毛のプリーストはたじろいでいる。失敗。 「え、えぇ。一応知ってますが・・・」 「よかったー。あんまり期待してなかったんだけど、でも助かっちゃった」 この印を知っている、ということは少なくとも前進したってことだ。 ここから藁しべ長者のように・・・ とか思っていたら、その後の展開がすごかった。 自己紹介を済ませた後に現れた三人のうちの一人がなんと、ルミナ姫の妹だったのだ。 藁しべ長者どころか、棚からぼた餅、略してたなぼた。 ぼた餅どころか、棚から・・・えっと、金の延べ棒。 ・・・・・・ボキャ貧は辛い。 トントン拍子で話は進んで、レナ姫様が話を通してくれることになった。 これはもう間違いなく一気にゴールイン決定。 そんなわけで目的が達成できると分かってからはお酒をジャンジャン頼んだ。 ジャンジャン頼んだかからジャンジャン飲んだ。 そしたらやっぱり限界は早くて、二時間弱で私は部屋に戻ることにした。 「それじゃ、本当にありがとうね。みんな」 「いいってことよ。職権は乱用するためにあるってな」 ガゴッ 「お休み。ルミナ姫によろしくね」 再び聖書の角でリオンを眠らせたリルがそう言った。 もしかしてこの人すごい人なのかも。とりあえず聖書の使い方がすごい。 「ルミナ姫もお仲間?」 「う〜ん、仲間って言うのはちょっと違う気もするけどね」 でも、完全に否定しないくらいの仲ではあるわけだ。 「きっとそのうち恩返しするから」 受けた恩は返す。これは私の流儀。今決めたんだけど。 「気にしないでいいよ」 「うん、適当に気にしておく」 「あら、アカネ、もうお休み?」 今度はノエル。騒いでいたから気づかなかったのかも。 「飲みすぎちゃったからね、明日もあるし、おやすみなさい」 そう結んで私は酒場を後にした。 フラフラと階段を上って部屋に戻り、ベッドに倒れこんだ。 今日はすっごい楽しかったなぁ。いい人たちだったし、面白かったし。 私も合わせて、1,2・・・7人かぁ。大人数のパーティっていうのも楽しいのかも。 こう見えて好き嫌いの多い私は少数のパーティしか組んだことはなかった。 しかも期間限定。当たり前だけど。 つまり、クエストとかそういうときだけだったから、ちょっと羨ましかった。 なんていうのか、見てて分かる仲のよさっていうか。 リオンは馬鹿キャラで、顔はいいけどイジメられ役。でも実は結構ちゃんとしたヤツなのかも。 一見軽薄でお馬鹿な感じだけど、底が浅いとは思わなかった。 リルはどっちかっていうと大人しい、っていうより聖職者らしい、かな。 リオンに対して過激なツッコミしたり、若そうに見えて(実際一つ年上だったけど)しっかりしてたり。 赤い髪は結構評価の分かれるところかもしれないけど、私はいいと思う。私なんて真っ黒だし。 そういえばリル・ローゼリアって名前聞いたこと会った気がする。どこで聞いたんだろう・・・ ヤファはなんかホント穢れを知らない子供っていう感じで、こんな妹がいたら相当可愛がるんだろうなぁって、そんな感じ。 この娘は結構謎。一番リルに懐いてるみたいだったけど、兄妹にも見えないし、複雑な事情がありそう。 ノエルはものすっごい綺麗で、髪の色とか宝石みたいだし、美人だし、なのに上品ぶってないし。 彼女もプリーストだからリルと一緒でやっぱりちょっと大人な感じだし。でもサバサバしててかっこいい女って感じ。 あーゆー風にはなれないなぁ。黒曜石とサファイヤじゃあ・・・勝負にならない。こうまで完璧に負けると気持ちいい。 ちょっと悔しいけど。 マナはさすがノエルの妹だけあって、まだ幼いしあか抜けてないけど将来が楽しみ。大人しくて守ってあげたいって、 そう思わせるところはノエルとは正反対だけど、そこが魅力なのかも。私には無理。 そいえばアコライトだって言ってたけど、アコライトってお酒飲んでもいいんだ・・・ そして、レナ。レナ姫。さすがお姫様は上品を地でいってる。 酒場なんていう場所でも時々見せる上品さは世界の違いを再確認させられる。 昔はお姫様にもあこがれてた時期があったっけ。それが今や賞金稼ぎの剣士・・・まぁ、今の自分は結構好きだけど。 そうそう、実は私は賞金稼ぎなんてことをしてたりする。 もちろん、そればかりでは生活できないけど、大きな収入はこれに頼ってる。 だからかもしれない。人間観察をいつもしてしまうのは。記憶した顔がないか探してるんだと思う。無意識のうちに。 まぁ、モロクならともかくプロンテラじゃあ無駄だろうけど。 「う・・・うぅ、眠くなってきた」 明日は早く起きて謁見なんだから、早く寝ないといけないんだった。だったらちょうどいいや。 結構寝つきはいいほうだから、気がついたら朝になってるだろう。 二日酔いだけにはなりませんように。マジそれホント洒落にならないから。 |