第3話 『さようなら、雨降らしさん』






そんなこんなで、着きましたプロンテラっ!
しばらくゲフェン生活してたから、こんなに人が大勢いるのを見るのも久しぶり。
ゲフェンも少しずつ人が増えてきたみたいだけど、やっぱり少ない。
しかもアルナベルツの軍服を着た人ばっかりだから華やかさに欠けるしね。

今はお城通り抜けられないから、ちょっと遠回りして西門からプロンテラに入ったけど、
西門辺りも結構賑わってる。私は兵隊さんについて騎士団本部までやってきたところ。
本部にはやっぱり騎士ばっかりいて、少し居心地が悪い。
正直場違いだと思ったけど、なりゆきでついてきてしまった。
やっぱりごはんをおごってくれるって言われたら断れないもんね?

「アカネさん、何食べたいですか?」

椅子に座ってぼ〜っとしていると、いつのまにか一人の男が隣に立っていた。
一瞬誰かと思ったけど、なるほど、着替えてきたんだ。

「誰かと思った」

「あはは、やっぱり服装が変わるとわかりにくいですか?よく言われますよ」

よく言われるらしい。まぁそれはそうかも。
鎧と普段着の差は相当なもので、正直鎧がなければただの一般人に見える。

「アルベルトは騎士っぽくないね。周りにいる人たちと違って」

そういって辺りの騎士たちに視線を向けた。
仮に彼らがプリーストだとしたら、それだけで神様を冒涜してそうなごっつい顔の人。
私の2倍くらいの大きさなんじゃないかと思う大男。
そんな人たちばっかり。

「それもよく言われます」

「でも顔で戦うわけじゃないから。体力は必要だけどね」

「えぇ、もっともです。それで、何食べましょうか」

「おいしいのが食べたい」












「ごちそうさま〜」

「気に入ってくださったようでよかったです」

アルベルトの案内でプロンテラの町の南西地区の屋台での食事。
最初みたときはホントどうしようかって思うくらい、控えめに言ってもぼろっちい店だったけど、
さすがプロンテラ住まいだけのことはあるみたいで、すっごい美味しかった。
貴族っぽかったからこういう穴場を知ってるようには見えなかったけど、
あまり地位を鼻にかけない性格なんだろう。おかげで安くて美味しいお店を知ることができた。

「それで、やっぱりお城に行かれるんですか?」

「うん、用があるから」

食事をしながら私の用事の内容を当たり障りない程度に話した。
別に秘密にしてほしいって頼まれたわけじゃないけど、なんとなくね。

「そうですか。何かお役に立てればよかったんですけど・・・」

「ううん、これくらい自分で何とかしなきゃ。もしかしたら入れてくれるかもしれないし」

アルベルトの話では、戦争が終ってから今までずっとお城の出入りが制限されていて、
とくに私みたいな流浪の民というか冒険者、つまり住所不定の怪しい人間は紹介状なんかがないと入れない
さらに2週間くらい前からお城勤めの人しか入れなくなってしまった。
というわけで、本人は言わないけど結構いいとこのお坊ちゃんっぽいアルベルトでも
今はどうしようもないらしい。

「また何かあったらお願いするね」

「はい、いつでも力になりますよ。それじゃあもう行きます。待ち合わせがあるので」

そう言ってアルベルトは小さく笑顔を浮かべた

「そうそう、言い忘れてたけど、その口調慣れてないんだったら無理しないほうがいいよ」

「あ・・・やっぱりわかりますか?」

「ま、私って勘はいいほうだし」

アルベルトは昨日会ったときからずっと丁寧な口調だったけど、どこか不自然なところがあって、
なんとなくだけどそういうのって昔からわかっちゃうんだよね。

「う〜ん、上からいろいろ言われるし、使うときもあるから気をつけてたんだけど・・・」

「まだまだってことね。でも、いい線いってたよ。でも次会ったら普通にしゃべってくれていいから。
 私もこんなしゃべり方だし、敬語ってちょっと疲れちゃうからね」

「わかりまし・・・わかった。こっちも言わせて貰うと、呼び方は『アル』でいい」

「アル、ね。またご飯おごってよ、アル。屋台でいいからさ」

「了解。それじゃあまた」

「またね」

別れの挨拶を交わすと、左手を顔の高さまで上げて去っていった。
アル、か。結構いい男だったけど、左手の薬指のアクセサリーがなければもっとよかったかな。
でもまぁ、どっちにしても私には関係ないか。

「さてと、一応お城行ってみよっかな」








アルに教えられたとおり門前払いだった。
わかっていてもちょっとムカついたけど、こればっかりはしょうがない。
楽な仕事だと思ったけど、もうちょっとのところで大きな壁があった。

こういうとき知り合いに地位の高い人がいたらいいんだけど、
生憎そんな知り合いいないし、紹介状を手に入れるのは諦めよう。
紹介状っていってもお城に入れるだけじゃなくて、
お姫様に謁見できるくらいのコネじゃないと意味ないし。
となるとやっぱり、

「忍び込む・・・とか」

ううん、ダメダメ。広すぎて何処に誰がいるのかわからないし、
警備は厳重だろうし、そもそも内部構造もわからないし、
あ〜もぉぜんぜん考え付かないよ・・・

とりあえずプロンテラに来るのも久しぶりだったし、都見物でもするにしよう。
都見物って言わないかな?年寄りくさいかも・・・
それにしても、相変わらずプロンテラは人が多い
もちろん前から人口は多いけど、なんていうか他の町とは比べ物にならないくらい賑やか。






中央広場を通って南へ歩く途中、突然雨が降ってきた。
喧騒で気づかなかったけど雷も鳴ってるみたい。
あっというまに青空もなくなって、大粒の雨が町を叩きだした。
蜘蛛の子を散らすように人々は走り回って近くの建物に吸い込まれていく。
すぐに止むだろうから屋根のあるところで待つことにした。
雨どいを伝って雨水が涙のように落ちる。
昔、居合いの修行でこれを切る、っていうこともやってたっけ。

「今日も夕立かぁ」

雨脚はだんだん強くなってきてる。
まだ夏だからしょうがないけど、服が濡れるのは嫌だな。
これは早めに宿を探したほうがいいかも。
確か東西通りに大きな宿屋があったはず。
えっと、名前は・・・

「ネンカラス、であろう」

不意に私の疑問に答える声がした。

「・・・・・・そう、確かそんな名前だったかな」

いつの間にか私の隣に女が一人、仰々しい口調の割りには若い。
私よりも年上だろうけど、三十路には届かないと思う。
フードからこぼれたブロンドが黄金のように煌めいてる。
顔は向けないで視線だけ横に向けて探ってみても、怪しい気配はない。
それは違うか。話しかけられるまで気づかないなんて。
そんなの普通ありえない。
しかもこの女、

「おぬしは判りやすいのでな、考えてることくらいは読める」

「そう、それで貴女は私に何か用事でも?」

聞きながら腰の刀を確認した。
居合いなら刀のほうがいい。

「なるほど、腕に自信有りか。だが、わしには届かぬよ。それにここでやり合う気はない。
 ひとつ助言でもしてやろうかと思ったのだが。いらぬか?」

その言葉に左手を鞘から離した。

「そうね、貰える物は貰っておく主義なの。それで、初めましての貴女が、私にどんな助言をくれるの?」

「今宵は宿に泊まり、夕餉の後、一階にある酒場の奥に居るがよい。預かったものを持ってな」

「どういうこと?誰か来るの?それにどうして知ってるの?」

「今はただ聞けばよい」

聞けばよい、って何様っていう感じ。
でも正直助かった、かな。とりあえず今日やるべきことはできたし。
まさか罠なんてこともないだろうし。

「ところで貴女、預言者かなんか?」

「ただの魔術師だ」

よかった。預言者だけは信用するなってお母さんが言ってたから。

「一応お礼言っておくね。ありがとう」

「うむ、悪いようにはならぬはずだ。さて、わしはもう行こう。雨も上がる」

彼女はそう残して空の下に出て行った。
雨も彼女を濡らさないように上がったみたいだった。
きっとそのとおりなんだろう。

「さようなら、雨降らしさん」

彼女は立ち止まって振り返る

「勘は良い。だがその呼び名は気に入らぬ。夏の雨ならフレイがよい」

「男だったの?」

「どちらでもよい」

「本当の名前は?」

「次に会ったら教えよう」

次に会ったら、ね。まぁ私も教えてないし、たぶん教えてもらっても意味なさそうだし。

「じゃあ改めて、またねフレイ」

「うむ、また会おうアカネ」

最後に目を少し細めて去っていった。
なるほど、ずるいね。教えてもいないことを口にするなんて。
便利そうだけど、嫌な力。
不思議とそれほど彼女自身に対しては嫌悪感はなかったけど。


フレイの退場と同時に雲の間から青空が覗いていた。
どこかで雨宿りしていた人たちもまた建物から吐き出されて広場へ向かっている。
とりあえず、えっと、『ネンカラス』に行ってベッドを確保しないと。
きっと今夜宿に誰か私に協力してくれる人が来るんだろう。
怪しいといえばかなり怪しかったけど、なんとなく彼女の言葉には従ったほうがいい気がする。
どっちにしてもお城に入るあてもないし、まだ溺れてないけど藁にはすがっておこう。










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