満月がとても明るい


静謐とした草原を緩やかに照らしている


さっきまで風に揺れていた草たちも


囁きをやめ、今はただその蒼を月明かりに留める


こんなに静かなこの場所なら


手紙を届けるようにしっかりと


あなたに届いてくれるだろう


あのときの私が言えなかった言葉は


今の私が言わなくてはいけないから






































「ありがとう・・・あなたがいてくれて本当によかった・・・」




 





























第1話 『こんなのありえないっ!!』



















夢から醒めた。
頭はハッキリしてるけど、さっきまで見ていた夢がどうしても思い出せない。
とはいっても、夢ってだいたいそういうものだし、特に気にしない。
ゆっくり起き上がって部屋を見回すと、四隅に明かりが見えた。
知らない場所。こんな暗い部屋にひとり、床で寝ていたみたい。

「ここは・・・・・・・・・」

辺りを見回しても誰もいなかったし、何もない。
足元を見ると黒く魔方陣が書かれていた。
たぶん移動用のだと思うけど、今は動いてないみたい。

「ゲフェン・・・のどこかならいいんだけど」

目覚める前はゲフェンにいた。
でもたぶん、もうここはゲフェンじゃない・・・と思う。
となると何処なんだろう・・・
2秒くらい考えてみたけど答えは簡単。

「ここから出れば分かる、よね」

この部屋にいてもしょうがない。
さっさと頭を切り替えて行動に移すことにした。
私って寝起きは良いほうだから。

正面に扉があったのでそこから出ることにした。
石の床がたてる足音が大きな空間に響いてる。
これはちょっとひとりじゃ怖いかも。
ときどき横とか後ろとか振り返ってみたけど、やっぱり誰もいなかった。



扉は鉄みたいな金属でできていて重そうだった。
ノブがついていたので思い切って引いてみた・・・開かない。
押すほうだったみたいなので今度は押してみた・・・開かない。

「あれれ?」

ノブを上へ下へ回しながら押したり引いたりしてみたけど開かなかった。

「もしかして鍵でもかかってるのかなぁ・・・」

いきなりこんな障害があるなんて聞いてないよぉ。
どうしよう無理やり開けちゃおうかな。
そう思って腰にある剣を確認した。
ちゃんと一番いいやつを持ってきてる。
これなら鉄の扉くらいは壊せる・・・と思う。

「さてと」

壊すかどうか迷いながら扉を見ながら考える。
よく見てみるとこの扉、なんか変。
あ、もしかして・・・
私はノブに手をかけて横に押してみた。
すると鉄の重い扉は大きな音をたててようやく開いてくれた。
同時に太陽の光がやわらかく部屋に注ぎこんだ。

「こんなのありえないっ!!・・・いじめなのっ!?」

でも一応開いたし、気を取り直して部屋から出よう。
一人で怒ってても虚しいしね。




外に出たけどやっぱり何もなかった。
あるのは石造りの建物と緑だけ。
昼なのにあたりには人はいない。
街中なら聞こえてくるはずの生活の音もない。
ゲフェンの街のつくりと似てるけど、なんだかすごい違和感。
どこかがおかしいんだけど、どこだろう?


ここはどこだろうとか、どうしてこんなことに、とか考えていたら、
左のほうから足音が聞こえてきた。
視線を移すと遠くから一人、こっちに歩いてくる。
足音は高く遠くから響いてくる。
でもどうしてだろう。
足音は一つだけ。
他には誰もいないのかな。

人影はぎりぎり私と視線が合うところまでくると、
目配せをして来たほうへ振り返って歩き出した。

ついて来いって言いたいのかな?
もしかしたらしゃべれないのかも。
しょうがないのでついていこう。
なんだか変な展開だけど、危険な感じはしないし。

それにしても不思議。
音のない街を何もしゃべらない人について歩く。
そのひとは一度も振り返らない。
私は付いていきながら周りを観察していた。
周りは全部石でできた人工物と植物が少しだけ。
生き物はなにもいない。




しばらくしてその人は小さな家の前で足を止めた。
目的地に着いたのかもしれない。

「お入りください」

そう言うとその人は家の中へ入っていった。
なんだ、しゃべれるんじゃない。







それにしてもこんなにいい天気なのに、ここにくるまで誰ともすれ違わなかった。
お日様もあんなに・・・って、そこまで考えて上を見上げた。
さっきから変だと思ってたけど、今は8月の終わりで太陽もがんばりすぎてるくらいなのに、
ただ明るいだけで全然暑くなかった。


空を見上げたその先にあった情景を見たまま考える。
あぁ、これはきっと夢だ。
だっておかしいじゃない?
空を見上げたら太陽も雲もなくて、その代わりに・・・

「空に街があるなんて・・・」

そう、見上げた空には街があった。
しかも逆さまになってる。

「ありえない」

見上げたまま頬をつねってみた。
痛い・・・きっと夢だと痛みがないなんてウソなんだ。

「はぁ・・・」

溜息が出る。
ここは何処、私は誰って感じ。
でもまぁ夢なら夢でいいや。
変な夢はそれだけで面白いしね。

空から視線を戻した。
とりあえずさっきの人と話してみよう。
私は今見た空を忘れて家の中へ入っていった。












「ここは現実の世界で、空にある街はあなたがいたゲフェンの街です。夢ではありません」

家の中に入ったら挨拶の後、そう言われた。
うん、夢でも現実でも目の覚めるようなセリフ。
目の前にいる人はなかなかすごい人かもしれない。
でも私の付いてきた人とは違う人だった。
紅い髪をした物腰の上品な女の人、しかも綺麗。
自分で言うのもなんだけど、私とは正反対だ。
どんなもの食べて育ったらこんな風に育つのかな・・・
少なくとも剣を持って育った私じゃこうはなれない。
わかってるけどなんとなく悔しい。
ううん、かなり普通に妬ましい。

ちなみに案内してくれたひとは静かに私の後ろの壁のところに立ってる。
こっちの人も綺麗だけど、ちょっと冷たい感じ。
というより人形みたいだった。

「もしかして私をここへ連れてこさせたのはあなた?」

「えぇ、そうですよ」

目の前の女の人は紅い髪を揺らして頷く。
仕草からしてプロンテラの上流階級のお嬢様か聖職者っぽい。
普段ガサツでズボラな相手ばっかりだから、こういうのは珍しいかも。
もとい、このような丁寧な方との対話は稀有ですわ・・・
ごめん、私には無理。
ともかく、言っておかなきゃいけないことがある。

「じゃあ、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

女の人は綺麗に微笑んでいる。
私はこのひとに助けられたらしい。






実は私は追われてた。
なんでかって言うと、偶然、なんだか重要そうなことを聞いてしまったから。

今ゲフェンはアルナベルツ教国に属してるけど、
住んでる人はほとんどがルーンミッドガルド人。
私はアマツ出身だからどっちが支配してても本当はいいんだけどね。

一年位前に休戦条約とかそんなのを結んだみたいで、
一応は平和なはずなんだけど、もちろんそれはうわべだけで、
もうすぐまた戦争が始まるってみんな分かってた。
また戦争が始まったときにどっちかっていったら、
ルーンミッドガルドに勝って欲しいかな。
友達もいるからね。

そんなわけで気分的にルーンミッドガルド王国に与してる私は、
アルナベルツのお偉いさんがいるゲフェンタワーに忍び込んだ・・・のはいいんだけど。
まさかあんな重要な話し合いをしてるなんて思わないし、
それに私の変装があっさりばれるなんて思わなかったし、
結構自信あったのに、ショック・・・
やっぱりドアの前に張り付いてたの見つかったのはまずかったかな?

それで兵士に見つかっちゃってゲフェンタワーの中を逃げ回ってたら、
どっかから女の人の声が聞こえてきて、怪しい部屋に導かれたってわけ。
隠し扉になってたからここまで追ってはこないと思う。
それにワープポータルみたいなので飛ばされたみたいだし。

よく考えたら忍び込んだのは夜だったのに今は昼だから、
結構長い間眠ってたみたい。
ワープポータル睡眠付きなんて初めてかも。

「それでここは何処なの?」

とりあえず一番知りたかったことを最初に聞くことにした。
おいしいものは先に食べるのが私の主義。

「ここはゲフェンですよ。ただ少し変わった場所ですが」

「え〜っと、逆さまになってたのは?」

「あちらが貴女のよく知っているゲフェンですね。此処はゲフェンの真上にあります。
 逆さまになっているのはこちらの街の方ですね。驚きましたか?」

「えぇ、それはもう・・・」

驚きすぎて夢かと思ったくらいに。

「ここは魔術で作られた秘密の街です。アルナベルツ教国が侵略してきたとき、
 何人かの魔術師を中心とする人々が ここへ逃げてきました」

「でも誰にも会わなかったよ?」

「時間がありませんでしたからね。それほど沢山人がいるわけではないのです。
 それに此処にずっといるわけではなく、外に出ることはできますから。
 現在では、ほんの数人しかこの町には住んでいないのです」

「ここに戻ってくることは?」

「あなたと同じ方法でしか戻れません」

「なるほど」

つまりゲフェンタワーに忍び込まなきゃいけないのか。
魔術師にはちょっと無理かもしれない。
警備も厳重とはいえないけど、変装くらいは普通にできなきゃムリだし。

「でも、どうして私を助けてくれたの?ここは秘密なんでしょ?しかも私、魔術師じゃないし」

「私も魔術師ではありませんよ。えぇ、実はあなたに頼みたいことがあったのです」

「頼みたいこと?てゆーか魔術師じゃないの?」

「私はここで人の輸送をしているだけなんです。最近はほとんど仕事はないのですけどね」

「はぁ・・・それで頼みたいことって?」

「ルミナ姫をご存知ですか?」

「え、えぇそれはもちろん・・・」

ルミナ姫はルーンミッドガルド王国第一皇女。
病に臥しているらしい王様の変わりに国を統べているくらいの人だから、
いくら私でもそのくらいは知ってる。
もちろん会ったことなんてないけど・・・

「ルミナ姫に手紙を渡して欲しいのです。マルジャーナ、手紙を」

彼女はそういって私の後ろにいた女の人(マルジャーナっていう名前みたい)にそう言った。
マルジャーナは白い封筒に入った手紙を私に手渡した。
不意に触れた指がすごい冷たくて驚いた。

「でも、どうして私が?」

一応は命を助けてもらったんだから断るつもりはなかったんだけど、
お姫様に渡すくらいの大事な手紙を初対面の人間に託すなんて普通じゃない。

「偶然といえばそれまでですが、あなたには感じるものがあったのです。それに断らないでしょう?」

「それは・・・そうかもしれないけど、プロンテラにたどり着けるかどうか。ゲフェンを出るのも難しいし」

そう、ゲフェンから出るのは難しい。
人の出入りは常にチェックされてるし、ルーンミッドガルド王国へ入るには許可証がいる。
しかもその許可は基本的に商人にしかでない。
ちょっと私的にはかなり厳しい。

「ゲフェンの外までは私が送りますよ」

「あ、それなら平気かな。手紙届けるくらいなら簡単だし」

自分で言うのもなんだけど、即決しすぎかも。
でも話は早いほうがいいもんね。
無駄に時間かけても意味ないし。
話も料理もアッサリしてたほうが好み。

「それでは、どうかお願いします。必ずルミナ姫のもとへ届けてください」

「えぇ必ず。ところでルミナ姫とは知り合いなの?」

「・・・わかりません」

「わからないって・・・どうして?」

「私の記憶はいろいろなものが抜け落ちているのです。それも大切なことはほとんどわかりません。自分の名前も、
 家族も、どのように生きてきたかも、まったくわからないのです」

「なるほど・・・」

だから自己紹介もなかったのかな。
それにしても、ここ2,3年で記憶がないっていう言葉を聞いたのは5回目くらいかもしれない。
ありえないほど多い。もしかしたら人為的に・・・っていう噂ってホントかも。

「でも何も分からない訳ではなのですよ?たとえば、私の記憶にある街の風景はプロンテラとフェイヨン
 だけですが、恐らく故郷はフェイヨンでしょう。プロンテラでは教会に住んでいたようですから」

「他には?」

「そうですね、もしかしたら私には・・・・・・・・・いえ、私のことはいいのです。
 それよりも、できるなら一刻もはやく旅立って欲しい」

なんか他にも覚えてることあるみたいだけど、
私が聞いても力になってあげられそうもないし、
別に問いただすこともないかな。

「それはいいけど、旅に出る前にいろいろ支度があるし」

「隣の部屋に食料も武器も必要そうなものは揃えてあります。好きなだけ持って行ってください」

なんて用意のいい人なんだろう。
こういうのなんて言うんだっけ・・・「渡りに船」?
うん、絶対違うな。たぶん。

「じゃあ食料だけもらってこうかな」

武器はちゃんと持ってる。しかもちゃんと2つ。ていうか2本。
1つはゲフェンタワーに忍び込んだときに高そうな刀があったから、
黙って借りてきた。たぶん返さないけどね。








隣の部屋にいって持てるだけ食料を持った。
用意はマルジャーナが手伝ってくれた。
相変わらず全然喋ってくれなかったけど。

食料さえあればゲフェンからプロンテラに向かうルートならなんとかなる。
水は川で汲んでもいいし、途中で商人に会ったら買えばいい。
贅沢をいうならペコペコでもいればよかったんだけどねぇ。


「それでは用意はいいですか?」

用意を済ませて戻るとそう訊いてきた。

「うん、いつでもどうぞ」

「では、そこの魔方陣の上に立ってください」

彼女の指さした先にあった丸っこい図形に足を踏み入れた。
目が覚めたときに見たのと同じかたち。
私は彼女のほうを見ていつでもどうぞと目で合図をした。

彼女も頷くと小さくなにかをつぶやいている。
この魔方陣を発動させるスペルを組んでるみたい。
やがて彼女の詠唱が終わると床に書かれた魔法陣が輝き始めた。

「そうでした、私、まだ貴女の名前を聞いていませんでした」

詠唱を終えた彼女が私に訊いてきた。
そういえば私も言うのを忘れてた。
私の名前ってアマツ名前だから、ちゃんと覚えてもらえるかな?

「アカネ、それが私の名前」

「そう、ア カ ネ・・・・・・アカネですね。またお会いしましょう」

彼女のその言葉を最後に、また青白い光が私を包んだ。











気が付くと、草原に立っていた。
遠くにゲフェンの街が見える。
無事戻って来れたみたい。

太陽はちょうど真上から照り付けている。
あぁ・・・もうすこしあっちにいればよかったかも。
この暑さはありえない。

ここに立っててもしょうがないので、近くの樹の下に移動した。

「ふぅ」

溜息一つ。
念のためカバンの中を見てみた。
そこにはちゃんとルミナ姫宛の手紙がはいってた。

「すっごいリアルな夢・・・じゃなかったみたい」

そもそも荷物は限界まで持ってるんだから、開けなくてもわかるけど。


ゲフェンの真上あたりを見てもさっきまでいた場所は見えない。
私にはどんな魔術なのかわからないけど、
すごいこともできるんだなぁ。
でもいきなりこんなことになるなんて夢にも思わなかった。
でも、現実ならやることは一つかな。
約束は守らなきゃ。

「さぁ〜て、行きますかぁ」

旅の始まり方は人それぞれ。
本当に沢山の理由でいろんな人たちが旅に出る。

私のたびの始まりは彼女との出会いと別れから。
こんな始まり方が私には合ってるのかもしれない。





「・・・そういえば昨日から何も食べてないや」


とりあえず私の旅の始まりは、ご飯を食べることだった・・・






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