水色の風、透き通った青と白い雲

トビウオが一匹、船の横を飛んでいく

水平線には小さな船が浮かんでる

でも小さく見えるのは遠くにいるからかな

たぶん大きな貨物船

ガラス窓の外側は、夏だからとはりきった太陽が

強い日差しをおくってる

聴こえるのは静かな波の音と船のかき分けた水の音

そしてそよぐ風の声だけ



トビウオは私にその姿を見せるように

ゆっくりと風に戯れている
 
といっても本当は私のことなんか気にもかけていないだろうけど

それでも私のすぐ目の前で

綺麗な羽を広げていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海がきこえる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白いノースリーブのショートワンピース、

この前買ってもらったばかりの新品で、

まだ2回しか着てない。今一番のお気に入り

この服もしばらくは着れないだろうから

プロンテラに着くまではこのままがいいなぁ



すこしだけ底の厚いサンダルをはいて

左足には友達からもらったトゥーリング

腕には変な風に焼けてしまうのが嫌なので何もつけてないけど

左手の薬指にはシンプルな銀色の指輪がある

これを見るとなんだか嬉しくなってしまう

きっと今鏡を見たら、隠しきれない嬉しさが映っているだろう

とにかくどこの誰が見ても夏まっさかりな格好



 

イズルードに向かう船の中

正面にはひじを突いて眠っている彼がいる 

横には茶色のアンティークトランクと

お姉ちゃんからもらったリボンのヘアバンド

それともちろん聖書も持ってきている

まだアコライトのわたしだけど

これを使う日がいつか来るって信じてる

トランクの中には数日分の着替えと

お財布とお下がりのセイントローブ

あとは洗面用具とかブルージェムストーンとか入ってる

なるべく本当に必要なものしか持ってこなかった

でもさすがになんとなく心許ない

けど、これから向かうのはプロンテラ

ちょっと物価は高いらしいけど、日用品くらいなら揃えられるかな…

アコライトになって以来だから…もう3年も行ってない





あれもこれも持って行きなさいと言うお姉ちゃんを

なんとか説得して

荷物を少なくしたけど、これでもまだ多かったかな

お姉ちゃんは

「いいじゃない、どうせ荷物持ちはちゃんといるんだから」

なんて言っていたけど、そういうわけにもいかないし

これでも冒険者のはしくれなんだから荷物くらいは自分で持たないとね 

あんまり沢山持てないけど…





お姉ちゃんはいつでもわたしを子ども扱い

昨日の夜もそうだったなぁ


「自分の荷物くらい自分で持たないと」


「でもあなたの持てる量じゃ…足りない物だらけだと思うけど」


「大丈夫だよ…」
 

「そうかしら」

 
なんていう風に、いつでもお姉ちゃんはわたしのことを

子供扱いするから、わたしがいつも通り

 
「子供扱いしないでよ」っていうと、お姉ちゃんは
 

「何いってんの、まだまだ子供でしょ」って、いつも通りの言葉で返す
 

「そんなことないよ〜」
 

すこしだけ怒っていうわたしの言葉に

すこしだけ笑って
 

「冗談よ」
 

と、いつものセリフ

いつになったら子供扱いをやめてくれるのかな

心配してくれるのは分かってるけど

もうちょっと信用してくれてもいいのにって思う

でもやっぱり、そんなやりとりがちょっと嬉しいわたしは、

お姉ちゃんの言うとおり、「まだまだ子供」なのかも

 








 

朝早くの定期便に乗るために

今日は日の長い夏の太陽が昇る前に起きた

正直…わくわくしてちゃんと眠れなかったんだけどね



ここアルベルタの朝は魚市で始まる

沢山の商人さんに混じってうちでは直接漁師さんから魚を買うことになっている

やっぱりそのほうがすこし安いし、自分でなんでも選べるから楽しかったりもする

いつもわたしとお姉ちゃんで交代制の買出しは、今日は私の番


「明日は代わりに行ってあげる」


って言ってくれたけど、いつも通りわたしが行くことになった

だってそういう決まりなんだから、ちゃんと守らなきゃ

それに…たぶんもう魚市にいくことはないと思うから…

そう言ったらお姉ちゃんも


「そうね、じゃあ任せるわ」


って納得してくれた。


着替えてリビングに降りると、そこには…


「おはよう」


お姉ちゃんがいた


「どうしたの?」


不思議がって聞くと


「せっかくだから一緒に行こうと思ってね」

「あ…」

一緒に、か。すごい久しぶりだし、それに…最後かもしれないし

わたしは…お姉ちゃんの言葉が…すごく嬉しかった…

「うん、一緒に行こう♪」






















久しぶりの二人での買い物

買ったのはただの魚だけど、楽しかった

帰り道突然お姉ちゃんに呼び止められて…

一つの袋を渡された

「なにこれ?」

「いいから、開けてみて」

「うん…」

カバンから出したからさすがに魚じゃないと思う

「あなたの欲しがってたものよ」

「それって…」

お姉ちゃんの言葉に緊張しながら袋を開けると

中には本当にわたしが欲しがってた

リボンのついたヘアバンドが入っていて…


「これ…いいの?大事にしてたのに…」
 

「えぇ、これはね、幸せを運んでくれるの」


「貴方には幸せになって欲しいから、だから…貰って。ね?」


「お姉ちゃん…うん、ありがとう…大事にするから」


「…彼と仲良くね」






お姉ちゃんは見送りには来なかった

でも家を出るとき

ぎゅっと抱きしめてくれた

そしていつも通り

「いってらっしゃい、気をつけてね」

本当にいつも通りの笑顔で…だからわたしも…

「いってきます」

って笑って言って玄関を出た

お父さんとお母さんは港まで着いてきて

泣きながら彼に

「娘をよろしくお願いします」

…なんて、まるで結婚式みたいに言うからちょっと恥ずかしかった










貰ったリボンのヘアバンドは

わたしがプリーストになったら着けようと思う

そしていつか家に帰るときに

立派なプリーストの衣装で

頭にはお姉ちゃんから貰ったヘアバンドをつけて


「ただいま」


そう言いたい

お姉ちゃんが言ってくれた「いってらっしゃい」に続く言葉

いつか、ちゃんと無事に帰ってきましたって

言えるように、「いってらっしゃい」に答えようと思う

それまでは元気にがんばろう…

心配性のお姉ちゃんを心配させないように























ふと目が醒めた

心地よい波の揺れに誘われて

すこし眠っちゃったみたい

正面の椅子で眠っている彼を起こさないように

そっと立ち上がり外に出る

甲板にでると船が波をかき分ける音がすこし大きくなった

思ったよりも涼しくて柔らかい風が通り抜けていく

心地よい夏色の風

 

「風が気持ちいいなぁ」
 

「そうだな」
 

「わ、起きてたの?」
 

びっくりして横を見ると、頬杖をついて寝てたはずの彼が

いつのまにかわたしと同じように海を眺めてた
 

「いや、今起きたところだ」
 

ぐっとのびをしてから、こっちを見てそう言う彼は

まだすこし眠そうだったけど、

こんな綺麗な海を見ないなんてもったいなすぎる、と言って

また視線を海に向けた
 

「海、綺麗だね。とっても」


「淋しくないか?」
 

「え?」
 

わたしは何のことだか分からず聞き返す
 

「綺麗な海…が?」
 

「家族と離れるのが」
 

「………」


淋しくない…というと嘘になる

お姉ちゃんに連れられてプロンテラにいって、アコライトになった3年前から

ずっとお姉ちゃんと一緒だった

2年前にアルベルタの家に戻り、今までずっとアルベルタの町から

離れないで暮らしてきた。ずっと家族と一緒だった。





本当にずっと一緒だった。お父さんもお母さんも、お姉ちゃんも…

冒険者が家族とずっと一緒にいられるのはとても稀なこと

だからわたしは幸せだった。

だから淋しい

これから本当の意味で「冒険者」になる

家族とは一緒にいられない…でも


「淋しいよ………でも…」


「あなたと一緒だから………大丈夫」


「…そうか」


ちょっと照れながらそう言うと、彼もすこし顔を赤くしていた


「あ!トビウオがいるぞ」


「ほんとだぁ、すごいね〜」


照れ隠しにトビウオにはしゃいでいる彼を横目で見ながら

わたしもトビウオを見ながら聞いてみた


「ところでさ、トビウオって何で飛ぶか知ってる?」


「いや、何でだろうな?」


「そっか、じゃあ教えてあげる」


「トビウオはね…」


「風になりたいんだよ」


「…へぇ〜」


あ、馬鹿にしてる…

まったく…ちょっと恥ずかしいけど言ったのに…


「じゃあさ…ずっと…」


「え?」


「ずっと一緒にいようか」


突然風が吹いた

彼の言った言葉はよく聞こえなかったけど

何を言ったのかはなんとなく分かった

分かったけど…ちょっと意地悪をしてみようかな

大事なことを、いきなり言っちゃうし

しかも脈絡まったくないし…


「よく聞こえなかったよ〜、もう一回言って?」


「何回も言えるか!聞こえてただろ?俺は戻って寝る!」


怒ってるのか恥ずかしいのか、顔を赤くして戻っていった

恥ずかしいなら言わなきゃいいのにね

わたしは………嬉しいけど……

うん、風に掻き消されても

ちゃんと聞こえたよ…

わたしもそうしたい…

いつか一緒にアルベルタへ

だから…
























「一緒にいようね…ずっと」
























夏の陽射しの下

静かな海の上わたしたちの乗った船はゆっくりと進む

イズルードに着くまでは二人きり

できれば少しでも長くこうしていたい

だからそっと心の中で、わがままを言ってみる
 

「もう少しゆっくりでもいいよ…」
 

そう呟くわたしのお願いが聞こえたのか

すこしだけスピードを落とした船は

ゆっくりゆっくり海の上を

一匹のトビウオと一緒に

進んでいくのでした

 







 

 

おわり