風の撫でる小道は澄み

空へと続く花の色は

果てのない青を隠している

晴れ渡る空のした

いつまでもいつまでも

春の木漏れ日の中で桜は

永遠に咲く夢を見ていた














桜色の夢 〜en epilogue〜















冬のあいだは少なくなっていた露天商も、今は町の中央にある噴水広場を埋め尽くし、
東西南の門へと続く道にも所狭しとその看板を掲げていた。
プロンテラの露天をすべて見て回るのには一日かけても足りないほどで、
首都に住む人間はいくつかの露天商を贔屓にしている。
商人たちはいつもほとんど同じ場所に店をだすので、
顔なじみになったほうが便利だし、欲しいものを仕入れるように頼みやすい。
いわゆる一般市民と商人の会話に耳を傾けると、結構親密な話をしている。
例に漏れることなく、ボクも今日はいつものお店に向かっていた。

噴水広場から西へ進み、ずっと昔、知り合いの花売りが店を出していたあたりに、
彼はいつもどおり店を出していた。

「こんにちは〜」

「いらっしゃい、リルさん」

彼はボクの訪問をようこそと笑顔で迎えてくれた。
彼とは3年くらい前、アルベルタからフェイヨンに向かうルートで初めて出会った。
たしかあのときは…そう、さすらい狼の一団に襲われたときだ。

「今日はなんだい?調味料ならたくさん仕入れておいたよ」

「あ、今日はこれを」

そう言ってある商品を手にとった。

「へぇ帽子か、誰かにプレゼントするのかい?」

「いえ、実は…」

ボクは桜色のおしゃれな帽子を手に持ったまま、今日見た夢を思い出していた。
それは2年前の冬、遠い雪の村で出会った少女の夢。
彼女が桜の下でこの帽子を被って、笑っている情景。
今日見た夢のその笑顔だけを、ボクは覚えていた。

「なるほど、夢ねぇ」

彼には夢で見たから、とだけ話しておいた。
あまりしっくりきてないようだったけど、当たり前だ。
ボク自身、おぼろげにしか覚えていないのだから。

「まぁ買ってくれるならもちろん売るけど、結構するよ?」

そう、どうしてかこの帽子はとてつもなく相場が高い。
ボクはよくしらないけど、有名なブランドのものなのか、
それとも何か魔術的な素材でも使っているのか。

「はい、こう見えてお金は結構もっているんですよ」

「そうだったね、じゃあリルくんだし、ちょっと安くしてこれくらいで…」

そう言ってガッシュさんは指で値段を表した。
ボクはそれが手持ちの現金で十分足りる値段だったので即決して、
他にもガッシュさんがよく仕入れてくれる香辛料、調味料を買った。
プロンテラにはお金持ちが多いので、内陸地では手に入りにくい高価なものも
それこそ飛ぶように売れていくらしい。
彼は4日ほど前に首都に入ったと言っていたので、普通ならもう売り切れている頃なんだけど、
一応ボクのためにとっておいてくれたみたいだ。
顔なじみになるとこういう特典もついてくるのだ。


帽子は白い箱の中に入れて、持参した手提げ袋にしまった。
結構かさばるけど、そのまま持ち歩くよりはいいと思う。
さすがに女性物の帽子を持って街中を歩くのは抵抗がある。
それでもこれがここでちゃんと売っていたことには何か意味があるのかもしれない。
何故だかそう思った。

それにしても、夢で見たからなんて理由でこんなものを買ってしまうとは、
我ながらよくわからないことをしたなぁ。
夢で見たこの帽子を被っていたあの少女にはとても似合っていたけれど、
偶然町で出会うなんてことはないのに。
彼女はボクの腕の中で、消えてしまったのだから…







彼に別れを告げて教会の近くに借りた家に戻ることにした。
フェイヨンの実家よりも数段いい物件だった。
教会の中の部屋を借りることもできたわけだけど、
どうせ一月だけだからと思い、貸し家を借りることにした。
プロンテラには数ヶ月の中期の滞在をする人のためにそういった貸家がある。
もちろん家賃は相当高いけど、お金だけは余っていた。
本当は貸家を借りたのは教会の部屋ではゆっくりできないと思ったからだけど…
でも、たまに遊びに来るリオンやノエルには好評だった

ふと思い立って、西の十字路から中央広場は通らずに、お城のほうから帰ることにした。
すれ違う人たちの多くは、手にお酒、お弁当箱を持っていた。
これからお花見をしながら宴会でも開くのだろう。
もしかしたらあとでノエルあたりがうちに誘いにくるかもしれない。
今日は神様もおやすみの日。
働いているのは露天商や門番、それと旅館の人だけだろう。




お城の前の最近植えられたばかりの桜の木の下に来たあたりで、
不意によく知った声に呼び止められた。

「こんにちはリルさん、お買い物の帰りですか?」

振り返ると、いつものカソックではなく赤いスクエアスカートに白いサマーセーター、
それに黒いブーツを履いた、マナちゃんがいた。
今日の服は多分ノエルが買ってあげたんだろう。
マナちゃんは普段でもほとんど紺一色か黒一色だった。
一見ガサツな感じだけどおしゃれなノエルに、マナちゃんに贈る服の買い物に
付き合わされたことが何回かあった。

「マナちゃんか、うんちょっと衝動買い」

そう言って苦笑いをした。ちょっと中身は聞かれたくない。

「そうなんですか」

「ところで、姉とは今日会いました?」

少しだけ首を傾けて聞いてくる。
マナちゃんは質問をするとき首をちょっと傾ける癖がある。
ノエルには今日は会ってないけど、なんとなく用件は予想がついた。

「いや、会ってないよ。もしかしてお花見するとか言ってた?」

「えぇ、今日の朝起きたら決まってました」

朝、突然言われたであろうノエルの言葉を思い出したのか、
少し苦笑いしながらそう言った。

「やっぱり」

ノエルはいつだって唐突に計画を実行する。
前にアマツの北の温泉宿に行ったときもノエルの思いつきだった。
今日もきっといい天気だから、朝起きて思いついたんだろう。

「それでどこでするって?」

「それが…その…リルさんの家で」

「うちって…そりゃ庭に桜の木はあるけど…」

う〜ん、でも確かに場所としては人ごみの中のお花見よりはいい、かな。

「そうですよね…やっぱりどこか他の場所で…」

そう言って暗い顔になるマナちゃん。

「いや、うちでやるのもいいかもしれないね」

「でも…」

「今日はどこも人でいっぱいだろうし、ボクも人ごみは好きじゃないから」

「はい、じゃあお願いします」

ボクがOKを出すとマナちゃんは本当に嬉しそうに笑ってくれた。
もっともノエルはボクがなんと言おうとうちでやる気だったんだろうけど…

「えっと、じゃあリオンを呼んで来ればいいのかな?」

「いえ、リオンさんは姉さんが声をかけたはずなので」

「じゃあ家で待ってればいいのかな」

「あ、たぶんもう…」

あぁ、もううちに来てるんだろうな…
でもマナちゃんはなんでここにいたんだろう?
もしかして買出しかなと思ったので、買出しだったら手伝おうか、と聞いてみた。

「いえ、実は今日は私のお友達も呼ぼうかと思いまして」

「そっか、じゃあ今から迎えに行くところなんだ?」

「はい、というよりここが待ち合わせ場所なんです」

確かにこの新しい桜の木は、この時期にはちょうどいい待ち合わせ場所かもしれない。
ぼんやりと一枚一枚散っていく花びらを眺めながら待つのもよさそうだ。

「お友達って教会の?」

もし教会だったらボクも知っているかもしれないので聞いてみる。

「いえ、実はちょっと変わったお友達で…あ、女の子なんですけど」

「変わった?」

ちょっと変な娘なのかな、マナちゃんも面白い娘だけど。

「はい、性格がではなくて、つい最近知り合ったんですけど」

「その娘ぼ〜っと教会の前に立っていたんです」

マナちゃんもぼ〜っとしているけどね、なんてとても言えなかった。

「うんうん、教会の前に立っていたのをマナちゃんが話し掛けたの?」

「はい、それで何をしているのか聞いたんですけど」

「その娘、気づいたら教会の前に立ってたって言うんです」

「ん?それってもしかして」

昔どっかで聞いたことがあるような話。
もしかしたらその娘は…

「記憶喪失っていうんでしょうか、名前以外何もわからないらしくて…」

「それでしょうがないので大司教様に相談して教会に住まわせてもらうことにしたんです」

「なるほどね、それで友達になったと」

「はい、本当に何ももっていなくて、ただ指に…」

そこまで言ってマナちゃんは向かい合って立っていたボクの後から、
誰かが来たのに気づいたみたいだった。
たぶんその女の子だろう。
マナちゃんは、こっちだよ〜、と右手をあげた。

ボクはマナちゃんの手を振るほうに振り返った。
そこには真っ白なフリルの付いたワンピースの少女がいた。
こっちに向かって手を振りながら歩いて来る。







それは…どんな奇跡だったのか






「ごめんね、待ったかな?」

その少女はマナちゃんにそう言った。

「ううん、ちょうどよかったよ」

マナちゃんは笑顔でそう答える。

「あ、紹介するね。こちらが私の上司というか先輩のリルさん」

その少女は、少し頭を下げる。

「……こんにちは」

ボクはなんとかそう答える。






それはきっと再会だった






「この娘が私の友達の…」

あぁ言わなくてもわかるよ。
だって忘れないと誓ったんだから。

「初めまして、わたし…」

少女はマナちゃんの代わりに続きを自分で続ける。
そう、知っているよ。
小さくてかわいい春に咲く花の名前。


少女の細い指に目をやる。
右手の指に小さな指輪があった。

枯れるはずのない花が、今は色あせている。
それはちいさな花の指輪…









「わたしの名前は……………」









ボクは目をつぶる

今日見た夢を思い出す

そう、あれは家の庭の桜の木だった


右手に持っている帽子を彼女にあげよう

きっとよく似合うはずだ

服もちょうど夢と同じ白いワンピース

夢で見た彼女は

白い服に良く合う桜色の帽子を被って

本当に綺麗に笑っていたんだから


そしてボクは

桜の木の下に立つ彼女を呼ぶんだ

「忘れないで」という願いの花の名





永遠に忘れることのない


ルリという名を


















End