漆黒への落下






ルリを追いかけて、日が落ちた頃から吹雪になった山の中を彷徨っていた。
視界は悪くなり、だんだん体力も限界に近づいてきた。
ルリは一体どこへ行ったんだろう…
さすがにこのままじゃまずい気がする。
どこか避難できる場所があったらいいのに。
そう考えていると、雪のカーテンの向こうに白い少女の姿が見えた。
よかった、やっと見つかった…

「リル!こっちこっちー、それにしてもいい天気だねぇ」

いや…死にそうなんですけど…
何でルリはこんなに平気そうなんだろう。

「疲れちゃったからそこの洞窟で休も?」

近くに洞窟があるらしい。
この吹雪では宿に戻るのも無理そうなので、しばらく休もう。

「どうしたの?そんなに疲れた?」

ルリは近づいてきて、もう顔も上げられないボクの顔を覗き込んだ。

「疲れたっていうか…寒い…」

そう言葉に出すと、一段と寒くなった気がした。
ルリが見つかって安心したのか、それとも言葉に出してしまったからなのか、
急激に体が冷えてきてる。

「もう…しょうがないなぁ…はい、つかまって」

そう言って手を差し出したルリ。
ボクはその手を掴んだ。だけどその手はあまりにも冷たくて、思わず離しそうになってしまった。
ルリの手はまるで氷のようだった。

「つめたっ!ルリ、やっぱり体すっごい冷えてるじゃないか!」

「そう?だって私は雪女だもん。だから当たり前なの」

「雪女って…また馬鹿なこと…」

確かに雪が良く似合うけど…

「だってホントだもん」

馬鹿と言われたことに怒ったのか、頬を膨らませた。

「いいから、早くその洞窟まで行こう!」

ルリの案内で深い雪の中洞窟まで急いだ。
手を離して、と何度も言っていたけど、こんなに冷えた手を離せるわけない。
ボクの手もかなり冷えているはずなのに、それよりもずっと冷たくなっているんだ。




ようやく辿り着いた洞窟は、入り口は人間の背くらいしかなかったけど、中は結構広かった。
もしかしたら人工的に作った避難所なのかもしれない。
とにかくここなら吹雪もしのげそうだ。


「ねぇ…手、離して。リルの手が冷えちゃう…」

ルリは繋いでないほうの手でボクの手を離そうとした。
だけど、その手もとても冷たかったので、ボクももう一つの手でルリの手を掴み返した。

「平気平気。それにこうして肌触れ合ってるのが一番暖かいんだよ」

「だから私は…」

「また変なこと言わなくても、大丈夫だから」

ルリの手を握ってると、だんだん自分のほうが冷えてきていることに気づいたけど、
ここでルリを放っておくわけにはいかない。

「とにかく座ろうか」

「………うん」

ボクは一度手を離してコートを脱いで座った。
そしてルリを横に座らせて、脱いだコートを毛布の代わりに二人で使うことにした。
ルリに触れた肩は冷たかったけど、こうしてれば温められるだろう。

「ルリ、平気?」

「うん、私は平気だけど…リル、顔が真っ白だよ…」

もしかしたらルリよりボクのほうがだめかもしれない。
座った瞬間から急激に体の感覚がなくなってきた。
でも、そんなそぶりを見せるわけにもいかない。
だけど…

「大…丈夫…だよ、ちょっと…寒い…けど…」

だんだんと口もうまく動かなくなってきていた。
思考も遅くなってきている気がする。
なんだか頭の中まで凍ってきたみたいだ。

「眠い…」

「リル?眠いの?」

「眠ったら…さすがにまずい…かな…凍死…なんて…笑えない」

でももう眠気に耐えられそうもない。
さっきまで眠ったらまずいって思ってたのに、

「トウシって?」

「寒くて…死んじゃう…っていう…こと」

今はもう…眠りたい。


「ルリ…何か…話してよ。そう…すれば、眠らない…でいられる」

「え、うん、わかった。そうすれば大丈夫なんだよね?」

ボクはゆっくり頷いた。
それを見て、ルリは少し考えた後、話を始めた。

「今日ね、すっごい楽しみにしてたの。だからダメって言われてすっごい残念で、
 ホントは鬼ごっこじゃなくて、お話しようと思ってたんだけど、思いついちゃって」
 
「お話、か。それじゃあ…ちょうど…よかった…かな」

「うん、両方できるなんて嬉しいっ。でも、わたしずっと山に住んでるから、あんまり話す事なくて…」

「そっか…」

「でも、がんばるからちゃんと聞いててね?」

「うん…」

そう返事をしたけど、もう限界だった。
だんだん目も重くなって、ルリの姿が薄れてきていた。
ルリの声もだんだん離れていくようだった。
口を動かす気力もなくなっていた。

「リル?」

「………」

「ねぇ…リル!」

隣にいるはずのルリの声が、とても遠くに聞こえていた。













続く