side Noel 〜long long night〜








宿に戻ってきた頃にはもう日が暮れていた。
玄関で案内してくれたおっちゃんと別れ、私とマナは部屋に戻って荷物を置くと、
リルの具合を見に男部屋へと向かった。
部屋の前まで来ると、ちょうどリオンが部屋から出てくるところだった。

「どう?リルの様子は」

私がリオンにそう聞くと、なんだか困った顔をした。

「いなかった」

リオンは一言そういった。

「いない?どうして?」

寝ているはずのリルがいないことはありえない。でも、いないとしたら…

「どうしてって聞かれてもなぁ。たぶんトイレにでも行ってるんだろ」

「まぁそれ以外ないわね」

「中入ってるか?」

リオンは親指で自分たちの部屋を指す。

「そうね、廊下寒いもの」

何処に行ったのか知らないけど、すぐに戻ってくるはずだから部屋の中で待つことにした。
まだ部屋は暖まってなかったのですぐコタツに入った。
それもまだ温まっていなかったけど、すぐ暖かくなるはず。
マナは布団を直そうとして、何かに気づいたのか、あれ?と疑問の声を出した。

「どうしたの?」

「布団、冷たいです」

つまりどういうことだろう?
リルが部屋を出てから時間が経っている?
それとも…

「部屋が寒いからすぐ冷たんじゃないか」

リオンがそう当然の意見を述べた。
どのくらいで布団が冷たくなるのかは分からないけど、それ以外ない。

「……そうですね」

マナは納得したのかしないのか、布団を綺麗に直してコタツに入ってきた。
それからお茶を淹れて待つこと5分、戻ってこない。
そして、10分経ってもリルは戻ってこなかった。

「おかしいわね」

いくらなんでも遅すぎた。
まさかとは思うけど、宿のどこかで倒れているのかもしれない。
朝様子を見たときはそんなに酷い風邪には見えなかったけど、
もしかしたら急に悪化したのかもしれない。

「わたし、探してきます」

マナはそう言って、私が止める間もなく部屋から出て行った。

「私も探してくるわ」

「俺も行く」

「じゃあ私たちじゃ探せないところをお願い」





探すといってもそれほど広い旅館ではない。
すぐに探すところもなくなって、すぐ戻ってきてしまった。
先に戻っていたリオンの様子をからも見つからなかったことがわかる。

「もしかして、外に出たのかしら」

リオンもその可能性を考えていた様子で、唸りながら腕を組んだ。

「そうだ…」

何かに気づいたのか、リオンはあわてて部屋に入っていった。
そして私が、なんだろうと思っているうちに戻ってきた。
何か手がかりでもあったのかもしれない。そんな顔をしている。
よくないことがあった顔だった。

「コートがなかった」

「じゃあ、やっぱり外に…」

それにしてもどうして?
リオンならまだしも、リルがそんなことするとは思えない。
そこへ、マナが戻ってきた。
普段なら翻ることのないローブの裾が心の中を表すかのように乱れていた。

「どうだった?」

「靴が…」

「なかったのね?」

「はい」

どうやら外に出たのは間違いないらしい。
百歩譲って外にでたのはいいとしても、この時間に帰ってきてないのはやっぱり変。
私たちを心配させるようなことを、リルがするわけがない。
もしかしたら何かあったのかもしれない。

私は急に不安になってきた
だけど、それ以上にマナの顔は不安に覆われていた。

「大丈夫よ、すぐ帰ってくるわ」

気休めだったけど、そう言った。
自分自身に言い聞かせるためかもしれない。


と、そこへ女将さんとおっちゃんがやってきた。
もう夕食の時間になっていたのだ。
部屋の前に集まっている私たちの姿を見て女将さんが首を傾げている。

「みなさん部屋の前に集まってどうかされたんですか?」

「いないんです…」

マナが女将さんにそう告げる。主語が抜けていたのでそれを加えて私が言い直した。

「あらあら、まぁまぁ…今朝は風邪をひいていらしたのに…」

「靴がなかったからたぶん外に行ったと思うんだ」

リオンがそう付け加えた。

「う〜む、しかし外は吹雪じゃぞ?」

そう、私たちが帰ってくるときになって天気は一気にくずれてきていた。
廊下に窓がなかったからここから外は見えなかったけど、今はかなり酷い吹雪になっているはず。

「もしかして…」

女将さんが小さくつぶやいた。
何か心当たりがあるのかもしれない。

「何か心当たりが?」

「えぇ、まさかとは思うんですけど…」

「ふむ、女将それは…」

「えぇ、でもまさかねぇ…」

女将さんとおっちゃんがふたりで何かを話している。
私にはさっぱりわからない。

「ちょっと、二人で何を話してるんですか!心当たりがあるなら教えてください」

二人の様子では可能性は低い話かもしれないけど、今はそんな場合じゃない。
リルが黙っていなくなって連絡もないこと自体可能性の高いことではないんだから。

「実は、この当たりには雪女の伝説がありまして」

「雪女!?」

女将さんの言葉にリオンが驚きの声をあげた。

「はい、雪女です。もちろんただの御伽噺のようなものなのですが…」

女将さんはぽつぽつを語りだした。
その話を要約すると、
この辺りには昔から雪女と呼ばれる少女がときどき現れる。
人に危害を加えるわけではなく、一緒に遊ぼう、と誘ってくるらしい。
地元の人間は雪女の話を知っているし、この辺りに住んでいる人間で知らない人はいないので、
遊びに誘ってくる知らない少女に出会ったら、すぐに逃げるように言われている。
でも、女将さんは実際に会ったことはないらしい。

「雪女はモンスターじゃないのか?」

リオンが女将さんに聞く。

「どうなんでしょうか…でも、被害が出たという話は聞いたことありません」

「ただ、人間とは違う存在、というだけじゃな」

「本当にいるんでしょうか?」

「それはわからんのぉ」

正直信じられない話だった。女将さんもただそういう話がある、と話しただけなんだろう。
実際信じているようには見えなかったし、そもそも話させたのは私だ。
もちろん、各地にこの手のお話があることは知っているけど、
所詮は御伽噺で、実際に出会った人間なんて…
いや、特殊なモンスターと考えればありえない話でもないか…
人間の姿をして、危害を加えないモンスター。
ムナックやソヒーが自我をしっかりもっていたら、そういう風になるのかもしれない。

「わたし…探しに行きます!」

私がいろいろ考えていると、突然マナが大声をあげた。

「それはだめだべ、二重遭難になるかもしんね」

おっちゃんが今にも飛び出しそうなマナを止めてくれた。

「そんな…それじゃあこのまま待ってるだけですか!?」

決して大きな声ではなかったけれど、普段から大人しいマナがおっちゃんに抵抗している。
マナは今の話を信じたのかもしれない。つまり、リルは雪女にさらわれた、と。
雪女が実在するかどうかは別として、吹雪の中探しに行かせるわけにもいかない。

「マナ、落ち着きなさい」

私はマナの正面に立って両腕を軽く掴み、できるだけ優しく言った。
理由はわからないけどリルがいないのは事実。
そして外はしばらく収まりそうもない吹雪。
内心では私も落ち着いてなんていられなかった。

「君が行って行方不明者が増えるよりはいいべ?」

「でも…放っておけません…」

うつむいてしまっているけれど、マナが珍しく自己主張をしている。
そんなマナにおっちゃんは優しくほほえんで、

「だから吹雪が収まったら…一緒に探しに行くべ、な?」

と、言ってくれた。

「おっちゃん………ありがとうございます」

その言葉を聞いて、マナも落ち着いたようだった。
自分でも今すぐ一人でいくのは無理だということをわかっていたのだろう。

「それじゃあ吹雪がやんだら、おっちゃんとマナさんが探しに…」

「私も行くわ」

もちろん、私も待ってるだけなんて無理。

「俺も行くぜ」

そして当然リオンも。
まぁ首輪をつけてでも連れて行くつもりだったけど。

「そうですか、それでは私は暖かいものでも用意して待ってますね」

「えぇ、お願いします」

私たちはとりあえず吹雪が止むのを待つことにした。
長年の経験からすると夜中には止む、とおっちゃんは言っていた。
それに、おっちゃんの言っていたとおり二重遭難なんてことになっては意味がない。
それに、もしかしたらリルも戻ってくるかもしれない。


どうか早く吹雪が止んでくれますように…
リルが無事でいますように…

大丈夫、きっと大丈夫。
私は自分にそう言い聞かせる。
何度も何度も外の様子を見に立ち上がるマナへの言葉と全く同じ言葉。
大丈夫、きっと大丈夫。
これは祈りでも願いでもなくて、確信。
私の知ってるリルは、このままいなくなったりするような人間じゃないもの。













続く