逃げる少女と赤い花の指輪







お昼になってリオンに起こされた。
3人で少し離れた露天風呂に行くらしい。
かなり寝たので体調もずいぶん良くなっていたけど、外に出るのは控えたほうがいいだろう。
そう思って一応行けそうかどうか聞いてくれたことに感謝しつつ断わった。

「じゃあ、行ってくる。ちゃんと寝てろよ」

横に座っていたリオンはそう言って立ち上がった

「うん、気をつけて」

「リルさん、お一人で大丈夫ですか?」

マナちゃんが心配そうに聞いてくる

「大丈夫。今日一日寝てたら治ると思うし」

「そうですか…」

どうやらマナちゃんはボクをおいて行く事を心苦しく思っているみたいだった。
気持ちはありがたいけど、気にせずゆっくりしてきてほしい。

「それじゃあ行きましょう。今日の晩御飯は熊鍋ね」

ノエルはマナちゃんの手を引いて部屋から出て行った。
二人に続いてリオンも出て行った。
剣を持っていたのでモンスターが出るのかもしれない。
見たところ結構高そうな剣だったけど、旅館にあったのかな?リオンは今回は持ってきてなかったし。
雪が降ってないからどこかへ行くのにはよさそうだけど、ボクには今は休息が大切。













眠ったり目を覚ましたりを繰り返して数時間、
ちょうど目を覚ましていたとき、不意に窓を叩く音がした。
誰か外にいるのだろうか?
身体を起こして窓のほうを見ると、白い着物の少女が手を振っていた。
昨日あんなに暖かい格好してきてって言ったのに…
でも忘れていたといえばボクも同じなので何もいえない。

放っておくわけにも行かないので起き上がって窓のところまで行った。
だいぶ眠ったおかげで、風邪のほうもかなり良くなっていた。
もう体の重さもほとんど感じなかった。

「ルリ、こんなところから…」

「あ、名前覚えててくれたんだぁ。うんうん、ありがと、リル」

ボクの言葉をさえぎって名前を覚えられていたことを喜んでいた。

「それより、今日は外出れないんだよ。ごめんね」

今日遊ぶ約束をしていたけど、果たせそうもないので謝った。

「えぇ〜〜〜〜!どうして〜〜?」

ボクの言葉にルリは窓から入ってきそうな勢いで憤慨した。

「風邪ひいちゃってさ」

「かぜ?風は吹くんじゃないの?」

「いや、そっちじゃなくて…」

「?」

ルリは本当にわからないようだった。
もしかしたら、雪国の子は風邪なんてひかないのだろうか。
さすがにそれはないとは思ったけど、ルリを見ているとあながち否定もできない。

「約束したのに…」

一転して落ち込むルリ。
約束したこともあったし、ルリがあまりにも残念そうな顔をしていたので、
部屋の中で遊ぶならいいよ、と提案した。

「…部屋の中は嫌」

意に反してルリは本当に嫌そうな顔をした。
部屋の中で遊ぶのは嫌らしい。
確かに今日はこんなに天気がいいのだから、外で遊びたいだろう。
それとも普段は外に出してもらえないのだろうか。とてもそんな風には見えないけど。

「う〜ん、困ったなぁ」

何かいい案はないかと考えながらルリの様子を見ると、
彼女はボクの右手に注目していた。

「ねぇねぇ、これ何?花が付いてる」

ルリはボクの指にあった花の指輪を見つめながら問いかけた。
この辺りではこういうものは珍しいのかもしれない。

「これは…ただの指輪だよ」

本当はただの指輪なんかじゃないんだけど…

「ふ〜ん」

ルリは指輪をじっと見つめたまま少し何か考えた後、それ貸して、と言ってきた。
ボクが、それはちょっと…と断わりの言葉をいいかけると、

「えぇ〜〜〜!」

と大声で不満を撒き散らした。

「わかったよ、はい」

約束のこともあったのでしかたなく、ボクは指輪を外してルリの手のひらに乗せた。
ルリは手のひらに置かれた指輪をつまんで眺めると、どこか嬉しそうに右手の中指にはめた。

「綺麗だね〜」

ルリは初めて指輪をつけたみたいに喜んでいた。
いや、たぶん初めてなんだろう。

「ねぇ、これちょうだい?」

突然とんでもないことを言い出した

「だめだって、それだけは…」

「あっ!」

「え?」

「わたし急に鬼ごっこしたくなっちゃったぁ」

「は?」

ルリが何を言っているのかよくわからなかった。
言葉の意味を理解しようと、ボクの頭が激しく回転しているうちに、ルリは窓から離れていった。

「じゃあリルが鬼ね〜」

そう言いながらルリは走っていってしまった。

「鬼って、あれ?もう始まってるの?」

「鬼さんこちら〜手のなるほうへ〜♪」

宿から少し離れたところから楽しそうに手を叩いていた。
困ったことにもう始まっているらしい。

「しょうがない、少しなら平気かな…」

ため息混じりにつぶやいて、ルリにつられて窓から外に出ようとして気がついた。

「って靴はいてなかった…それに上着もないと寒いか」

「ルリー!ちょっと待って、靴はいてくるからー!」

ボクはルリにそう告げると、しまってあったコートをつかんで宿の玄関まで走った。
体の調子も悪くないし、約束したのだから少しくらい遊んであげよう。











宿の外に出てみると、ちょうど玄関の正面にルリがいた。もちろん少し離れたところだ。
空も今日は晴れていて、昨日よりもずいぶん暖かい。
といっても、水が氷になるくらいには寒い。
それでも陽の光で表面が少しだけ溶けているのか、白い雪がきらきらと光を反射して眩しかった。
雲ひとつない、とはいかなかったけど、しばらくは雪も降らなそうだ。


「リル!はやくはやく!はやくしないと逃げちゃうよ〜」

といいながらルリはボクからすこしずつ離れていく。

「よ〜し、すぐ捕まえてやるからな」

さすがに雪の上だし、相手は女の子なのですぐ捕まえられるだろう。
ボクはゆっくりと追いかけ始めた。















実際、考えが甘かった。
ルリは雪の上を走っているとは思えないほど足が速かったし、
逆にボクは雪に足をとられてうまく走れなかった。
プリーストには足を速くする魔術があって、それを使おうかとも思ったけど、
さすがにそれは反則だろうし、思いのほか体の調子もよかったのでやめておいた。


宿を出て1時間ほど経っても、結局ルリを捕まえることはできなかった。
ルリは離れすぎず近寄りすぎず、うまく間合いをとって逃げ続けていた。
さすがにボクも疲れてきていた。
空模様もすこしずつくずれ始めていたてきていた。
山の天気は変わりやすいと誰かが言っていた言葉を思い出す。

そろそろ戻ったほうがいいかな、と考えながら歩いていると、
いつの間にかルリがいなくなっていることに気づいた。

「あれ?どこ行ったんだ…」

どうやら戻ろうかどうか考えている間に離れてしまったらしい。
うまく距離をとっていたのは自分のほうだったのかもしれない。
無意識のうちに簡単に捕まえてしまわないようにしていたのだろう。

あたりを見るとさっきよりも周りの木の密度が高くなってきていた。
そういえばさっきから走るのが辛くなってきたと思っていたけど、
それは疲れのせいだけじゃなくて、山道を登っていたからだったみたいだ。

「困ったなぁ…」

刻一刻と暗くなっていく空をときどき見上げながら、ルリを探してあたりを見回した。
雪の上には小さな足跡が森の奥へ続くように、山を登っていくように残っている。
さすがに黙って帰るわけにも行かないので、その小さな足跡を追いかけることにした。













続く