side Mana 〜uneasy morning〜







わたしをを呼ぶ声が聞こえて目を覚ました。
枕元で女将さんが朝食の用意ができたから呼びに来たのだと言って、
横で寝ている姉さんを起こすと、午後からは晴れそうですよ、といって部屋から出て行った。

「マナ、起きたの?」

姉さんは上半身だけ起こして、普段寝起きの悪いわたしにそう問いかけてきた。
姉さんも同じくらい寝起きは悪いけど、見た感じいつもよりずっといい目覚めみたい。

「はい、おはようございます」

今朝は珍しくすっきり起きられた。眠気はまだあったけど、不思議と二度寝したいとは思わなかった。
もしかしたらあの女将さん、人を起こすのが上手いのかも。
自分で言うのもなんだけど、私たち姉妹は寝起きはとても悪い。

「それじゃあ行きましょうか」

姉さんは布団を3つ折にしてたたむと、浴衣の裾を整えながらわたしを促した。

「姉さん、着替えないんですか?」

私も布団から出て、同じようにしながら聞いた。

「えぇ、ご飯食べたら朝風呂に行くつもりなのよ」

「そうですか、それじゃあわたしも」

ふたりとも着替えないで朝食に行くことにした。
食事の後お風呂に入るのは消化に悪いけど、朝食は軽いものだろうから平気かな。









「風邪?リルが?」

後から食堂に来たリオンさんは開口一番、リルは風邪だ、と言った。
姉さんはすぐには信じられないようで、オウム返ししてしまっていた。

「あぁ、もう朝飯は食べていまは寝てると思うぞ」

「そっか、リルが風邪ひくなんてねぇ」

別に馬鹿だと言いたいわけじゃない、と思う。リルさんは馬鹿じゃないもの。
姉さんは、戦闘では鉄壁の防御でも風邪には弱いのね、と言って笑っていた。

「とりあえず食っちまおうぜ。後のことはそれから考えよう」

「そうね。マナ、お見舞いは食べてからね。座って食べましょう」

無意識のうちに立っていたわたしに姉さんがそう言った。
わたしはリルさんの様子を見に行こうとしてたみたい。
姉さんの言葉に頷いて座り、まだあまり慣れていないお箸を持った。
最近はよく姉さんにお箸で食べるような料理を出すお店に連れて行かれているので、
わたしも少しはお箸を使うことができるようになっていた。
本当はナイフとフォークのほうが楽だけど、リルさんもお箸が使えるから、わたしも上手くならなくちゃ。

「それじゃあいただきます」

「「いただきます」」

昨日の夜より一人少ない、いただきますの声が食堂に響いた。









食事が終わってから今日どうするのか話し合っていた。
リオンさんの提案は、昼食までは宿でのんびり過ごして、
その後、宿の人に露天風呂まで案内してもらう、というものだった。

姉さんもそれに賛成していたけど、わたしはリルさんを一人にしておきたくなかった。
だから、わたしは残ります、って言ってみた。
でもやっぱり姉さんに止められた。リルが余計気にするからやめなさい、って少し厳しめに。
わたしはその言葉に頷いた。確かにその通りだと思う。
姉さんのほうがリルさんのことをよくわかってる。
それが何故かちょっと悔しかった。


「それじゃあ決定ね。案内って女将さんがしてくれるのかしら?」

「いや、おっちゃんがしてくれるだろう」

リオンさんは半分確信した顔でそう言った。女将さんの他にも人がいるみたい。
当たり前だけど、でもまだ姿を見たことはなかった。

「おっちゃんって誰よ?」

「ここの従業員…だろうな」

「女将さんの他にも人いたのね。さすがに一人じゃやっていけないか」

「そりゃあな」

姉さんとリオンさんが話していると、廊下から足音が聞こえてきた。
女将さんはあまり足音を立てないので、たぶん他の人。
リオンさんのいう、おっちゃん、かもしれない。

ふすまが開いて熊みたいな人が入ってきた。大きくて髭もじゃで力が強そう。
その人を見てふとクルセイダーの転職事務員の人を思い出した。
本当に「おっちゃん」といった感じの人。
それにしても狙ったかのような登場のタイミングだった。

「おっちゃん、今日お昼過ぎに露天風呂に案内してくれないか?」

リオンさんが親しそうに話しかけた。昨日のうちに仲良くなったのかな?

「ん?一番近いところでええんか?」

おっちゃんは見た目通りの声だった。熊っぽい図太い声。

「いや、そこは昨日行ったから遠いほうがいい」

リオンさんは昨日露天風呂に行ってきたみたい。
そういえば昨日しばらく姿を見なかった気がする。

「ふむ、したら昼食終わったら玄関で待っとれ」

「わかった。よろしく」

「あぁそうじゃ、遠いほうの露天風呂は途中熊が出るから準備はちゃんとしたほうがええ」

さっきから思ってたけど、おっちゃんは言葉遣いが特殊。
少なくともわたしは「じゃ」なんて語尾につける人とは会ったことはない。
もしかしたらこの地域の方言なのかも。

おっちゃんの話では、ここらへんには熊が出るみたい。
冬だから普通は冬眠してると思うけど、そういえば白い熊がいるって聞いたことがある。
でも、どっちかというとおっちゃんのほうが熊みたい、
なんてことは到底言えないけど…

「はい、わかりました。それじゃあ、ごちそうさまでした」

話が済んだところで姉さんが立ち上がった。

「あぁ、お粗末さま。武器が必要なら女将に言っとくれ」

姉さんがいれば素手でもなんとかなると思う。
それに騎士のリオンさんはちゃんと武器も持ってきているはず…
………あれ?リオンさんそんなに荷物持って来てたっけ?






部屋に戻る途中、姉さんがリオンさんに武器を持ってきたか聞いていた。
するとリオンさんは

「いや、忘れた」

って笑顔で言い放って、姉さんに殴られていた。
リオンさんって剣も鎧もなかったら騎士になんて全然見えないから、いつでも持ってたほうがいいのに。

「はぁ、しょうがないわね。女将さんに何か借りましょう」

正直こんな温泉宿にまともな武器があるとは思えないけど、ないよりはいいのは確か。

「熊ってビックフットのことかしら?だったら素手でもいける、かな」

ビックフットなら素手でもいける…私の姉さんはそんな人。
リルさんとは違う意味で頼りになる。

「昨日白いやつも見たぞ。サスカッチだったか」

「ふ〜ん、じゃあリオンにお任せね」

「まぁなんとかなるだろ」

姉さんは、リオンさんに全部お任せすることにしたみたい。
剣があるならそれがいいってわたしも思う。










リルさんの部屋の前まで来た。
リオンさんが先に入って、起きてるかどうか見てきてもらった。
でも今はぐっすり眠っていたみたいで、少しだけ様子を見に行きたかったけど、姉さんに止められた。
風邪がうつったら大変だって。リオンさんはいいのにわたしはダメなのかなぁ。

わがままを言ってもしかたないので諦めて部屋に戻った。
部屋に戻ると布団はすでに片付けられていて、そんなに汚してなかった部屋も、少し綺麗になってた。
今日も泊まるから布団は出しっぱなしでもいいのに、って思ったけど、
シーツも新しくしてくれるならそっちのほうがいいかな。


「さぁて、お昼までお風呂に入ってのんびりするしかないわね」

「そうですね。出てくる頃にはリルさんも起きてくれるかもしれません」

「そうね」

出かけるのはお昼を食べてからだからまだ時間はある。
とりあえず姉さんと一緒にお風呂に入りにいくことにした。
リルさんが心配だったけど、部屋にいてもどうすることもできないし。
でも、リルさんが起きたら一回はお見舞いさせてもらいたいな。
だってせっかく一緒に旅行に来てるのに、今日一日会えなかったら嫌だもの。


わたしはお風呂に行く前にお祈りをすることにした。
神様、どうかリルさんをできるだけ早く元気にしてください。

「マナ、行きましょ」

「はい。ところで姉さん、今日は温泉何回入るつもりですか?」

「そうね、最低3回か4回かな」

そんなに入ったらふやけちゃいそう。でも気持ちいいかもしれない。
私も3回くらいは入ろうかな。
















続く